第35話 魔力0の大賢者、ダンジョンに潜る

「そもそも壁になってる岩山を破壊するっていうのが常識外れだからな……」

「いくら自己強化魔法を使ってるといってもねぇ……」


 僕の行為はどうも常識はずれに見えるらしい。確かに僕の場合は魔法無しでやってるからそういった意味では常識外のことかもしれない。


 だけど世の中にはすごい魔法が沢山あると思うんだよね。それに比べたら大したことないんじゃないかなぁ? なぜかルーツに僕絡みが多いのは気になるところではあるけどね。


「とにかく、後は中を確認するだけだね。そしてここから破角の牝牛の出番です」

「あたいらのかい?」

「うん。ダンジョン探索は冒険者の専売特許みたいなものだしね」

 

 ダンジョンはお宝も手に入るけど魔物も出るわけだから安全というわけではない。中にはダンジョンに見えて魔窟だったという事もありえる。


 だからダンジョンがうまれても基本冒険者以外は立入禁止になっている。だけど冒険者同伴であれば一般人でも入ることは可能。


 今回はそのルールを活用し、破角の牝牛に依頼を出したわけだ。


「確かにダンジョン探索となると私たちみたいな冒険者が同行する必要あるわね」

「でも、ダンジョン探索って私たち初めてだよね」

「俺も初めてだけど、やっぱダンジョンはワクワクするぜ!」


 元盗賊のアッシュさんも初めてだったんだ……ダンジョンはわりと珍しいからそれも仕方ないのかな。


「とにかく入ってみましょう。カイゼルのギルドからも許可はもらってるので」


 そして僕は転生してからは初となるダンジョン攻略に挑んだ。といっても、今回は基本、破角の牝牛のメンバーに任せるつもりだけどね。


「私もダンジョンというのは初めてであるな。胸が踊るぞ」


 嬉しそうに体を上下させながら歩く姫様。うん、本当に胸が踊ってます。


「むぅ、お兄様は大きなのがお好きなのですね! でも私だって成長すれば――」


 何かラーサが自分の胸をペタペタ触りながら唇を尖らせてるよ。何か探しものかな?


「でもよぉ、あたいもダンジョンには初めて入るけど、随分としっかりした作りなんだな」

 

 壁や床をトントンっと叩きながら姉御が感想を述べた。


「ダンジョンは内部構造が外とは違いますからね。ダンジョンによって変化があり、中には普通に洞窟の中みたいな構造の場合もありますし、城のような作りに変化している場合もあります」

「ダンジョンは全く別の次元に存在するから、外側からだとありえないほど広かったりもするんだよね」

「流石大賢者様。博識ですね!」


 フレイに褒められたけど、前世の知識が残っているからこれぐらいはね。


 ちなみに今回のダンジョンはしっかりとした石造りの壁に囲まれたタイプ。ダンジョンとしてはよく見られるタイプだね。


 通路は十分広いので僕たちが揃って移動しても余裕がある。尤も固まって歩くと危険だから斥候役にアッシュが先行して、その後ろに姉御さんとタルトさん。弓使いのアローさんに魔術士のフレイさんと続く。


 殿は僕で僕の前には妹のラーサと姫様だ。護衛騎士のタルトさんが側についていなくていいのかな? とも思ったけど魔物が現れたら前で防いだほうが良いと判断したみたい。特にすぐ後ろに僕がいれば下手な魔法障壁よりも安心できるなんて言ってもいたね。

 

 それはそれで大げさな気もしないでもないけど、でも妹にも姫様にも怪我を負わせるわけにはいかないから頑張って守るよ。


「正直大賢者がいればあたいら必要ない気もするんだけどね」

「それを言ったら身も蓋もないし……」

「私も出来れば大賢者様の魔法が見たかったんだけどね」

「しかしそれでは成長に繋がりませんよ。かくいう私も大賢者様に頼り切っていた部分もある。ここでその軟弱な精神を叩き直さなければ!」


 流石騎士だけあってタルトさんは真面目だね。


「俺はやっぱ自分でダンジョンを見て回ったほうがいいしな! ヒャッハーた~のし~!」

 

 アッシュさんが活き活きしているよ。水を得た魚みたいだ。ただ叫び方がちょっとだけならず者っぽいのが気になるけどね。


「大賢者マゼルに守ってもらうのはありがたいことだが、やはりこれからの女は守られてばかりではいけないからな。魔物が出たら前にでて戦うとしよう」

「殿下! それだと折角の隊列が意味をなしませんので!」


 たしかにね。それに弓だからあまり前に出てもね。


「私はお兄様にお守り頂けるだけで幸せです」


 ニコニコした笑顔でラーサが振り向いた。その顔を見ているだけで僕も幸せな気持ちになるよ。


「あ! 魔物が出た!」

「来たか!」

「最初の魔物は何かな? 浅層だとそんなに手強いのは出てこないと思うけど……」


 うん、確かに普通ダンジョンは潜れば潜るほど強い魔物が現れるようになっている。ここはまだ第一層だし、そんなに強い魔物はあらわれないよね。


『グルル、グルゥゥオオオォオォオオオン!』

「「「「「……え?」」」」」


 おっと、正面に姿を見せたのは双頭の魔獣オルトロスだね。見た目は頭が2つある巨大な狼ってところで毛並みは赤い。一般的に魔獣と呼ばれる存在で口から炎を吐き出したり、周囲を爆破したりするけど、それにさえ気をつければ大したことがないね。

 

「これは初っ端から手頃な相手とぶつかったね」

「「「「「「え? 何が?」」」」」」


 前方の6人が声を揃えた。はは、皆冗談が上手いなぁ。確かに魔獣は魔物よりも脅威度が高いとされるけど、オルトロスは魔獣の中では最弱の部類だし、Bランクの皆と姫様の護衛を任されるような騎士なら余裕だよね?


「ねぇ、これって私の記憶違いでなければ、魔獣よね?」

「しかも多分、オルトロスだと思うんだけど……」

「正直私も始めてみたが、かつてオルトロスが地上に現れた時にはいくつもの村が壊滅させられ、討伐に繰り出した精鋭騎士や冒険者が何百人も犠牲になった上、それでようやく追い払うことに成功したという、それぐらいの魔獣なのだが……」

「でも、大賢者様は手頃とか言っていたよ……」

「いや、正直あの人の常識を真に受けるのはどうかと思うぞ」


 何か前の方で話し合ってるみたいだね。うん、流石手練な冒険者は、たとえ相手が最弱な部類の魔獣でも油断しないんだね。


「おいお前たちいつまでぼーっとしておる! 奴が接近してきておるぞ! 全く仕方のないやつらだ!」


 確かにオルトロスが僕たちを見つけて少しずつ接近してきてる。唸り声を上げながら値踏みするように皆を見てきてるけど、悪いけどこちら側はお前ぐらい軽く一捻り出来るメンバーが揃っているから命知らずもいいところだよ。

 

 そして、最初に飛び出したのは意外にも姫様だった。光の属性を付与した矢で先ずオルトロスの視界を奪いに掛かる。


 うん、悪くない手だと思うよ。


『グウッゥウォオオォオ!』

「な、ちょ、お姫様何してるの!?」

「何言ってるの。光の矢で相手の目をくらませたのだぞ! ぼ~っとしてないで今のうちに攻め込むのだ!」

「くっ、確かにこのまま見ていても仕方がない!」

「どっちにしても逃げ場はないしな!」


 そして本格的に戦闘が開始された、んだけど、オルトロスの口が開いた。あれは炎を吐き出すつもりかな。


 う~ん、皆なら大丈夫と思うけど、通路が狭いし逃げ場がなさそうだしちょっと心配かな。


「は、待て! 全員下がれ! 炎のブレスが来るぞ!」

「な、こんなの間に合わねぇよ!」

「フレイ、何か魔法!」

「そんな、魔獣の炎を防ぐ魔法なんて覚えてないわ……」

「あれ? これってもしかしてピンチ?」


 オルトロスの2つの口から炎が吐き出された。通路全体を覆うような巨大な炎だ。一見すると逃げ場はなさそだけど、僕は炎に向けて思いっきり叫ぶ。


『消えろおお!』

「――ッ!?」


 僕の掛け声で吐き出された炎は掻き消え、オルトロスの動きは止まった。

 うん、これで随分と楽になったかな。


「な、なんだ? 何がおこったのだ?」

「わ、わかんねぇ。確かに炎が来たと思ったのに……」

「これは! またもお兄様の超魔法ですね!」

「は、そうよ! 聞いたことがあるわ!」

「知っているのフレイ?」

「えぇ、これは伝説の反撃魔法アルティメットカウンターよ!」

「あ、アルティメットカウンターだって!」

「そうよ。この魔法は相手のあらゆる攻撃を打ち消した上、カウンターで相手の意識も奪って一時的に動きを封じるのよ! でもすごいわ、こんな伝説の魔法をまたこの目に出来るなんて……」


 うん、涙を流して喜んでるところ悪いけど、そんな魔法知らないから。何その伝説の反撃魔法って! もうなんでも魔法つければいいってものじゃないからね!


 まぁでも、内容的にはそのとおりだけど。魔法じゃなくてただの声という点で違いはあるけどね。


「とにかく折角大賢者様がチャンスをつくってくれたのだ!」


 騎士のタルトさんが声を上げ、それを皮切りにオルトロスへと総攻撃を仕掛けた。ただ、あまり攻撃が効いてないみたいなんだよねぇ。


 そういえばダンジョン探索は急に決まったし、みんなそれ用の装備じゃなかったかもしれない。だから武器が弱いのかも。


 そう思った僕は再び声で援護に徹した。今度はちょっと特殊な声だったから皆の耳には届かなかったようだけど、これでオルトロスの細胞を傷つけて弱体化させたんだ。


 その途端、攻撃がより通るようになり、最終的には姉御さんとタルトさんの合わせ技で首を刎ねて決着がついた。


 うん、終わってみればやっぱり大したことのない相手だったよね。

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