第30話  魔力0の大賢者、トンネルを完成させる!

 昨晩、トンネルを掘ってから僕は町のギルドに匿名で地図を記した板を置いておいた。

 僕の仕業と思われると面倒なことになりそうだからね。通りがかりの土木作業員がやったことにして置いてもらった方がいい。


 そして明朝、男爵家で朝食をいただくことになった。朝はスープにサラダ、パンにフルーツと軽いながらも爽やかな食事だ。

 

「だ、大賢者様! 大賢者マゼル様~~~~~~~!」


 するとヒーゲ男爵が息せき切って食堂に駆け込んできた。凄い慌てようだけど何かあったかな? もしかして魔物が押し寄せてきたとか?


「朝から随分と騒がしいのう」

「は、失礼いたしました殿下! 何せ、とんでもない話を冒険者ギルドのマスターが知らせに来たものでつい……」

「とんでもない話ですか、まさか凶悪な魔物が?」

「それとも、また盗賊でも出ましたかな?」

「おっと、あたい達の出番だね。ふふ、あたいのカトラスは痛ッ!」

「相変わらずだね姉御」


 舌を切っちゃうのが恒例みたいになってるね。

 それはそれとして冒険者ギルド絡みだとやっぱり魔物や盗賊関係を思い浮かべるよね。


 ただでさえカッター領内で賊に2回も襲われてるし。だからこそトンネルを掘ったわけだけど。


「ち、違うのです! 実は昨晩、何者か、いやそれはわかりきってますな。大賢者マゼル様、貴方様ですね、ヒゲ山脈にトンネルを掘っていただいたのは!」

「ぶふぉ! ゲホッ! ゲホッ!」

「お、お兄様大丈夫ですか!」


 飲んでいたジュースが気管に入ってしまったよ! 思いっきり咳き込んだらラーサが心配してくれて背中を擦ってくれた。本当にラーサは優しくて最高の妹だ。まるで天使だよ。


 て、それどころじゃない! まさかこんなすぐ特定されるなんて……いや、落ち着け証拠はなにもないはずだ!


「あ、あはは嫌だなぁ。トンネルを僕が掘れるわけがないじゃないですか~イヤダナー」

「めちゃめちゃ目が泳いでおるな」

「大賢者様でも嘘を付くのは苦手なのだな……」

「あたいよりわかり易いぜ」

「お兄様は心が綺麗すぎるのです」

「うむ、この正直さも大賢者たる所以だな」


 誰も信じてくれないよ! どうしてなぜ、意味がわからないよ!


「これはこうしてはいられないな。朝食も丁度摂り終えたころだし、我々も見に行って宜しいかな? 大賢者マゼルの偉業は一つたりとも見逃せない」

「私も勿論同行致します。愛しのお兄様がなされたことであれば妹として見届ける必要があります」

「面白そうだから当然あたいらもいくよ」

「また一つ大賢者様の奇跡が拝めるのね!」

「元盗賊としては穴の中はみておきたいところ」

「盗賊ってそういうものなの?」

「タルト、他の騎士たちを連れて私たちも征くぞ」

「当然です。大賢者様の魔法、今から楽しみで仕方ありません」


 いやいや! おかしいよね? もう完全に僕がやったって決めつけられてるよね!


「勿論でございます。私もギルドマスターと一緒に確認にいくところでしたし、皆で行くとしましょう」

「あ、じゃあ僕は留守番しておきますね~」

「はは、ご冗談を。主役がこなければ始まりませんよ」

「いや、だからそれは僕では……」

「ほれ、いい加減観念せい」

「そうですお兄様。隠すなんてらしくありませんよ」

 

 いや、僕はどちらかと言うと力のことは秘密にしてきたつもりなんだけど……うぅでも姫様とラーサに左右から腕を取られて連行されるようにして着いていくことになってしまった。


「ここがそのトンネルでございます」

「う、うぉおぉおぉお! 凄い、凄いではありませんか大賢者様!」

「うむ、ここまで見事とは我が息子ながら恐れ入ったぞ。流石大賢者マゼルだ」

「私は、私は今猛烈に感動しています! これこそ大賢者様が行使したという伝説の土木魔法! ミドガルドシュランゲではありませんか!」


 ありません。いつも思うけど、その全く記憶のない魔法名は誰が考えてるんだろうか? そして何度も言うけど魔法ではない! 物理、もう超物理だから!


