第30話「2人の獅子」

「「路地裏の血濡れ獅子」……は、どっちなの?」


 メールに、レオって名前があったのを今更思い出した。


「あー、オレも呼ばれてっかもな。マフィアの何かしらとかもぶっ倒してたし? そんで死にかけてたら「レオ」って名前のヤツが「お前は俺だ」とかなんとか言ってきて、なんやかんやでここいる感じ」


 それ「ある罪人の記憶」で見た!! そんな軽い雰囲気だったっけ!? いや、たぶんもう1人の方の「レオ」はもっとしっかりした人なんだ。きっとそうだ。


「気合で取り憑いたけど、記憶の乗っ取りすら微妙なんだってさ……。でも弱小地縛霊なのにやれたのってすごいかもって自画自賛してた」


 ダメだたぶんどっちも馬鹿だ。


「この世界における死者の干渉を、たった1人の相手以外からは受けない……時点で、かなりタフな精神力の持ち主だよ、彼。……バカだけど」

「へ、へぇ……」


 そこでまた、ドゴッという打撃音。


「……さっきから何してるの?」

「あ? 寄ってきてる変なのぶっ倒してんだよ。パニクったゴロツキとかそこら」


 ふと、後ろ……の、さらに足下を見ると、呻き声をあげる人間が転がっていた。


「オレが近くにいたら、なんか知らねぇけどパニクんだよ」

「……まあ、多少のマイナス感情は寄せ付けないレベルの脳筋……じゃなくて、タフネスさだからね……。目を眩ませてる「怨念たち」が少しでも退散したら、さっきの君みたいに「この街の闇に当てられる」人は増えるよ」

「……じゃあ、なんで僕は今まで出会っても平気だったの……?」


 カミーユの動きが止まる。明らかに、気まずそうな表情だと分かる。……どうしたんだろう。


「…………キースが、怨霊じゃないからでしょ」


 確かに、コルネリスはアドルフへの恨みより、正義感からの未練の方が強い。

 僕に危害を加えるつもりは全くないみたいだし……


「バカだよね。そんな青臭いものに駆られて死ぬなんて。……僕、そういう話聞くと……芸術家としては糧になる、けど……「人としては」普通に嫌なんだよ」


 ……ああ、そうか。彼は……僕が思うより、ずっと、「優しすぎる」人なんだ。


「バカなのはおめーだよ。いちいちんなモン気にしてどうすんだよ。よーするにアレだろ? そいつは生きんのにしくじったんだろ?」

「君の言うこともわからなくもないけどさ……」

「だーから、何かやりたきゃとにかく生き残るのが先だっつってんだよ。口先であーだこーだ言ってるあいだに死んじゃ、なんの意味もねぇ」


 蹴り飛ばした「何か」が、今度は黒い霧となって霧散した。

 ……さっきも見たけど、こっちはロナルド兄さんのような存在だろうか。


「……ここの世界では、死者と生者の境界線は曖昧。だから、何かをやり遂げるために君……いや、君たちが覚えておくべきは、たった一つだよ」


 軽くため息を付き、カミーユの瞳が僕を見据える。


「君たちがロバート・ハリス。そして、コルネリス・ディートリッヒであることを、「忘れないこと」。この街で影響を及ぼすのは強い意志だから、今のままじゃ本当に不安」


 ……それを言われると、確かに弱い。僕だって不安だし……。


「大丈夫大丈夫。こいつだってたまにノエルちゃんとかサワちゃんとかと自分のこと取り違えてっから」

「…………僕、本当に君のこと嫌い。ちょっとは考えて喋ってくれる?」


 レオを睨んでぶつくさ言いつつも、カミーユは僕に向き直った。


「そうだね……「目的」さえぶれなければ、それでいいかもしれない。ロバートくんはまあ、心配だけど……。キースがついてるならまだ何とかなるかな。頑張ってよ。……2人でね」


 僕より先に、僕の中のコルネリスが頷く。釣られるように、僕も頷いた。


「……ところで、アダムズって名前……」

「ああ、レオ・アダムズさんはレヴィくんの父親だよ」

「……! なら、レヴィくんとも顔を……」


 合わせてるはず、と言おうとして、すかさず遮られた。


「あー、ムリ。オレまだ死にたくねぇから」

「……は?」


 訳が分からない。

 僕の気持ちを察したのか、それともまた表情から読み取ったのか、カミーユがため息混じりに告げる。


「レオナルドはね、アダムズさんを殺したらしいよ」


 何で、そう問う前に、あっさりと答えが返ってきた。


「確か、あっちがサツに追われて死にかけてたからだっけか。ついでに殺って金奪っといた。たぶんそんな感じ」

「な……」

「そうしなきゃオレが死んでたからよ。……悪ぃとは思ってるぜ。だから、オレがその後似たようなことになったって……あれ、じごく……なんだっけ?」


 あまりに軽く答えるレオ。絶句してる僕を差し置いて、カミーユがフォローを入れる。


「自業自得」

「それ!! そういうこと。……あっちのレオも、似たような生き方してたからよ。2歳とかで置いてかれたガキの側からしたら、どっちも会いたかねぇだろ?」


 そうか、だから、「お前は俺だ」なんて言葉が出たんだ。

 似たような生き方をしてきた2人の「レオ」は、2人ともが、「路地裏の血濡れ獅子」……。

 人を殺すことで、生きながらえてきた存在。似たような末路を辿りかけて、融合したはぐれ者たち。


「つっても? オレ、ぶっちゃけ若い頃はイライラしてたからよ……ムカつくチンピラとかぶっ殺したこともあったぜ」

「……アダムズさんも、若い頃は歪んだ正義で自殺志願者を安楽死させてたんだから、そこも似たもの同士だね」


 コルネリスが、困惑を通り越して混乱しているのを感じた。


「……あ、ええと……それが、「2人のレオ」が生きてきた世界なんだね。選んでそうなったわけでもないし、そこまでして生きてきたからこそ……簡単に死にたくない……って、ことかな?」

「おうよ。分かってんじゃねぇか! おめーらだってメシ食う時お祈り? すんだろ?」

「う、ううーん?」


 たとえがよくわからない。


「要するに、自分が殺してきたぶんの命も背負って生きてるってことだよ。……単純バカだけど、その価値観には概ね納得できなくもない。過去を悔やむより、未来に繋げようとする姿勢は好ましいかな。……バカだけど」


 ……僕らには想像もつかないような、壮絶な人生だったことだけはわかる。

 簡単に受け入れられることでもないけど、それでも……少しくらいは、知りたいと思った。


「……そういうのを割り切るのに、どれほど勇気が必要だった?」

「………あー……。……あんま気にしなくていいぜ。なんたってオレ、めっちゃ強いわけだし?」


 にしし、と屈託なく笑うが、ほんの少しだけ見せた陰りが答えのようなものだった。


「とりあえず、今教えられるのはここまで。……あんまり知りすぎると、君の中の闇がこの街の深淵と共鳴して」

「あ、うん。だいたい分かった。焦らずちょっとずつってことだよね?」

「そうだね。まあ、そういうことだね!」


 すごい勢いで誤解されてきたんだろうなぁ……この人……。

 正直なところ不審点は多いけど、信じられる協力者(仮)にはしておいた方が、この先楽かもしれない。


「比較的安全な場所も知ってるから、これから連れてく」

「それはもっと早く教えてくれてもよかったんじゃ……」

「……君、自分が信頼できる人間だと思ってるわけ? 思ってたとして、初対面の相手にそれを証明できる?」

「…………君も、僕を疑ってたってことかな? 要するにお互い様」

「おめーすげぇな。オレならちっともわかんねぇわ」


 うん、何でこいつら協力できてるんだろう。

 それに比べたら、僕とコルネリス……キースは、相性がいいのかもしれない。


「僕のコミニュケーションにおける著しい弊害はこの際置いておいて、さっさと行くけどいいかな」


 ムスッとしながら、早足で歩き出すカミーユ。とは言っても、速度自体は大して早くない。

 ……片脚を軽く引きずっているのが見えた。怪我してるのかな。


「……あ、」


 ふと脇を見ると、黒髪の少年……レニーが、じっとこちらを見ているのに気がついた。

 声をかけようとすると、レニーは自分の口元に人差し指を当てる。


「……お前さんに賭けてやるよ。つっても、俺が持ってるのなんざ自分の魂ひとつだけだけどな。…………頼んだぜ、相棒」


 相棒、と語りかけた相手は、僕じゃない。

 そいつに、レニーの姿は見えていないようだった。


 レニーは、レナードの愛称だ。

 レナードとレオナルド……名前の由来は、全く同じ。


「じゃ、面白ぇモン見せてくれや」


 にしし、と笑った顔は、先程レオが見せた表情とよく似ていた。




 ***




 透明ギャンブラー? あー、あれか? 負けたらタマシイだかなんだか持ってくとかいう。

 オレよ、あんまりそーいうのわかんねぇんだわ。ルール覚えらんねぇし。

 ……あー、でもよ、確かアイツは好きだったな。名前……なんだっけか。オレと似たような感じ。

 弟だよ。つっても、ガキの頃に死んじまったけどな。

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