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 二葉書房取材班となぎさを乗せた新幹線は京都駅を13時35分に発車して15時53分に東京駅に到着した。

二葉書房の編集部メンバーはこれからタクシーで会社に向かう。


「なぎさちゃん、一緒に乗って行かなくていいの? 会社行く前になぎさちゃんの家寄るよ?」


 戸田美奈子は土産物がたんまり入った紙袋を自由通路の床に置いた。金子拓哉と沢口賢は先にタクシー乗り場に向かっている。


「大丈夫です。私の家、駅からすぐなので。寄りたい所もありますし……」

「寄りたい所って彼氏の家かな?」

「えっ……」


赤面するなぎさを見て美奈子は困った顔で眉を下げた。


「やっぱりねぇ。私、余計なことしちゃったかも」

「余計なこと?」

「金子くんに告白されなかった?」


 金子との一件は誰にも知られていないと思っていたなぎさは絶句した。


「金子くんがなぎさちゃんのこと好きなのは知ってたんだ。振られたって聞いて可哀想になっちゃってね、一昨日の夜に彼をけしかけちゃったのよ。でも今日の二人を見てると金子くんがまた振られたんだなってわかって。なぎさちゃんにも金子くんにも悪いことしちゃったわね。ごめんなさい」


美奈子は足元にある土産物の袋の山を見下ろした。金子をけしかけたのはこの土産物を選んでいる時だ。


「戸田さん……。そんなことないです。こんなこと言うと金子さんに失礼になってしまいますけど、金子さんから告白されて、私も自分の気持ちを確かめられました。だから謝らないでください」

「ありがとう。あなたのそういう素直な性格がモテるのよねぇ。うちの娘もなぎさちゃんみたいな子に育って欲しいわ」


 明るく笑う美奈子になぎさも笑顔を返す。人混みを掻き分けて自由通路を金子が歩いて来た。


『戸田さーん。何そこで油売ってるんですか。沢口さんがタクシーで待ち構えていますよ』

「はいはーい。だってお土産が重いんだもん」

『だから買い過ぎだって言ったんですよ……』


美奈子とのやりとりに項垂うなだれた金子は側にいるなぎさに目を向ける。


「先行ってるねー」


 美奈子は金子の背中を軽く叩いて重たそうな土産物の袋を抱えて通路の人混みに紛れた。彼女なりに気を利かせたらしい。


『……お疲れ様』

「お疲れ様でした」


昨夜のこともあり面と向かって会話をするのも気恥ずかしい。それでも二人は視線を合わせる。


『今回は本当にありがとう。香道さんのおかげでいい記事が出来るよ』

「私も仕事だってことを忘れるくらいに楽しかったです。ありがとうございました」

『帰り道、気をつけてね。好きな人にちゃんと気持ち伝えるんだよ』

「はい。……これから彼に会いに行ってきます」


 照れ臭そうにはにかむなぎさは幸せに見えた。幸せかそうじゃないかは自分で決めると言った彼女は、今幸せなのだろう。

その笑顔を向けられる相手が心底妬ましかった。当分はこの失恋の傷は癒えそうもない。


「じゃあ私も行きます」

『うん、また仕事でね。次の締め切り、27日だよ。忘れないように』

「はい」


 互いに手を振って、なぎさは東京メトロ丸ノ内線の乗り場へ、金子はタクシー乗り場へと別れた。

東京駅から最寄りの四谷三丁目駅までは丸ノ内線で13分。電車に揺られている間、どうやって早河に話を切り出そうか考えていた。


 “好きです”と言う勇気は大人になるにつれて失われていく。

中学2年生で初めてひとつ上の先輩に告白した時の倍の勇気が今は必要だ。十代の頃はどうしてあんなに怖いもの知らずでいられたのか不思議だった。

何も知らなかったからこその無責任な無敵さが子供時代には備わっていた。そんなギラギラした無敵の眩しさは大人になると消えてしまう。


 混雑する列車内で、なぎさと同じ車両にいる彼女はなぎさに背を向けていた。なぎさと彼女の間には多くの人間が人の壁を形成していてなぎさが彼女に気づかない。


 電車が四谷三丁目駅のホームに滑り込む。扉が開くと同時に降りる人の波でなぎさの身体は押し出される。なぎさの後ろで彼女もホームに降り立ち、携帯電話を片手にホームから改札口に進んだ。


 なぎさは両手でキャリーバッグを持ち上げて3番出口に繋がる階段を上がる。3番出口から地上に出ると予想以上の雨の量に顔をしかめた。

この低気圧は東北から関東にかけてのようで、京都は雨は降っていなかった。旅行用に持参していた折り畳み傘をバッグから取り出す。


 折り畳み傘の柄を広げている時、背後に人の気配がした。振り向いた時にはもうなぎさは意識を手放す寸前。

白地にピンク色の花柄模様の折り畳み傘はすべての柄を広げられることなく濡れた地面に落ちた。

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