魔力0で最強の大賢者~それは魔法ではない、物理だ!~
空地大乃
プロローグ
「うぅうう、大賢者様……」
「おいたわしやおいたわしや――」
随分と荘厳かつ絢爛豪華なベッドの上に寝かされたわしの周りに、多くの人間が集い、惜しむように涙しておった。
全員、わしの娘婿孫、曾孫夜叉孫、従兄弟、再従姉妹、親戚、友人知人、各国の重鎮や竜の王やら獣人の帝王やら、更に弟子やこっそり言っていた結婚相談所の受付まで――とにかく沢山の人間が押し合いへし合いにひしめき合っておる。
人生200年――十分生きた。もうわしには悔いが……。
「大賢者様、貴方様の見せてくれた奇跡的な大魔法の数々、私達は決して忘れません」
悔いが……。
「魔竜の大群が王都に押し寄せてきた時、大賢者様は雷鳴魔法で一瞬にして蹴散らしてくれました! あのときのことは今でもこの目に焼き付いております!」
悔いが……。
「エルフの里にビクトリーオークの大軍団が進攻して来たときも、大賢者様は火の精霊王イフリートですら跪くほどの獄炎魔法で全員焼豚にしてくれました」
悔いが……。
「聖女様でも直せなかった子どもたちの呪いを解き、治療魔法でも完全に治らないとされた聖騎士の体を見事な聖治魔法で完治してくれました」
悔いが……。
「「「「「そんな大賢者様にみんな感謝しているのです!」」」」」
悔いが……。
「マゼル様、視えていますか? 聞こえますか? 感じますか? ここにいるのは皆、大賢者様に憧れ、大魔導師にまで上り詰めたものや魔導皇帝、そして大聖女や教皇も全員がマゼル様の身を案じて集っているのです。本当に、本当に貴方様は偉大な御方です――」
……うん、やっぱり駄目だ。このままじゃ大いに悔いが残ってしまう。死んでも死にきれんわこんなもの。
ふぅ、正直迷っていたが、やはり潮時かもしれんな。立つ鳥跡を濁さず……わしも観念を決めて――いよいよ真実を話すときが来たのだ!
「皆のもの、こんな老いぼれのためによく集まってくれた。心配して貰えるのは凄くありがたいことで光栄の極みでもある。だが、自分の体のことは自分が1番よくわかっている。わしは、もうすぐ死ぬ」
「うぅううぅう、そんな……」
「大賢者様! そんな悲しいことは言わないでください!」
「そうです! 大賢者様ほどの御方ならば、きっと魔法でなんとか出来るはずです!」
「それは、無理なんじゃあ……そして、死ぬ前に皆にどうしても言っておきたいことがある」
「これは……皆の衆! よく聞くのだ! これがきっと大賢者様の最後のお言葉になる!」
長年わしの側に仕えてくれたナイス・ローランが集まった皆にむけて言った。一斉に注目が集まる。
むぅ、こうなると緊張する。何しろわしは今ここで巨大な嘘をついていたことを明かさなければいけないのだ。これを知ったら、皆やはり怒るだろうか? もしかしたら歴史に汚名を残すことになるかもしれん。
だが、やはり騙し続けるのは心苦しい。だから――
「皆のもの、よく聞いてほしい……」
さぁ、いうぞ、いうぞ、て、ヤバい。何か意識が薄れてきた。これ、もうわし死ぬわ。まずいまずい、意識を失ったら完全に旅立つことまちがいなしじゃ! はやく、はやく言わねば!
「わしは、わしは――実は魔法など何一つ使えはしないのじゃあ…………」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
皆の声が揃った瞬間だった。沈黙が訪れ、わしの意識が遠ざかっていく。視界も薄れていく。この後、一体どうなってしまうのか、わしにはもう知る由もない。ただ、心から思う。
本当に皆、騙していて悪かったのう――
◇◆◇
「ばぶばぶ~(ふむ、どうやら転生してしまったようだ)」
わしが目覚めた時、正確には記憶がはっきりして来た時、知らない天井があった。更に知らないベッドに寝かされておった。
しかも手足が短くやわっこかった。髪の毛もなく、ベッドのサイズも小さかった。
それでわかったのだ。これが噂に聞く転生かと。いや、生前からこの手の話は多かったからのう。特に大きな力を持った魔導師などはよく転生したと文献に残っておった。
ただ、そうなるとなぜわしが転生出来たのか疑問だが、まぁなってしまったものは仕方あるまい。
「さぁおっぱいの時間ですよ~」
「ばぶ~ちゅ~ちゅ~(うまうま)」
しかし、なんというか記憶がある状態でおっぱいを吸うというのもなんとも背徳的であるな。おまけに私の母となった女性はとても綺麗だ。年も若いな16歳ぐらいだろう。
しかも大きい。とても吸いごたえがあるのだ。とは言え、最初は緊張したものだ。何せ前世では子どもも孫も玄孫なんかもいたが、女性とは一度も付き合ったことがなかったからのう。子どもは全て盗賊や魔物に襲われたり戦などで家も家族もなくしてしまった子どもたちを引き取って養子にした子なので血の繋がりはなかったのだ。
「どうだ我が子は!」
「貴方。はい、とても元気にすくすくそだっています」
「そうか! それは良かった!」
おっぱいも飲み終わりお腹もいっぱいになったわけだが、そこに豪快な声の男が入ってきた。
