See you again.

 冷え込んだ空気は、街のいたるところを凍てつかせている。

 店頭に飾られた薔薇と、売り出されるメッセージカードの束を見て、今年もか、と思った。

 ……毎年、この日は薔薇の花束と共にジャンヌへのありったけの愛を込めたメッセージカードを添え、カトリック教会に宛てていくらか寄付していたけれど、さすがにこの年齢で19歳の少女に愛を語るのはまずい気がするし……何より、ほかに好きな人が出来てしまった今、そういうことをするのは不誠実にも思う。

 ……寄付だけなら、許されるかな……?


 ロッド義兄さんを冷やかしに行こうかな……と、思って、邪魔するのも悪いなと思い直した。この時期は、奥さんの看病で忙しいかもしれない。……昔から、あの人は寒いとよく体調を崩していたから。




 新しくしたスマートフォンを取り出す。

 古い方から同期して、保存しておいたメールを開く。……To Levi、と、宛先欄には表示してある。




「敗者の街」での出来事の後、試しに何通かメールを送ってみたけれど、一度も返信が帰ってくることはなかった。

 けれど、エラーメッセージが届いたことも無くて……だから、諦め切ることもできなかった。


 それでも、ロー兄さん……アン姉さんは生きて帰ってきてくれたし、ローザ義姉さんともまた会えるようになって、ロッド義兄さんとも仲直りできて……ロジャー兄さんの死を受け入れられて、ロナルド義兄さんを弔うことができるのは、まあ、贅沢すぎるほどの幸運だ。

 ……これ以上、何かを望むのは罰当たりにすら思える。


 アン姉さんの方はというと、無事に退院して、マンチェスターでロッド義兄さんと仲睦まじく暮らしている。挙式ももう済ませたし、順調に回復しているように見える。

 ……時々苦しそうにしていたり、ところどころ認知能力に後遺症が出ていたり、歳の割に外見年齢はおろか、骨密度や肌年齢に至るまで「停滞していた」ように若かったり、唐突に丸一日昏睡してしまったり、懸念材料も多いけれど……


「ロブ、ありがとう。……俺、生きててよかったよ」


 ……その言葉を聞いた時は、不覚にも泣きそうになった。


 まあ、それでも今日は「恋人たち」にとっての特別な日だ。……わがままだとは分かっているけど、少し、寂しくもある。

 恋愛の相談なら、色男のレオさんあたりかな?……とは思いつつ、連絡先がわからない。他に当てになりそうな人は……と考えて閃いたのは、ローザ義姉さんの姿だった。




 僕がオフィスを訪ねると、義姉さんは快く迎え入れてくれた。「ちょうどいい時間だし、アフタヌーンティーにしましょう」と、近場のカフェに誘ってくれる。


「そうねぇ。メールは諦めずに送るべきかしらねぇ。……でも、ああいう場合はきっと、「女性」として扱うと逆効果よ。「男性」として攻略した方が簡単かもしれないわ。おそらくだけど、素直に願望を口にされると弱いタイプの男よぉ。正面突破が最善の手段じゃないかしら」


 ……と、やたらと楽しそうに返ってきたアドバイスをメモに書き留める。

 ローザ義姉さんがアフタヌーンティーの時間に饒舌になるのは、まあ、昔からそうだった。


「後、相手が弱っていたら放っておけない性格に見えたわねぇ。あえて、弱った姿を演出して様子を見たらどう? ……メールだからこそ、ちょっと文面をいじれば簡単よぉ」


 義姉さんは人の心理の弱いところを突くのが大好きだけど、まあ、なるべく悪用はしない人だから参考になる。

 メールの文面を作っていると、こちらを見つめていた瞳がスッと細められた。


「まるで、恋する乙女みたいねぇ」

「お、乙女……!? 僕が!?」

「ええ。アンドレアもロデリックも相談しに来ない子だったから、面白いわぁ」

「あ、義姉さん、恋の相談に乗りたいとかあったんだ?」

「……そうやって、素直に突っ込んでくるのは悪い癖よねぇ」


 気まずそうに目を逸らし、義姉さんは誤魔化すようにカップに口をつけた。

 僕もスコーンを齧りながら、続きを書いていく。返事が返ってくるかはわからないけれど……届いていることを信じて、送信する。


「ところで義姉さん、再婚とかは考えてないの?」

「必要ないわ。ロジャー以外に、良いパートナーがいるとも思えないし」

「うーん……そうかな……。たくさんいると思うけど……」

「あらぁ、人を見る目はもう少し養った方がいいんじゃなくて?」


 にっこりと笑って、語気を強めるローザ義姉さん。

 でも、彼女はロー兄さんと違って怒るとどんどん笑えなくなる方だ。……だからこそ、笑顔がひきつる前に話を切り上げておいた。


「まあ、頑張りなさい。上手くいくことを願っているわ」

「うん、ありがとう。……義姉さんも、お仕事頑張ってね」




 どこか遠い場所で、まだ頑張っている君へ。

 僕は、ずっと応援しているよ。


 だから……だから、もしも、機会があるのなら。

 どうか、またいつか。




 ***




「よくもまあ……ここまで堂々と愛を語れるものだ」


 返信画面を開いた指は、幾度かの逡巡の後、文字を打ち始める。……が、途中で全て消してしまった。


「……俺ならば、恥で悶絶している」


 暗闇の中、パタリと青年は携帯電話を閉じる。……一度開き直しはしたものの、結局、言葉を綴ることは諦めた。

 ……まだ、「もしも」の時は遠い。

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