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 手配中の強盗殺人犯の宇田川が中野区に住む恋人の自宅に現れたとの情報が入り、警視庁捜査一課の原昌也と小山真紀は中野区に急行した。


原と真紀は小雨の降る中、宇田川の恋人のアパートの近くに車を停めて被疑者が出てくるのを待った。


「例の前科者の連続殺人、本部から情報が降りてきませんね。私達も捜査本部の一員なのに何がどうなっているのか全然わからないまま通常業務に戻れだなんて……」

『あの阿部が仕切ってんだからそうなるだろうな』


原は大きなあくびをしているが目はアパートの出入口から離さない。


「寝不足ですか?」

『徹夜で調べものしてた。……警視庁上層部も国家公安委員会から派遣された阿部には逆らえねぇんだよ。これは警視庁と警察庁、国家公安委員会の争いだからな』

「そこまで大きな扱いになるということは、被害者に共通するのが早河さんが逮捕した前科者だったこと以外に、あの連続殺人事件には何かあるんでしょうか?」

『秘密主義な阿部警視殿は重大な証拠を掴んでも下っ端の俺達には教えねぇよ』


 原は菓子パンの袋を乱雑に開けてパンにかぶりつく。真紀もコンビニのパンを頬張った。

時間帯は朝食と昼食の間、しかしブランチと言えるほど優雅ではない食事だ。


「原さん、阿部警視のこと相当嫌ってますよね」

『嫌いっつーか、気に入らねぇだけだ。昔から何かにつけてイチャモンつけてくる。馬が合わない相手ってこと』


馬が合わないは阿部も同じ事を言っていた。唯一その点では気が合っているおかしな同期組だ。


『早河って言えば、お前は情報屋とは順調によろしくやってんのか?』

「原さんなんでそのこと……」

『俺を誰だと思ってる? 本庁の前でお前らがよくいちゃついてるのも知ってるぞ』


 原は冷めかけた缶コーヒーに口をつける。分かりやすく頬を赤らめる真紀は黙々とパンを口に詰め込んだ。

同僚に交際事情を知られるのは恥ずかしいものだ。


『小山があの情報屋に惚れるとは予想外だったけどな。お前はずっと香道に惚れていただろ』

「香道さんは亡くなっていますし……。私は今の彼と出会えてよかったと思っています」


原が口笛を鳴らした。


『それはそれは、仲のよろしいことで。情報屋と結婚でも考えているのか?』

「えっと……時期が来たら……こういうことは相手のタイミングもあるので……」


 しどろもどろになる真紀を見て原は面白がっている。真紀は横目で原を見た。原は香道秋彦と同じ歳だ。香道が生きていれば原と同じ、35歳を迎えていた。


「原さんは結婚されないんですか? 前に言ってた美容師の彼女さんとか……」

『美容師の彼女とは半年前に別れたぞ。それに俺、自分は結婚には向かねぇと思ってるんだ。結婚して法律上ひとりの女に縛られるなんて無理。自由気ままな独身貴族でいいさ』

「縛られるのを嫌うところ、原さんらしいですね」

『縛られるのは組織だけで充分。家に帰ってまで女に縛られたくない』


 彼はまた大きなあくびをした。真紀も実は寝不足気味だ。

昨夜は家に帰宅したが、前科者連続殺人と阿部のことが心に引っ掛かって寝付けなかった。


 前科者連続殺人については被害者となった三人を過去に逮捕した早河とは電話で話をした。どこか上の空で他人事のような早河の口振りが普段の彼らしくなく、矢野にしても警察庁から派遣された阿部のことをのらりくらりとはぐらかしているように感じた。


(早河さんも一輝も私に何か隠してる)


それが前科者連続殺人に関することなのか、阿部のことか。

早河や矢野とはこれまで戦うフィールドは違ってもこころざしは同じ、仲間のような感覚があった。だいたい2年前までは早河も同僚だった。

それだけにわずかに感じる疎外感が真紀を寂しくさせた。


 アパートから男が出て来た。あの風貌は強盗殺人犯の宇田川に間違いない。


『よし。行くぞ』

「はい」


原と真紀は雨の降るアスファルトの上に飛び出した。

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