第15話

 たぶんそれは彼女にとっては必殺の連携だったのだと思う。喉を狙った突き、そしてそれを避けた対象に対しての追撃の短剣。

 そして二撃を避けた者に対して振るわれる鉄靴によるすねへの狙い澄ました蹴り。

 上上下、というお手本のような連撃は、お手本になり得る程に使える故に必殺の域まで研ぎ澄ませば言葉通り必死の技になる。

 突きを避ける為に身をよじり、短剣を弾くために剣を振り、態勢が崩れて飛び退くことも出来なかったテツは、そう来ると分かっていたからこそ最速で鉄靴の軌道に剣を差し入れる事が出来た。

 その軌道そのタイミングで蹴りが放たれるというのは信頼にも近い直感だった。

 驚いた顔をする少女にテツは思わず、俺もやるだろ? と得意げな顔を向ける。

 少女が軽やかなステップで距離を取る。

 ふわりと舞うフードと、まるで炎を溶かし込んだ銀糸のような髪が、スラムの路地で場違いな美しさを誇る少女をより一層の幻想に包む。

 テツはこんなにも美しいのなら殺し屋なんて止めてどこかの国の王子様でも籠絡ろうらくすれば良いのにと思う。

 たぶん国一つ程度ならどうとでもなる美しさだ。

 少女が何か考えるように眉根にシワを寄せると唐突に口を開いた。

「貴様はあれか? 何か特殊な能力でも持っているのか? 例えば未来が見えるとか」

 何を言っているんだというテツの表情を読み取って少女が唸る。

「ふぅむ、という事は単純に能力の差か。何とも悔しい事だなそれは」

 少女が悔しげにレイピアを振る。

 テツは先程からずっと逃げる機会をうかがっていたが、隙が一切生じない事に戦慄する。

 あれほど自然体で居ながら隙が見えない人間は今まで父以外に会ったことが無かった。

 スラムには暴力に長けた人間は珍しくない、だが目の前の彼女はそういう次元ではない。テツも腕にはそれなりに自信があった。

 長い年月努力し続けてきた。

 だがあんな風に暴力と仲良く出来る気はしなかった。テツにとって暴力とはそういう物ではなかった、少なくともそれを使う事を楽しい事とは思えない。

 少女の目がテツの目を真正面から捕らえる。

「私の短剣だがな、幸運の魔法が込められてるそうだ」

 少女が何でも無い事のようにとんでもない事を言う。

「お前と会えたのはそのおかげかもな」

 そんな幸運があってたまるか。

 心中でそう叫びながらテツは恐ろしい早さで距離を詰めてくる少女に対処すべく剣を構える。

 鞘に収められてなお、レイピアが空気を裂く音は鋭かった。

 少女の剣は研ぎ澄ませるだけ研ぎ澄ました当たり前の技術で出来ていた。

 王道を往く剣だ。

 テツは必殺の剣を、それこそ必死に防ぎながら、だんだんとこの少女が殺し屋だとは思えなくなってきた。

 だからだろうか、つい頬が緩んでしまうのは。

「随分楽しそうな顔をするじゃないか!」

 そう言う少女の声は弾んでいた。

 捌くのを一度でも失敗すれば、そのまま昏倒こんとうまで持って行かれるような連撃を緩めないあたり相当に良い性格をしている。

「反撃しないのは、私が女だと思って手を抜いてくれているのかしら?」

 諧謔かいぎゃくを込めた声はある種の信頼を含んでいた、そんなワケは無いという。

 狭いスラムの路地でレイピア相手にこの剣で反撃してこいとは、言ってくれるじゃないか。

 テツはその言葉を挑戦と受け取った。

 半ば賭けに近い大ぶりで距離を稼ぐと剣を上段に構える。

 それは明確な挑発だった。

 お前の突きよりも俺の剣の方が早い。

 さぁ突いてこい。

 少女が壮絶な笑みを浮かべ、テツは見惚れながらも笑みを返す。

 約束は交わされた。

 疑いも無く次が最後の一撃だという互いの了解が得られたと、テツは確信した。

 それにテリウスか誰かが呼んだのか、石畳を叩く鉄靴の音がする。父の足音ではないが何処かの騎士が来てくれたのだろう。見つかるのも時間の問題だ。

 だとしたら次で決めねば自分の出番はもう無くなる。

「いざ」

 二人の声が期せず重なった。

 少女の鉄靴が固い音を立てて石畳を蹴った。

「貴様!何をしておるか!」

 その言葉は少女が踏み出した瞬間に背後から発せられ。

 次の瞬間には後頭部への衝撃と共にテツは意識を失った。

 気を失う瞬間に、そういえば彼女も鉄靴を履いていたなとテツはそんな事を考えた。

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