四章 囚人

4-1 教職長の裏

「……………………」

 声は出ない。と言うよりも、出せない。

 口元を塞ぐのは対魔術師用の口枷。特に魔術詠唱を紡がせないためのそれは、当然の弊害として俺に一切の言語を発する事を禁じていた。

「不快な思いをさせて申し訳ありません。しかし、それもルイン君の力をそれだけ評価しているためだと理解してもらえれば」

 そうでなければ、俺を見下ろす形で立つ男、統一魔術学舎の教職長であるヒースに対して言うべき事はいくらでもあっただろう。

「もっとも、ルイン君の方は私を警戒する必要はありません。少なくとも、今のところはルイン君に対して危害を加えるつもりはありませんので」

 慇懃な口調、柔和な笑み。

 ヒースの態度は、この状況にあっても常のそれと何ら変わりなかった。

「…………」

 もっとも、だからと言って俺の彼に対する印象が変わらないわけもない。

 俺が今のところ把握している現状は、アトラスに敗れた後の俺がこの場所に運ばれてきたという事、その戦闘による負傷は痛みもなく完治しているという事。そして、口枷を嵌められているという事くらいか。

 置かれた空間自体は牢というよりは部屋、それもやや装飾過多で趣味が悪いが、どちらかと言えば豪華と言っていい内装をしているものの、端的に言えば俺は監禁されているという状態だ。当然、相手が自らの所属する魔術学舎の教職長でしかなかった時とは、同じ所作をしていても見え方は全く異なってくる。

「まず、白髪の少女は私が身柄を預かっています」

 そして、続いた言葉はこの場での俺達の関係性を確定させた。

「彼女がどういった存在で君とどのような関係にあるのか、についてはこの場で問うのは難しいので後回しにしますが、現時点で彼女は生きていますし、必要以上に危害を加えるような事もしていません」

 確認する術こそないが、ヒースの言葉は嘘ではないだろう。エスの生死について嘘を吐いたところでどうせ長くは保たず、意味があるとも思えない。

「そして、君が私に協力してくれるというなら、彼女は無実として解放しましょう」

 続いた脅迫が、更にその推測を裏付ける。

「少し話を急いてしまいましたね。それより先に、まず私がなぜここにいるのかについて話すべきでした」

 はぐらかすように引いてみせるヒースに抗議する手段は封じられている。言及のなかったティアについても気にかかるが、俺には問いを投げる事もできない。俺達と無関係とみなされ、すでに解放されたと考えるのは楽観的だろうか。

「私はアトラス君に学舎の教職長として、ではなく少女を預かりました。その意味はわかりますか?」

「…………」

 声で返事もできず、頷くのも癪だったため黙って睨み返す。

 要するに、ヒースとアトラスは組んでいたという事だ。どこまでが二人の計算の内なのかはわからないが、少なくとも『殻の異形』の襲来後、混乱に乗じてエスを人質に取る事は共通の意図の元で行われたと考えるべきだろう。統一魔術学舎の教職長であるヒースなら、俺が少女を学舎に連れ込んだ事実を知る手段はいくつもあったはずだ。

「ごく簡単に言えば、私とアトラス君は同じ目的のため活動する協力関係にあります。そして、その活動にルイン君の力を借りるため……まぁ、このように少し強引な手段を取らせてもらいました」

 わざとらしく口籠る芝居などしつつ、遠回りに話は進んでいく。

「まず、私達の目的は統一政府の専有する統一歴以前の技術、一般に過日の遺物、または『科学』と呼ばれるそれらを大衆の手に取り戻す事です」

 ヒースの言葉は、一部に広まる陰謀説を前提としたものだった。

 陰謀説の簡単な大筋は、『殻の異形』の大侵攻により失われたとされる技術、そしてその結晶である遺物のいくつかはすでに統一政府により回収されており、政府の上層部の人間が自らの利益のためだけにそれらを専有しているというもの。

 実際のところ、それはあながちあり得ない話でもない。そもそも、『殻の異形』がヒトを一度滅ぼしたとは言え、今のこの世界に残る統一歴以前の技術は少なすぎる。それでいて過日の遺物などと名が付くくらいには当時の道具が各所に残っているのだから、一部の人間がそれらを専有しているという疑惑が出るのも自然な事だ。

 もっとも、目的がどうあれヒースのやり方は強引過ぎる。言葉も封じられ人質を取られた時点で、素直に思想に賛同するのは不可能だ。

「まだ信じられない、といったところですか。ですが、これならどうでしょう」

 そう言ったヒースの手に握られていたのは、手の平の半分ほどに収まるほどの大きさの灰色の板だった。

「おいで、エンキ」

「……………………」

 そしてヒースの背後から現れたそれに、俺の反応は絶句。仮に口枷が嵌められていなかったとしても、きっと声は出なかっただろう。

 それは、亜人だった。人類の天敵である『殻の異形』の一種、ヒトの概形をしながらヒトを殺すためだけに動く異形。その亜人が、ヒースの呼びかけに応じた。いや、正確にはヒースの握った板により操られている、そのように俺には見えた。

「これは、我々が統一政府から奪取した研究成果の一つ、エンキです」

 亜人は遅々とした歩みでヒースの横に並ぶと、そこで停止。ヒースの指先は手の中の灰色の板ではなく、亜人を指していた。

「実のところ、これには従来の亜人のような卓越した運動性能も、『殻の異形』特有の疑似魔術も存在しません。しかし、問題はそこではない」

 ヒースの言わんとしている事は、俺にもわかる気がした。

「性能で劣るとしても、これは紛れもない亜人です。つまり亜人は、『殻の異形』はいずれはヒトの手により造り出される存在だという事になる」

 ヒースがエンキと呼んだそれは、外見もその構造も明らかに亜人、『殻の異形』の同族でしかあり得ない。現段階のヒトが不完全な似姿でも造り上げる事ができるなら、今より以前に滅び今より進んだ知識と技術を持っていた統一歴以前のヒトであれば、その延長も可能としていただろう。

「ここまで言えばわかるでしょう。統一政府は、ヒトが『殻の異形』を造り上げた事実を隠蔽している。いえ、あるいは統一歴以前、ヒトの世界を滅ぼしたのは現行の統一政府なのかもしれません」

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