第50話「寂れた医院の闇医者」

「寂れた医院」は異界に繋がる……なんて、下手に知れ渡っちゃ商売上がったりだよな。余計な連中が来たりしちゃ困るだろ?

 っつーわけで、俺はあいつにこう言ってやった。


「そこにいんのが物騒な仕事ばっかしてる闇医者ってことにしとけ」


 そうすりゃ、人足は途絶える。

 知ってて来る連中からなら、まだどうにか選べるだろうしな。




 ***




 ぐっさん、ごめん。

 レヴィくんを連れてきた瞬間の表情で、心底そう思った。

 まさか、あんなにあからさまに「連れてくんなよ」って顔されるとは思ってなかった。


「おい貴様、なんだその顔は」

「超ド級の美形かつ俺のこと嫌いかつ医者に頼るよりまずは3食と運動と睡眠を充実させるべきとかいうド正論かますハイパー俺の苦手な人が来た……」

「……少しは隠せ。仮にも医者だろう」


 わあ……この人、わかりやすすぎて安心する……。


「庵と話したくてな。あいつ、レヴィ連れてったら機嫌良くなんだろ?」


 庵……ちゃんは独特の視点を持ってるらしいけど……。

 彼女好みのイケメンを餌にしたって、あのクソガキが何か言ってくれるかなぁ。


「レヴィさんだー! 元気にしてたー?」


 ……いや、誰この子。飛び出してきた時から笑顔が別人なんだけど。


「イオリか。相変わらず元気がいいな」

「えへへー。グリゴリーさん優しいもん」


 ちょっと待って、普段はオッサン呼ばわりしてるのに。

 さりげなく抱きつくな。下手したら下乳とか当たってるだろそれ。……ちょっと羨ましい。


「……生憎だが、俺はここまでだ」

「えー?」

「少し用事があるのでな」

「そっか、ざんねーん」


 少女にどこか優しく笑いかけ、軽く胸を押さえるレヴィくん。

 ……そうか、やっぱりなのか。ずっとレオの前にいたから、その影響も……


「……レニーさんはいるか? ロバート」

「えっ、レニーさん?」

「さっきからいねぇもんな」


 レヴィくんとレオの声で、視線を下の方に向ける。

 ちょうど僕の足下にいたレニーさんは、既にぼんやりと透けていた。


「あー、よくあることだから気にすんな」


 にしし、と笑うレニー。

 レオは、しれっと突っ立っている。探す様子すら見せない。


「……いるよ」

「何とかなるなる。レニーだぜ?」


 軽く肩を竦めながら、彼は僕に目配せして見せた。


「……そうか、わかった。ロバート、また会うことがあれば話くらいは聞いてやろう」


 ふっと目を伏せ、レヴィくんは背中を向ける。

 それについて行くように、レニーさんの姿も遠ざかる。


「レヴィくん、ありがとう。僕も話なら聞くから」


 僕の語りかけに一瞬足を止めたけど、彼は振り返ることもなく去っていった。




 グリゴリーが静かなのもあって、診察室はがらんと、木枯らしさえ吹いてるような気がした。妙に響くパリパリという音は木の葉を踏んだからじゃなく、レオがチップスを食べる音だけど。


「……で、何の用? 歴史オタク」


 待って庵ちゃん、態度の変わりよう酷くないかな?

 いくら何でもそこまでテンション下げなくてもいいよね!?


「いおー、オタクっぽいやつ苦手なんだよねー。ダサいし」


 こ、こいつ……!! そりゃあフランス住んでる人はオシャレだよ!!


「話があるんだけど……えっと……」


 髪の毛いじり出したよ。話しかけづらいけど、まあ頑張ってみよう。


「君に聞きたいことが」


 聞き終わる前に、彼女は返した。


「この街は死者の国かも、って話?」


 思わず、息を飲む。死者の国。そんな短い言葉が、なぜか気になる。

 少女はふわあとあくびをし、スマートフォンを取り出す。


「黄泉の国……とか、冥府とか神話でもあるじゃん。だけど、そういうのってだいぶ昔の話だし」

「まあ……今あったら飽和状態だろうし……」

「いお、輪廻転生ってのも信じてんの。でもー、今どきちゃんと転生すんの難しそうじゃん? だって人間、数多いし」


 スマートフォンを弄りながら少女は語る。まあ、確かに一理はある。

 だからこそ、行き場を失くしたモノが溜まってしまうのかもしれない。


「ここはそのたまり場。だけど……かもって」

「えっと……無法地帯じゃないってこと?」

「まぁねー。安定みあるし」


 そうかな……混沌としてる気がするんだけど。


「なんでそう思うの?」

「さぁ? なんとなく」


 何となく、って……。

 ……でも、確かに完全な無法地帯でもない気がする。

 罪人とか、因縁……とか……一種のルールが生まれかけのような……。


「そゆのってさぁ、間違えたらやばいわけー」

「……間違い?」

「そそ。……神様だってね、失礼なことしたら怒んだし」


 …………。神話の話なのかなこれ。

 失礼なことで怒るんだし……。ん?そもそも日本って神様いるんだっけ?


「……えっと……日本史はまだ詳しくないんだけど、仏教ってそうだっけ」

「いおん家は神道のはずー。ま、しょうみ気にしてないけど。……要するに、どうなってくかこれからじゃね? ……って」

「これから……」


 ローザ姉さんやアドルフ、グリゴリーだって、まだ半分は「本来の世界」にいる。


「……難しいな。結局、根源が分からないし。この街ができた原因とかならまあわかるけど……存在させてるのは?」


 人を呼ぶ理由や対処方法も、そこから分かるはず。

 生贄か。復讐か。それとも……助けを求めたのか。


「……高天原たかまがはらには、3柱の独神ひとりがみが現れたし、そっから八百万の神々もいっぱい現れた」


 ヤオヨロズ……その概念は、聞いたことがある。


「複数人みとかあるくない? ほら、3人とか……」


 レヴィくんを呼び、楽園の創造を目指すエリザベス。

 ブライアンと協力し、過去の救済を願うカミーユ。

 ほかはそこまで権限なんか持たないし、そこに足りないピースがあるとするなら、


「彼」だろう。


「……ロナルド兄さん……」


 あそこまでコソコソ嗅ぎ回って、あそこまで念入りに僕に近づいているんだ。本当に腹の中が見えなさすぎて、どんな大きな目的があるのかわかったものじゃない。

 ロジャー兄さんの存在を消して、その後に何をしたいんだ? そもそもどうして、そうまでして成り代わりたいんだ?


「……おい、電話鳴ってんぞ」


 レオに指摘されて、ようやく気づいた。

 ……知らない番号だ。さっきのメールからして、アドルフからだろう。


「あれ? 通じない」


 手帳にメモをしていたグリゴリーも顔を上げる。


「あー……それ俺もたまにあるやつ。知らない番号だろ?」

「診察室から出てみる」


 何とはなしに、立ち上がる。レオも眠そうに立ち上がる。


「……! やば、レオさん! 離れないで!」

「んぁ?」


 そんな声が聞こえて、


『捕まえた』


 電話先の声はアドルフじゃなく、それでもどこかで聞いた声だった。僕の影が足元で蠢いて──


「……待っていたよ、ロバート」


 粘つく猫なで声が背後で響いた。

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