「土木魔法、お兄様の奇跡の魔法の数々に私は妹として大きな尊敬を抱いております。いえ、もうなんという言葉でお兄様を表現してよいか……」

「いや本当ここまでいくとすごすぎて逆に引くな」

 

 ラーサ、僕を拝むのはやめてほしいかな……逆に姉御さん、そんな、うわぁ、という目をされるとちょっぴり傷つく……。


「殿下、これはもう凄いなんてものじゃありませんよ。地図で見る限り直線でもここから端まで30kmはありますから」

「まさに筆舌に尽くしがたい超魔法であるな」

「カッター卿、これを本当にあの子どもが?」

「本当であるぞ。何せ伝説の大賢者様の再来だ。ギルドのマスターと言えど失礼のないようにな」

「いやいや、待って待って! マスターの言う通り、これが僕の魔法だなんて悪い冗談ですよ! いや本当いやだな~きっと通りすがりの土木作業員がやったのですよ。僕よりその方が現実的だと思いますよね?」


 僕は今がチャンスと思った。冒険者ギルドのマスターは僕だと思ってないわけだし、ここぞとばかりに全力で否定しよう!


「なるほど、今ので貴方様が大賢者なのだと確信いたしました。失礼な物言いをしてしまいもうしわけありません」

「ええ! どうして!?」

「いや、その。通りすがりの土木作業員というのはこれのことですよね?」


 ヒーゲ男爵が板を取り出して僕に見せてきた。板には『通りすがりの土木作業員参上!』と彫られている。そうそう、これがあるんだから僕ではないということになるもんね。


「そうそれです。そこに通りすがりの土木作業員と彫られてるし!」

「なぜそれを大賢者様がご存知で?」

「え? あ、あれ、あれれれぇ? なんでだろう~」


 ヤバい! 確かに言われてみればそうかもしれない。くっ、謀られたか! こんな簡単な罠に引っかかるなんて!


「それにそもそもこんなことが出来る土木作業員なんて存在しませんからね」

「え~? そんなことはないよね。土木が得意な人が5、6人もいれば楽勝でしょ?」


 僕は子どもっぽい口調で言い返した。魔法が使えない僕でも楽勝なんだから、本来、魔法が得意な魔術師なら一人でも同じことできそうなんだけどね。


「いや、流石にそれは無理があると思うぞ」

「そうですね。我が国で一番の魔導師を呼んできてもこんなのは絶対無理です。そもそも土木魔法なんて聞いたことがありません」


 いや、だからそれは勝手に……。


「はっは、何せたった1日で30kmも掘り進めるのだからな。そんな真似は大賢者マゼルでないとありえない」


 父様まで完全に僕の行為だと信じ切ってるよ。いや、僕がやったのは確かだけどさ。


「大賢者でも言い訳は下手だよな」

「ですが、そういうチャーミングなところもお兄様のいいところです」

「それより早く中に入ってみようよ! こういう穴見てるとウズウズしてくるんだ!」

「別に入るのはいいけど、罠とかないわよね?」

「それはないよ。だってこれは馬車が安全に通れるようにって思ってのことだし」

「はは、やはり大賢者マゼル様でしたか」

「あ……」

 

 ついアローさんの言葉に反応しちゃったよ。うぅ、語るに落ちるとはまさにこのことか!


 ふぅ、その後は皆でトンネルの中を確認することになった。とはいえ30kmは長いからね。途中からは僕がヒーゲ男爵を背負って往復したらそれはそれで驚かれた。


「いやはや、しかし大賢者マゼル様は本当に素晴らしい。自己強化魔法でここまで強化出来るとは」


 いえ、それ魔法じゃなくて自前です。


「ふむ、しかしこれだけの物が掘れるならば、大賢者マゼルよ。反対側、つまりヒーゲ領からローラン領までトンネルを掘ることも可能だろうか?」

「それは可能ですが、これから穴を掘って確認してなど色々やっていると出立の時間が遅れてしまいますが」

「しかし、トンネルが掘れれば到着時間が早まる。結果としてそっちの方が時間短縮になるだろう?」

 

 それはそのとおりだ。実際このトンネルのおかげでここから辺境伯領まで掛かる時間は三分の一以下になる。


 今更もう僕のやったことじゃないと言ったところで無駄だしね……だからもう素直に皆を連れて逆側の山で同じ様にトンネルを掘ってみせた。実際見せたら皆が凄く興奮してたな。


 この程度魔法なら楽勝に思えるんだけどね、不思議な気分だよ。


 そして暫くのんびりしてから男爵領を出てローラン領に戻ることになったけど、そこで思い出したようにギルドマスターがやってきて、盗賊の情報源について教えてくれた。


 それによると飛竜盗賊団は盗賊ギルドに加入していたらしく、それに入っていると定期的に盗賊専用の情報が載った本が送られてくるんだとか。

 

