第27話 そして竜は囁く

 『それは闇の中で、首まで浸かった沈黙の中で、私を待っていた。ずっとずっと待っていた。その時が来るまで、水にゆっくりと沈む私を。闇の中、沈黙の中、怪物は今ささやく』

 ――イギリス南部にある洞窟に古代帝国語で書かれていた言葉。


 帝国にある古い格言にはこうある。

 まず道を作り、そして国を造る。

 これは今では格言扱いだが、それは真実帝国の成り立ちを表していた。

 帝国には大小様々な道が走っており、帝国東西を貫く竜骨街道を初めその道の多くは同時代の他国を大きく引き離す水準の物だった。

 初代帝国皇帝はあらゆる手段を用いて道を整備していった。むしろ道を整備する為に他国と戦争をしたと言っても過言ではない。

 初代皇帝の言葉が残っている。

「道を繋げた結果、私は皇帝になった」と。

 流通と経済軍事の要としての重要さもさることながら、帝国七王国の各国が道の整備に手を抜かないのは、この言葉があったからだろう。


 テツ・サンドリバーは何とか出発できた事に安堵していた。

 決断を下した後のフレイは非常識の塊だった。

 出発は三日後とする、と言われた時は流石に抗議の声を上げたが平然と無視され、自分も付いていくと宣言した時などは喧嘩になりかけた。

 ただのゴブリン退治に付いてくる姫がドコにいると言ったテツに向けられたフレイの目を思い出すとテツはそれだけで頭痛に呻きそうなる。

 それは常識知らずを見る目だったからだ。

 自分の主君をそんな楽しそうな事からのけ者にしようなんて、なんて酷い奴だ。

 フレイにとっては常識らしい事を投げかけられながらテツは叫びだしたいのを我慢した。

 フレイによって命ぜられた極端に短い準備時間を削ってまでジョン王に相談に行ったのに、結局は押し切られてしまったのはその短い準備時間のせいではあるが、テツとしてはそこまで計算された計画なのではないかと疑っていた。

 それでもフレイに苦しんでいる民を一刻も早く助けに向かうのは王国の姫としての責務である、と堂々と言われてしまえばそれまでだった。

 折しもすわ開戦か、という雰囲気に包まれた王都である、商人は商機を逃すまいとスタト方面へと馬車を走らせ、王国軍は王国軍でジョン王が貴族を動かす為に約束した補給支援の為に連日馬車を走らせている。

 すなわち現在王都には遊ばせているような馬車馬が無く、近衛兵団としては前回のスタト攻略戦のように団員の輸送に馬車を使うのが難しいという状況だった。

 軍馬は確かに何頭かは近衛兵団でも飼っているが馬車を引くのに適したような品種は持っていない。

 最悪は歩行かちでの行軍もとテツは考えたが、近衛兵団としては可能ではあるが補給の問題が残るのでこれも好ましくない。

 困り果てたテツは最悪の場合は近衛騎士団を頼るしかないと覚悟していた程だ。

 まったくの余談だが、意外な事に貴族子弟で構成される近衛騎士団と平民で組織される近衛兵団のおさであるテツとの関係は良好だった。

 何せつい最近までフレイと一緒に近衛騎士団と訓練していたのだ。フレイは自発的にテツはそれに付き合わされる形で。

 貴族子弟で構成されている、と言ってもそこは騎士団である、その本質は武闘集団であり実力主義が当たり前であった。

 二人とも剣の腕前は当時からして並々ならぬ物があり、それは騎士達にとっては産まれ以上の意味を持つ物であった。

 近衛騎士団長に至っては新しく配属された騎士の鼻っ柱を折るためにワザとテツやフレイと組み手をさせていた感すらあった。

 そういうワケでテツと近衛騎士団の関係は良好であり、近衛騎士団に馬車の融通を頼むのになんの障害も無かったのだが。

 問題は障害がなさ過ぎる事だった。

 近衛騎士団の中には近衛兵団を近衛騎士団に組み込んでしまうべきだという意見を持つ派閥があったのだ、それも結構な賛同者のいる大派閥として。

 元々は身分を問わず実力だけを持って近衛騎士たるかどうかを見るべきだ、という派閥が、あの姫様が集め直々に鍛えておられるのだから近衛兵団の実力は相当な物に違いない、という派閥と融合した結果である。

 テツとしてはただでさへ王国内で、クロファース家に近すぎて頭がオカシクなってきている、等と言われている近衛騎士団を進んでオカシクさせる気は毛頭なかった。

 というよりもあの集団にフレイを混ぜるなんてのはジョン王に背後から刺されても文句を言えないとテツは思う。

 というわけでテツとしては近衛騎士団に協力を求むのは出来れば避けたいのだ、おそらく騎士団は全面的に協力してくれるだろう、そして最終的にはなし崩し的に一体的組織として動く事を狙うのだ。

 なんとしてもそれを阻止したいテツだったが、二日目の朝には諦めかけていた。

 だがらどうしたものかと頭を悩ませながら朝食を食べている最中にそれを思いついた時テツは思わず叫び声をあげ団員達をおおいに驚かせた。

 連れて行く団員の選抜と糧食の準備をレイドリックに放り投げると、テツは馬具を扱う商店を走り巡った。

 確かめなければならなかったのだ。

 寄士竜に使えるかどうかを。

 そうテツは馬の代わりに竜を使うつもりだった。

 近衛兵団の使う竜はその本来の姿、四足で動く姿だけを見れば馬に良く似ている。

 商店の店主は突然竜を連れて店に訪れたテツに大層驚きながらも職人を呼び寄せて馬車を引く為の馬具が竜にも使えるか確かめてくれた。

 馬具は問題ない、と確かめるとテツはその場で馬具を買い求めた。近衛兵団の買い物である、テツは遠慮無く支払いは近衛兵団にと言うと店主は詐欺師を見る目で見てきたので、仕方なしに手持ちの金を全て渡し手付金とした。

 どちらにしろ言われた数を用意するのに夕刻までかかると言うので後ほど近衛兵団の者に取りに来させる事にした。

 残りの金はその時にと約束して、なんとか手付金だけで一頭分の馬具を預かって――、渡した手付金では一頭分にも足りていなかったので店主はまだ詐欺師を見る目だった――、テツは近衛兵団兵舎へと急ぎ帰った。

 馬具などを扱う商店は比較的騎士との繋がりはあるにも関わらず顔を知られてはいない、テツはそんな自分の知名度の無さを気にする暇も無く近衛兵団兵舎に帰るやいなや、竜に実際に馬車を引かせて自分の思いつきが上手くいった事に喜んだ。

 竜が馬車を引けると確認が済むと、テツは馬車の確保に急いだ。馬車馬程では無いにせよ馬車もそんなに遊んでいるわけではないのだ。

 その日テツは日が落ちるまで王都中を駆け回った。

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