そうこの男こそが今世のわしの父親なのである。なのであるが。
「そうかそうか! 元気に育っているか! うむ、お前はこのローラン家期待の星だ! 立派に育てよ!」
そう、なんと前世ではわしの側で長年尽くしてくれたあのローランの血筋なのだ。
全く奇妙なめぐり合わせもあったものだな。
「旦那様準備が出来ましたのでそろそろ……」
「うむ、そうだったな。息子よ! 今日はこれからお前に魔力測定を受けてもらうからな!」
……来たかついにこの時が。わしの暮らすこの世界では古くよりこの魔力測定が行われており、生まれてきた子どもは先ず1歳を迎えた段階でこれを受ける。
その後も成人を迎える15歳までは定期的に受けることとなるのだが、さてどうなることか。
わしは母から父の手に委ねられ、別室に連れて行かれた。そこには儀式用の魔法陣が描かれ判定用の魔術師がスタンバっていた。
ある程度の年齢になればもっと簡単に魔力が計れるのだが、幼いうちはこののようにしっかりとした術式でなければ正確な魔力がわからないのだ。
「それではどうぞこちらへ」
「うむ」
父がわしを魔法陣の中心に寝かせた。赤子のわしには何も出来ない、いややろうと思えば普通に動けるがそれもおかしな話だから赤子の体を取っておく。
「では、判定いたしますぞ!」
「ばぶ~(ドキドキ)」
60代ぐらいの魔術師が杖を振り上げ詠唱を行った。すると魔法陣が青白く輝き始める。ここまで前世でやったのと変わりがない。
そして問題はここからだ。準備が整うと魔法陣の光は一旦消え、そして再度光り輝く。この二度目の光の煌き具合で魔力が判定されるわけだが――
――パッ! シィイイィイィイイィイイン……。
「む、むぅこれは!」
「なんと!」
「バブ……(なんてことだ……)」
まさかとは思っていたが、あぁなんという神のいたずらか、これにはわしにも経験がある。
そう、この反応は――つまり一度消えた光が全く輝かないこの状態は、魔力0……わしの肉体に全く魔力が宿っていないことを表しているのだ。
前世ではこれのおかげで随分とわしも苦労させられた。何せ魔力が0など当時の王国の、いや世界全体をみても例のないことであった。
そうわしは世界で初めて魔力0の状態で生まれてしまった男だったのである。
故に、当時のわしは随分と蔑まされてきた。町中でも馬鹿にされ続け、魔力なしの欠陥人間と揶揄され続けた。
この世界でいきとしいける者は、多かれ少なかれ魔力を持って生まれる。だからこそ人は魔法を行使できたり魔法の道具、通称魔道具と呼ばれるものが扱えたりするのだ。
だが魔力が0のわしにはそれが不可能だった。それがどれだけ大変なことであったか……本当に当時は辛かった。両親にも見放されわしは町から追放されたりもした。
だが、そんなわしにも救いの手を差し伸べてくれた人物がいた。それこそが当時のわしの師匠だ。師匠は厳しかったがおかげで魔法がなくて行きていける術が身についた。
問題はその結果、魔法が使えないはずのわしが大賢者様と尊敬されるまでになってしまったことなのだがな……。
まぁそれはそれとして……ちらりと父の顔を見る。真剣な眼差しだ。そしてわしには判る。この父のこの先の反応を。
前世の両親がそうであった。正直今世には多少は期待もしたんだがな。結局一緒であったか。今のとこ前世よりは両親の性格が良さそうに思えたが、やはり魔法が主体の世界である。
きっとこれから父は心底がっかりして声を大にして言うだろう。
「な、なんということだ……」
ほら来たぞ。双眸を大きく見開いて肩も震えている。そしてこう言うのだ。
魔力0で生まれてくるなど、なんて不幸なことなのだ! と。
「こんな、こんなことがあるなんて。おお神よ!」
「ばぶ~……(くるぞくるぞ)」
「魔力0で生まれてくるとは、これは、なんて幸せなことなのだ!」
ほら来た! て、え?
ちょっと待て。今なんと言ったのだ?
幸せ? 幸せといったのか? ん? わしの聞き間違いか?
「旦那様、ついに、ついに生まれましたね。しかも待望のこのローラン家に!」
「うむ、これはめでたい! 魔力0で生まれてくるとは!」
「これはこれは、まさかこのような奇跡の場に立ち会えるとは、一魔術師としてこれほど光栄なことはありません」
な、なんだこれわーーーーーー! おかしいだろ、いやおかしいって!
え? どういうこと? だってわし魔力0だよ? それなのに何この異様な盛り上がりは? おかしいだろ!
「全く今日はなんていい日なのか。まさか我が家にあの大賢者と同じ魔力0で生まれてくるものが生誕するとは! 決めたぞローラン、お前の名前はマゼル! あの伝説の救世主にして奇跡の英雄、魔力0の大賢者と同じ名前だ! 立派に育てよ。あっはっはっはっは!」
はい? いや、それもおかしい! どういうことだ? だってわし、死ぬ直前、確かに全てを話したよね? わしは魔法なんて使えないってそう言ってから逝ったよね! なのに、一体何がどうなっているというのか――
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