第71話 魔力0の大賢者、目をつけられる

「大体地方伯爵の小倅風情が、生意気なのだ。魔力0などと、恥を知れ!」


 なんというか、初対面から凄い言われようだな。確かに僕は魔力0だけど、いや、うんそのとおりだ。よく考えたら、これが普通の対応なのかも知れない。

 

 何せ転生してから魔力0であることで馬鹿にされることも差別されることもなかったからうっかりしてたけど、前世も最初のうちはこんな感じだっけな。


 とは言え、初対面からここまで言われる筋合いじゃないし、そもそもこの人、誰なんだろう……。


「お兄様、マゼルとは初めて顔を合わすというのにそれは失礼ではないか!」


 うん? お兄様? 今、ミラノ姫がたしかにそう言ったよね。と、いうことは、この人が今回姫様と一緒に審査に来た兄弟のどちらかなんだね。


「うぅ……」

 

 あ、ラーサが悔しそうに唸ってるよ。僕のために何か言い返そうとしていたようだけど、流石に姫様の兄となると下手なことはいえないものね。


「ドナルお兄様、どうか謝罪を」

「謝罪、何故だ?」


 だけど、兄妹間となると話は別らしく、姫様が兄に噛み付いた。この人、名前はドナルというらしいね。


「お忘れか? 大賢者マゼルに私は命を助けられている。にも拘わらずその言動は、公子としてあまりに礼節に欠ける行為ではあるまいか?」

「……ミラノが助けられたことと、この件は全く別な話だ。そもそもからして、俺はこの男が本当にミラノを助けたと信じていない。魔力が0の人間にそんなことが出来るわけもない」

「恩人に向けてその態度、あまりに無礼ではありませんか!」

「何?」


 な、なんか兄妹間で一触即発は雰囲気に……もしかして僕のせい? いや、僕が間違ったことをしたわけではないのだけど、このままというのもやっぱり心苦しい。


「あの、ミラノ姫、僕のことなら大丈夫なので――」

「黙れ小僧! この無礼者が! 俺の目の前でよくもそんな口が叩けたな!」


 え? え? ちょ、なんでこのお兄さん突然怒り出したの? もう最初からやたら僕を敵対視してたみたいだけど、もう意味がわからないよ!


「はは、いやこれはまた、お互い勘違いがあるようですね」

「……貴方は?」

「これはご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私はここにいるマゼルの父、マダナイ・ローランと申します。以後お見知りおきを」

「――これは、ローラン領の伯爵でしたか。お噂はかねがね耳にしておりますよ」


 あれ? 父様が間に入ってドナル公子と話を始めたけど、態度が僕と比べて大分軟化したような気がする。


「はは、いやいや所詮は地方の田舎伯爵ですから、公国の公子様相手に誇れるほどではありません」

「む……」


 そこは、やっぱり父様も気にしていたのか一本棘を含ませたね。


「して、勘違いというのは?」

「はい。魔力が0という点において、どうやら殿下は魔法が使えない前提でお話をされているようですが、息子のマゼルに関して言えば問題なく魔法が扱えるのです」


 そこはまぁ、使えると思われていると言ったほうが正しいのかもだけどね。


「なるほど、何を言いたいかはよく判った。だが、知っているか? 街から街へ渡り歩く大道芸人の中には、トリックというもので魔法でもないものをあたかも魔法のように見せて見物客から金を恵んでもらう集団がいるという」

「……それは息子の魔法が大道芸人のトリックと一緒ということですか?」

「中には本物の魔法と遜色ないものもあるそうだ。魔力が0である以上その可能性も否定できまい」


 あ、父様顔では笑みを浮かべているけど、蟀谷あたりがピクピクしてるよ。でも、実はあながち間違いでもないんだよね……自分ではそのつもりはないんだけど、物理が魔法と思われてるし。


「お兄様、マゼルの魔法を大道芸と一緒にするなどあまりに無礼ではないか」

「ミラノ、お前には見る目がないのだ。だからこそこのような愚かな相手にころりと騙される」


 あ、やっぱり僕に対しては辛辣なんだね。


「大体魔力がなければ魔法など使えない。それが世の道理。にもかかわらず魔法のようなものを使ったのならトリックしかありえないだろう。にもかかわらずこうもあっさり騙されるとはあまりに見る目がない」

「はは、それだと私も見る目がないことになってしまいますな」


 すると今度は会話にアザーズ様も参加してきたよ。ドナル殿下が一瞬面をくらったような顔を見せて。


「これは、アザーズ卿、ご無沙汰しております」

「久しぶりだね。それにしても今の話は中々衝撃的だ。何せこの私にも大賢者マゼルのトリックが見破れなかった。どうやら私は随分と愚鈍であったようだな」

「む、それは――」


 ドナル殿下が言葉を詰まらせた。ドナル殿下は公国の公子だ。ある意味では国の代表としてこの場にきているわけで、その言動が国の意志と取られる可能性がある。特にアザーズ様は王国の外務大臣だ。


 国同士の関係で最も重要なポストに付く人物だけに、下手な事を言えば大問題に発展しかねない。


「兄様もそこまでにしておくのですね」


 ドナル殿下が答えに困っていると、後ろから彼より高めの男性の声が届いた。サラサラの金色の髪が印象的な男性で、姿勢をただしてこちらへ近づいてくる。


「ミラノも手間を掛けさせたね」

「ルーチンお兄様……いえ、そんな」


 そして姫様に笑顔を贈った後、彼はドナル殿下の横に並び深々と頭を下げた。


「兄上がとんだご無礼を。兄に代わり、ルーチン・オムスがお詫び申し上げます」


 頭を下げた姿勢を保つ。兄と言うことは、姫様の兄に当たり、ドナル殿下から見れば弟ということだね。


 でも妙な空気になってしまったな、と思っていたらアザーズ様が僕に目配せしてきた。確かにきっかけは僕だけど、まさかここで振られるとは。でも、それなら答えは決まっている。


「頭をお上げください。私が魔力0なのは確かですし、そこまで気にしてはおりません。私としてはそのことで姫様とお兄様の関係がぎくしゃくしてしまうことのほうが心配ですので、どうかこの話はここまでということで」


 僕がそこまで伝えると、ゆっくりと頭を上げ柔和な笑みを浮かべてきた。


「なんと慈悲深い。勿論今後はこのようなことがないよう気をつけますので。兄上も、何をされているのですか? 温情を頂いたのですからするべきことがあるでしょう?」

「……くっ、た、大変失礼な真似を、申し訳、ない」


 ルーチン程ではないけどドナル殿下も一礼し、そして踵を返した。釈然としてないようではあるけど……。


「それにしても、流石は大賢者と名高いマゼル卿ですね。とても心が広い。感服いたしました」

「いや、そんな……」


 なんだろう? あの兄と逆で、弟のルーチン殿下は随分と友好的だね。見た目も、武人然としていたドナル殿下とことなり、美丈夫という言葉がぴったりくる美男子だ。


「うん、それにしても、もし大賢者ほどの御方がミラノを貰ってくれるならこんな喜ばしいことはないよね」

「な!?」

「ええええぇえええ!?」

「……え? え?」


 ちょ、ちょ! 突然何を言い出すのさこのお兄さん! いや姫様も驚いているぐらいだし冗談なんだろうけど!


 て、おわ! な、何か背中に突き刺さるような殺気まで! もう、ややこしいことは勘弁して欲しいよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る