第3話

 竜、この時代であれ、後年に作られた創作の中であれ、いつだって竜は主役だった。

 どんな激戦の中でも主人と共に駆け、戦い、そして散るその時まで主人と共にある。

 その性質は誇張はあれど概ね正確であり、それ故に人は竜とそれを駆る竜寄士りゅうきしに憧れや浪漫を感じるのである。

 竜その特異な性質、人を好んで自身に寄生させるというその生態。

 この竜とは何か? と問われた時に生物学者は竜寄士が駆る竜と本来竜と呼ばれる生物とは別の物だと答える。

 遺伝学者は確かに竜の遺伝的特徴が散見されるが、より近いのは昆虫だと答える。

 現在では通常の竜種と区別する為に竜甲虫と呼ばれ、当時であれば寄士竜と呼ばれるこの生物の由来は未だに謎であり、古くからある説では太古の賢者が創った魔法生物であるとされている。

 もしくは単なる竜の突然変異種であるという説もあるが、とかく生物学の世界では何でもありとさへ言われてしまう竜種である、どちらも定説と呼べる物ではない。

 この時代においてそれは更に顕著であり神々が王に授けたという神授説や、ドワーフの王が竜に特別な金属を喰わせて創った等、根拠すら不明の噂や冗談レベルの物まで含めると実に十数の説があった。

 だがしかしこの時代の人間に竜とは何か? と問うた時に返ってくる答えは一つだ。

 竜とは騎士の魂である。


 陣の背後に控えるように膝立ちの姿勢で鎮座するその姿は見る者にある種の安心感を与えた。

 午前の終わり程に高くなった太陽を背に、前面に暗い影を纏うその姿はドワーフに造らせたという一点物の意匠である白い甲冑と金糸をふんだんに使った陣羽織の効果も相まって、まさに神々しいとすら言える偉容であった。

 本来であれば人の身を半身ほど大きくした程度の大きさである寄士竜ではあるが、希にこうした巨大な姿まで成長する個体が存在する。

 そうした巨体にまで育った寄士竜のみが竜寄士に与えられ人々に竜と呼ばれる。

 時には竜寄士以上に伝説のように歌われ憧れを集める存在は貴族にとっては時として戦争の火種にもなり得る物で、伯爵以上の爵位を持つ家が一人も竜寄士を抱えていないというのは暗黙ではあるが明確に恥であるとされている。

 竜の名に恥じぬ長命を持つ寄士竜は時として貴族家よりも長い歴史を持つ、ハクソン侯爵家所有の竜は実に二百歳を超えていた。

 だがフレイはそれにたいして冷たい目を向けるだけだった。まるで路傍の石か良くて興味の無い絵画を見るかのような目だった。

 質問の意味を汲み取れなかったハクソン侯爵にたいしては更に冷たい目を向ける。

「では問おう。何故に座らせたままなのだ?」

 ハクソン侯爵はこの一回り以上も年下の少女に問われて、何一つ質問の意味が分からなかった。

 心中にあったのは年端もいかぬ少女の眼光に対する無自覚な不安、無能と糾弾されているのではないか、侮られているのでは、軽んじられているのではないか、といった疑念だけだった。

 彼自身はそれを認めもしなければ自覚もしていなかったが、ハクソン侯爵は年端もいかぬ少女に威圧されていたのだ。

 だがその疑念も無自覚に気圧された小心も、すぐさまに氷解し霧散する。

 ハクソン侯爵の心中に反動的な安堵と侮蔑が溢れる、やはり年端もいかぬ戦場の理を知らぬ子供だと。

 何故なら銀炎の少女がこう言ったからだ。

「何故に竜に破城鎚なり持たせて戦わせない?」

 ハクソン侯爵は陣中でそう思ったのが自分だけではないと確信した。

 温厚なファンガス伯爵は礼節を持って表情を保っているが内心は常識を知らぬ小娘を笑っている事だろう。

「姫様それは竜の使い方では御座いませぬ」

 ハクソン侯爵は口調に嘲りが出ないように細心の注意を払う必要があった。

「竜とは貴族と貴族が雌雄を決する時に使う物であります。平民共相手に攻城でそれも門を破る為に使おうなどと言うのは竜寄士に対しての侮辱とも取られかねません」

 常識知らずの小娘に教えてやるのだと、自身の優しさに誇らしさすら感じていた。

 そも此度の戦争に竜を連れてきたのも示威行為に他ならない。相手は竜寄士も抱えておらぬ小領主、貴様らの相手をするのは侯爵たる私なのだと知らしめてやる為に連れてきたのだ。

 それを平民相手に使え等とは、ましてや門を破る為に使え等と。門など日が落ちるまでには落とせよう、小娘にはそれすらも分からぬのだ。

 無知な王家の子女を導くは忠臣の勤めである。

 侯爵の自尊心は恥ずかしげに瞳を伏せ自分に礼を言う小生意気な姫の姿を幻視した所で最高潮を迎えていた。

「そう」

 だがそれを向かい撃ったのは底冷えのする冷たい声だった。

 だがそれも一瞬で次に侯爵の耳を打ったのは軽やかな鈴の鳴るような楽しげな少女の声だった。

「じゃぁ貴方はそこで見てなさい、私が出るわ」

 だがその内容は侯爵の理解を今度こそ完全に超える物だった。

「は?」

 やっとの事で侯爵がそう言ったのは、陣からフレイが立ち去って二呼吸三呼吸は優に過ぎた後の事であった。

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