第112話 魔力0の大賢者、の周囲で起きる事件
sideヘンリー
今日は朝から有意義な時を過ごせた。大賢者マゼルは噂通り、僕などではとても及びもしない強力な魔法の使い手だった。その上、僕の雷鳴魔法は尽く避けられ防がれて、確かに父様の言う通りこれまでの自信が大きく崩された気分だった。
だけど、不思議と心は晴れやかだった。正直言えば当初は大賢者といっても皆大げさに取り上げ過ぎと思っていたし、上手く立ち回れば勝てない相手ではないなんて思っていたからね。とんだ自惚れだったけど、でもマゼルのおかげで目標が出来た。
でも、魔法学園の件については意外だった。まさかマゼルに声がかかっていないなんてね。
正直信じられないし、きっと僕に声を掛けてしまった手前、遠慮でもしてるのかな? とも思った。
その件は父様も怪訝に思ったのか、リカルドを呼んで事情を聞くつもりらしいから、後で僕も詳しく教えてもらいたいところだ。
それはそれとして、マゼルは今日で領地に戻ってしまう。
彼も僕を友だちと認めてくれたわけだし、もう少し話してみたかった気もするけど、大賢者は大賢者米とやらの栽培にも一役買ってるようだし、彼自身色々忙しいのだろう。
こちらも王子としてそこは尊重しないとな。ただ、アリエルは寂しがりそうだ。妹もかなりマゼルを気に入っていたようだし。もっと言えば好意をもっているとも言えるかも知れない。
よし、兄として妹の悔いが残らないよう、一緒に盛大な見送りでもするとするか。
そう思ってアリエルの部屋に向かおうとしたのだが――
「殿下! その、1つお聞きしたいのですが姫様をみられましたか?」
宮殿の廊下を歩いていると4人の騎士がやってきて、僕にそんなことを聞いていた。うち2人はレイサ・カレントにヤカライ・ヤミ。
宮殿にいる時には妹の護衛兼監視役みたいな真似も良くしている。王国騎士団でも腕が立つことで知られた2人だ。
「どうかしたのかな?」
「それが、姫様の姿が見当たらなくて……」
ヤミが困ったような顔を見せる。カレントもため息を吐いていた。
「どうやらまた目を盗んでどこかへ行ってしまわれたようですな」
「好奇心が旺盛過ぎるのも困りものですが、それをあっさり許す2人もどうかと思いますが――」
残りの2人はハイルトンとコマイル。確かこの2人は元ガーランド派の騎士だったね。そのせいかわからないけどレイラやヤミへの言葉がキツめだ。
「しかし、妹のことだからそんな遠くにいってるわけでもないだろうし、そんなに心配はいらない、といいたいところだなのだが……」
正直いつもなら気にする話ではないのだけど、今日に限って言えば不安もある。何せマゼルがもうすぐ出発してしまうのだから、それなのに抜け出すなんてあり得るだろうか?
すると、丁度いい具合に洗濯籠を押して戻ってくるメイドを見つけた。彼女はアリエルの世話係でもある。なにか知っているかも知れない。
「少しいいかな?」
「はい、殿下、何かありましたか?」
「あぁ、実はアリエルの姿が見えないらしいのだ。君は何か知っているかな?」
「姫様ですか? さて……先程部屋にお伺いした時にはおられましたが――」
「そうか……」
「もしかしてまた部屋を抜け出したのですか? それなら他のメイドにも声を掛けて探させて頂きますが」
「あぁそうだね。それなら頼むよ」
「承知いたしました」
そしてメイドが籠を押して去っていった。ふむ、洗濯物の回収をしていたのか。
「殿下、2人の怠惰な仕事ぶりには色々言いたいこともありますが、そこまで心配されなくてもいいのでは?」
「姫様が身を隠すなどこれまでもよくありましたし、いずれ戻ってくるでしょう」
「ふむ……」
考えすぎだろうか? でも、妙な胸騒ぎが――
「ちゅっ! ちゅー!」
「ん? ファンファン、どうしてお前がここに?」
「おや、これは姫様の飼っている白綿ネズミではありませんか。はは、やはり心配なかったようですね」
「このネズミがいるということは近くにいるということですからな」
「いや、違う!」
「え?」
「そうだ馬鹿者。これは一大事だ!」
騎士の2人は随分と呑気なことを言っているがカレントはこの意味に気がついたようだ。ヤミも深刻な表情を見せている。
「姫様はファンファンとは片時も離れたことがないのだ。そのファンファンが単独でここにいるというのは明らかに普通のことではない」