 それにはオススメの盗賊スポットや狙い目の貴族、攫うならこの姫! なんかが記載されているんだとか。ちなみにミラノ姫は攫うならこの姫のベスト5入りしてたんだとか。なんとも迷惑な話だね。


 ただ、その本がどこからやってくるかは肝心の盗賊は知らないらしいし、ギルドも完全紹介制だからギルド本部がどこかもわからないそうだ。


 う~んでもまだそんな悪いことをしているギルドがあるんだね。前世では壊滅したはずなんだけどなぁ。


 それはとにかくとして、その後、僕たちは無事、新しく出来たトンネルを通って故郷となるマゼルの町に戻れたわけだ。母様とも久しぶりに再会したら、僕やラーサを抱きしめてくれた。


 そしてその後、公国の姫様も同行していたことに驚き、更にカッター男爵領との間に便利なトンネルが出来たことにも驚いていたな。


 尤もこれは、その後報告に行った冒険者ギルドも一緒だったけどね~。そしてギルドまで着いたところで彼女たちはお別れになったわけだけど。


「いや本当、今回の護衛ではいいものを見せてもらったよ」

「また何かあったら破角の牝牛を宜しくな!」

「大賢者様の超絶魔法をまたこの目にできる日を楽しみにしてます!」

「今度は一緒にダンジョンに潜りたいなぁ~でもこの辺りは無いから機会があればかな~」


 握手して再会を誓いあった。何かあったらまた破角の牝牛にお願いするのもいいかもね。ダンジョンはこのあたりにはないから難しいかもだけど。




◇◆◇

sideとある盗賊

 俺たちはハイエナ盗賊団。そして俺は盗賊団のボス、ヨッコドールだ。ふふ、この辺りは最近まで山賊のススメという連中が幅を利かせていて、俺たちは肩身がせまかった。


 だがどうやら連中、ドジを踏んで頭も団員もまとめてとっ捕まったらしい。馬鹿な連中だ。

 まぁ俺から見ても連中には慎重さが足りなかったからな。頭まで筋肉でできている連中の末路なんてそんなものだろう。


 その点俺は違う。俺はいつだって慎重だ。仕事を実行するときだって相手の情報を徹底的に集めてから取り掛かる。


 そして、今回の仕事だ。これは俺らの耳にちょっとした情報が入ってきたのがきっかけ、まぁ実を言えば盗賊ギルドから得た情報なのだが、なんとこのカッター領からローラン領へ向かうための唯一の山道に公国の姫を乗せた馬車が通るというのだ。


 これを聞いたとき俺は思わず拳を天まで突き上げたものだ。これまでずっとコツコツやってきたが、これでやっと大きな山にありつけた。姫様を見事攫うことが出来れば盗賊界隈での俺の名はずっと上がる。上手くやれば一気に一流の仲間入りだ。だからこそ失敗は出来ない。


 そのために俺は作戦を練りに練って今この場で陣取っている。仲間も全員配置し、罠だって完璧だ。道もここなら逃げ場はないし、崖の上には弓で狙うのに丁度いい足場もある。


 ふふ、我ながら完璧な布陣だ。一部の隙もありゃしない。


 後は、この道を姫様を乗せた馬車が通るのを待つだけだ。ふふふふっ……。


 そして――俺たちが待ち伏せを開始してから2日が過ぎた。まだ姫を乗せた馬車はやってこない。それどころか商人さえも一切通らない。


 だが、まぁこんなこともあるだろう。馬車が予定より遅れるなんてよくあることだ。


 それから更に2日過ぎた。未だ馬車は1台も通り過ぎない。


「……ぼ、ボス、もしかしてデマを掴まされたんじゃ?」

「馬鹿言うな! 確かな情報筋からだ。間違いがあるわけがない! いいか? こういうのは根気が大事なんだ。こんなときに堪え性がないやつほど失敗する。よく覚えておけ、機会を見誤るな!」


 それから、更に2日が過ぎた……馬車はまだ通り過ぎない。


「ボス流石にこれはおかしくないですか? ここは一旦ひいたほうが……」

「まだだ。ここでひいた途端、馬車が通る可能性もある。こういうときこそ、粘り強くだ……」


 だが、結局馬車が通ることなどなく……ハイエナ盗賊団が新しく出来たトンネルのことを知ったのはそれから更に10日後、餓死寸前なところを狩りの為、山にやって来ていた冒険者に見つかってからのことであった――

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