第47話 冬の始まりに君は思ふ

洞窟の中のドワーフ。

森の中のエルフ。

平地のオーガ。

戦地のクロファース。

争ってはいけない相手を指す格言より。


 テツ・サンドリバーは兵舎の自室で、左肩を回し新しい鎧の具合を確かめていた。

 王家がかこうドワーフの職人に頼み込んで作って貰った鎧である。

 地竜レトゥラトスの鱗や皮を使った鎧は、恐ろしく軽く、またドワーフの職人芸により信じられないくらいに動きやすかった。

 テツは自分の鎧姿を見下ろしながら、つい頬が緩んでしまうのを自覚する。

 色が加工の過程で灰色になってしまったのが残念ではあるが、以前のぎの鎧に比べれば天と地ほどの差がある。

 いや、継ぎ接ぎと言えば継ぎ接ぎか。

 テツは黒い腕甲に覆われた右腕を見る。

 私費を投じてわざわざ地竜の鎧の上から装備できるように改造して貰ったのである。

 ちなみに鎧の新調費用は、王家からの報償となっている。

 地竜を寡兵かへいにて討伐した、という偉業の報償としては、無欲と言われても仕方の無いテツの願いだったが、テツは自分はトドメを刺しただけであり、報償を受けるべきは兵達である、という考えだった。

 それにあまり目だつというのも避けたかったのだ。

 影で自分が、偶然に拾った竜の死骸を討伐したように偽っている、と言われているのは知っていたし。

 何人かには面と向かって婉曲にそう言われた。

 こういう時、テツ・サンドリバーは彼らの、面と向かって対峙しつつ、婉曲に罵倒するその手腕に逆に感心していた。

 むしろ真実彼らのそういった手練手管を尊敬していた節すらあった。

 ともかく、テツ・サンドリバーは上機嫌だった。

 扉がノックされるまでは。

「入るぞ」

 返事も待たずに入ってきたのはフレイだった。

 途端、テツは自分を待ち受ける現実に引き戻される。

「やっぱりお前とサムソン殿だけで良くないか?」

 テツが目を泳がしながら、受け入れられる可能性の低い提案をする。

「駄目ね」

 当然のように却下するフレイに、もう少し俺に優しくしても良いんじゃないかとテツは思う。

「諦めが悪いぞ」

 そう言ってフレイが意地悪く笑う。

「それとも私がエスコートしてやろうか?」

 テツはそれを無視して歩き出す。

 やめろ馬鹿野郎、お前が笑顔で言うと思わず頷きそうになるんだよ。

 フレイがニヤニヤしながら着いてくるのが分かった。


「お似合いで御座いますな団長」

 ヴォラ・サムソンが馬車に乗り込んで、開口一番にそう言った。

「ありがとうございます、サムソン殿」

 テツはそう言えば新調した鎧姿をサムソンに見せるのは初めてだったな、と考えながら礼を言う。

 フレイには何度か調整作業の折に見せているので、今更ではあるが。人から改めて言われると嬉しくなる。

「私は色が黒じゃないのが気に入らないけどな」

 続いてフレイが馬車に乗り込みながら言う。

 サムソンはそれに苦笑で応え、御者に合図を送りながらテツに注意する。

「団長、今日は近衛兵団として王宮におもむくのですから、私の事はサムソンと」

「了解サムソン」

 テツはそれに短く答える。

 地竜を討伐してから、サムソンは時場所を問わずに自分の事は呼び捨てで結構、と公言していたがテツはどうしても慣れなかった。

「そのお姿でしたら王宮の貴族共も少しは口をつぐみましょう」

 それにこのサムソンの目だ、まるで英雄を見るような目で自分を見てくるのだ。

 テツはそれがどうにも苦手で仕方なかった。

 更にはサムソンから、目を背けたい現実を突きつけられて気分が落ち込む。

 テツ・サンドリバー、フレイ・クロファースおよびヴォラ・サムソンはこれより王宮にて叙勲される事になるのだ。

 勿論、地竜を倒した事に対する報償の一環である。

 テツはそれが嫌で嫌で仕方なかったのである。

 竜殺しとして叙勲されるなど、目だつ事この上ない。その上、貴族の大半が、というより殆どが平民風情がと快く思っていないと知っていれば、尚のこと避けたかったのだ。

 だがジョン王は他の報償に関しては、テツの希望を聞き入れてくれた物の、叙勲に関しては必ず受けるようにと、厳命までしてきたのである。

 そうなればテツとしても受けないわけにもいかず、こうして大人しく王宮へと連れられているのである。

 目だちたくない、と願うテツ・サンドリバーではあるが。王国の姫が馬車で迎えにくる、という行動がどう目に映るか、といった点に考えが及ばない所が、彼が彼たる由縁なのだろう。


 当然と言えば当然ではあるが、叙勲の儀式の主役はあくまでフレイであった。

 近衛兵団は実質的になフレイの私兵集団であり、その私兵集団が上げた武勲は当然ながらその主人に帰す。

 更には、実際にフレイが陣頭で戦っているので、その点について――地竜が本当に討伐されたかは不問にするとして――王国の貴族達に不満は無かった。

 問題はその近衛兵団の団長であるテツである。

 玉座の間に居並ぶ貴族の視線は完全に偽りの武功を主張し、恥知らずにも叙勲される平民をさげすむ物だった。

 王の面前であからさまにそのような視線を向けるわけが無いのだが、テツとしてはそうとしか思えなかった。

 式典は滞りなく進み、テツたっての願いにより本来ならあるハズだった宴席が無い事もあり、これで貴族達のあの視線からも逃れられる、とテツが安堵していると、最後の最後に予想外の隠し球が飛んできた。

「また」

 クエルの父親である、宰相ノレ・フォーセスが堂々たる声で書状を読み上げる。

 また? テツは、はて、他に何かあっただろうか? とかしずきながら心中で首を捻る。

「近衛兵団団長、テツ・サンドリバーには陛下より竜騎士ウェナーテラトスの称号が下賜される」

 その言葉は表面上は静かに受け入れられた。

 幾人かの貴族は小首すら傾げていた。

 何故ならその称号は古く、そして最後に与えられたのは百年以上前であった為、それがどういう意味を持つのか分かっていない者が殆どだったからだ。

 だが知っている人間もいた。

 近衛騎士団に所属している騎士達はその称号の意味を正しく理解した。

 古い英雄を由来とするその称号は、直訳すれば竜を駆る者という意味となり、より現代風に訳すのならば竜騎士となるだろう。

 そして何より、歴史上初めてその称号を得た者は、その後にクロファース王家に迎えられているのである。

 つまりこれはジョン王の、テツに婿候補の資格有りという宣言に他ならなかった。

 近衛騎士団の騎士とその意味に気が付いた貴族が少なくない衝撃を受ける中、当の本人であるテツ・サンドリバーは――まぁ称号ぐらいなら良いか――とノンキに考えていた。

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