「ちゅ~! ちゅ~!」
それが正しいと訴えるように、ファンファンが2本足で立ち上がり、前足を振りながら私たちに何かを訴えている。
「妹に、アリエルに何かがあったのだな?」
「ちゅ、ちゅーーーー!」
そしてファンファンがどこかへ駆け出した。それを僕たちは追いかける。
「ちゅーちゅー!」
「ここで何かあったのか……」
ファンファンが我々を導いた先は、宮殿の裏口と言える場所だった。
「一体ここで何が?」
「……あまり考えたくはなかったけど、アリエルは誰かに攫われたのかも知れない」
「え! 姫様がですか?」
「まさか……」
「僕も信じられない思いだけど、ここを見て欲しい、比較的新しい轍がある」
裏口周辺の地面にそれがあった。騎士たちも車輪の跡を認め。
「ですが、出入りしている業者の可能性も」
「それなら石畳を使うはずだ。だが、この馬車は敢えてそれを避ける走り方をしている。石畳を通って音がなるのを嫌ったんだと思う。それに、この轍の跡は見たことのないものだ」
「え? 轍の跡でわかるものですか?」
「わかる。僕は城や宮殿に出入りしている馬車は全て覚えているからね」
騎士たちに随分と驚かれたが、それぐらいは王子としては当然だ。
「とにかく、この跡を追わないと、急げばまだ追いつけるかも知れない」
「ですが、他の騎士にも伝えたほうがいいのでは?」
「いや、それはやめた方がいいだろう」
「何故?」
「考えても見ろ。これだけ大胆なことを誰の手助けもなくやれたとは思えない。つまり妹を攫った何者かを手引したものが内部にいると見るべきだ。しかしそれが誰かを特定している時間はない」
「あ、そうか、手がかりもないのに騒ぎ立てると……」
「却って姫様の身に危険が及ぶかも知れない……」
ヤミとカレントは聡いな。理解が早くて助かる。
「とにかく、ここからは僕たちだけで動く。それでいいかな?」
「勿論です殿下」
「姫様がこうなった責任は私たちにもあります。何としても助けねば」
「ふん、全くだ。これで姫様に何かあったらどうするつもりなんだ!」
「本当に同じ騎士としてなさけない」
「そこまでだ。そもそも責任がどうという話で言うなら、お前たちだって宮殿にいた以上、一緒ということになるぞ?」
「ぐ……」
「むぅ……」
ハイルトンとコマイルが押し黙った。全く、今は失敗を悔いている場合じゃないのだからな。
「それと、ファンファン。君には1つお願いがある」
「ちゅ~!」
なんでもやる! と張り切ってるな。ファンファンの功績は大きい。だが、騎士にはこう言ったが相手が何者かわからない以上、切り札も用意しておきたい。
「ファンファン、このことを上手く大賢者マゼルにだけ伝えてくれ、彼なら安心だからね」
「あ、なるほど」
「確かに、大賢者様なら信用できます」
他の2人は面白くなさそうな顔をしているか、ガーランドのことがあるからかもしれないが、そういう意識は変えていって欲しいところだ。
「頼んだぞファンファン」
「ちゅー!」
そして私たちはファンファンが行ったのを認め、妹を見つけるため行動を開始した――
◇◆◇
sideファンファン
大変ちゅ大変ちゅ! ご主人さまが連れ去られてしまったちゅー!
本当は離れたくなかったけど、でもこの小さな体じゃ助けることができないちゅ。
だから涙をのんでご主人さまの元を離れて誰かの助けを求める為に急いだちゅーそして王子様を見つけて必死に訴えたら、わかってもらえたちゅ!
そして王子様は僕に新たな任務を与えたちゅ! それは大賢者様にこのことを知らせることちゅー!
それは当然ちゅ! 本当なら僕も真っ先に大賢者様のもとへ行きたかったちゅー。
だから、急ぐちゅ! 何とかして大賢者様に――
「悪い子ね……」
「ちゅ!?」
な、なにちゅ! なにかに背中を掴まれて、あ、こいつ、悪いメイドちゅ! 悪いメイドに、つ、捕まってしまったちゅ!
「お前は暫くここで大人しくしてなさい」
「ちゅーーーー!」
しかも、どこか暗いところに閉じ込められたちゅー! こんな、こんなところに閉じ込められている場合じゃないのにちゅ~~~~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます