第15話『深夜のナポラ攻防戦』

 赤蛇の聖騎士団を先頭に、教皇軍は次々とダヴィ軍の妨害を突破していった。細い山道を何度も崩壊させ、アキレスやダボット、ミュールが立ちふさがったが、数の暴力で徐々に進んでいく。


 そして夏の巨大な太陽が山陰に消えた夜中、ようやくナポラ城の姿を、教皇軍は発見した。


 他の城とは異なり、ナポラは厳重に防御しているようだ。かがり火も大量にかれている。


「やっと、ここまでたどり着いたか」


「ええ」


 アンドレの言葉に、ジョルジュが頷く。この一週間山中で戦い続け、ろくな宿営も出来なかった。ナポラ城の周辺に広がる平地の存在が、素直にありがたい。


「これで全軍揃いました。時間はかかりましたが、まずまずの結果でしょう」


とジョルジュが確認しているのを、アンドレは隣で内心舌を巻いていた。この5万の軍勢に不満を発生させることなく、あのボロボロになった山道で補給を滞らせなかった彼の手腕に、驚いているのだ。


(教皇は良い拾い物をした)


 この戦いでは、アンドレは彼を相談役として傍に置くことを決めていた。


 そんな評価を受けていたジョルジュは、暗がりに輝くナポラ城を眺めた。あの中にダヴィがいるはずだ。


(お前の悪運もここまでか)


「さて、さっさと陣を立てて、夕食にありつくとしようか……」


とアンドレが呟いた時、攻撃を告げる笛が鳴り響いた。驚いて、周囲の兵に確認する。


「どこの部隊だ!?」


「先頭の『赤蛇の聖騎士団』です!」


「なんだと? クソが」


 アンドレは馬を走らせ、殺気立つ騎士団に追いつく。その中にいる白い僧服を探した。


「ベルナール! どこだ!?」


「ここですよ。そう怒鳴らなくても」


 いつも通り口角を上げっぱなしの顔を、ベルナールは見せた。アンドレが彼につめ寄る。


「どういうことだ?! 我々は到着したばかりだぞ。休息が必要だ」


「いいえ、聖女様の敵を野放しにすることは出来ません。即刻、滅ぼします」


「ふざけるな! 我々は無敵ではない。そんな無茶が許されると思うのか」


 ベルナールはゆっくりと顔を上に向けた。


「今夜はキレイな月が出ています」


「なんだと?」


「きっと聖女様のおはからいでしょう」


 ベルナールは屈託なく笑う。その顔に、アンドレはおぞましさを感じた。


「小生たちの勝利は間違いなし」


 ――*――


 教皇軍は『赤蛇の聖騎士団』に引っ張られて、攻撃を開始した。ダヴィ軍は正直、不意を突かれた。


「奴らめ、疲れを知らないのか?!」


 先ほど城に戻ってきたばかりのダボットが、悪態あくたいをつきながら、鎧を着直す。ダヴィも兜を身につけながら、彼の肩を叩いた。


「相手が無理をしているのは明白だよ。これはチャンスかもしれない」


「それはそうですが」


「ともかく、こっちは対応するだけだ。アキレスとミュールが待っている。行くぞ!」


 ナポラはこの地域の中核都市である。その分、城壁も厚く、そして高い。ダヴィ軍が他の城を放っておいて、修繕してきたかいもあり、防御はこれ以上なく整っている。


 さらに、城壁の上にいる2人が、獅子奮迅ししふんじんの働きをしていた。


「いくらでも来やがれ!」


「絶対に城の中に入れるな! 俺たちがこの城の盾となる!」


 ミュールの剣と、アキレスのパルチザンが、ロープを登ってくる教皇軍の兵士の頭を打ち砕く。自分を殺すために、登ってくるようなものだ。


 アンドレはこんな事態になったことに不満を抱きながらも、適切に対応していく。


「奴らは南と東を固めている。北と西に回り込め」


 ナポラの街は、北から西へと、川が流れ込んでいる。それが部隊の展開を邪魔をするため、攻めにくいのだ。しかし東と南をミュールとアキレスに守られている以上、そちらに回るしかなかった。


 その北と西の城壁には、ダヴィとダボットがつく。


「さあ、来たぞ。しっかりと自分たちの役割を果たすんだ!」


「「「おう!」」」


 ダヴィの激が飛び、兵士たちの士気が上がる。こちらにも教皇軍の兵が登ってくるが、全く寄せ付けない。


 アンドレがこの状況にいら立つ。


「相手は少数だ。なぜ、押し切れん! おい、梯子はしごはまだか?!」


「組み立て終わりました。いつでも行けます!」


「さっさと行け!」


 教皇軍は長い梯子はしごを持ち出してきた。その先端にはかぎ爪がついており、城壁の石に食い込んで離れないように工夫している。


 勢いよく、長い梯子はしごが立てられていく。先ほど使っていたロープよりも安定している。登る兵士の数が増えてきた。


「怖がるな! 着実に倒していけ」


 ダヴィ軍は予想していた。焦ることなく、倒し続け、梯子はしごを落としていく。


 梯子はしごを使ってから一時間経っても、戦局は変わらない。攻めかかる頃は地平近くにあった月は、もう上空高く昇っている。


 下唇をかむアンドレは、ふと視線を自軍に戻した。すると、一部の陣で、光が見えた。


 急いでそこへ向かう。その陣にはベルナールがいた。


「なんだ、それは?!」


「火炎瓶ですよ。これで邪悪な敵を燃やしましょう」


 アンドレはベルナールの襟首をつかみ、つめ寄る。スキンヘッドの強面こわもてで睨まれても、ベルナールは平然としていた。


 ところが、アンドレにこう言われて、彼の表情が変わった。


「聞け。お前とて、教皇様に怒られるのは怖いだろう」


「怒られるとは?」


「忘れたのか。お前の敬愛する教皇様は、歴史あるナポラを無事に占領することをお望みだ。放火したミラノスのことを気にしている」


「…………」


「それを使えば、ミラノスの二の舞だ。お前の立場でも危うくなるぞ」


 そこまで言って、アンドレは襟首を離した。ベルナールは乱れた服を直しながら、ふうと息を吐く。


「……ご忠告ありがとうございます。こればかりは小生に非がありますね」


「火による攻撃は禁止だ。部下にもそう伝えろ」


「しかし、戦局は硬直しています。いかがされるおつもりで?」


 アンドレは激しい音が聞こえてくる城を睨んだ。無数の教皇軍の松明の光が群がるナポラ城が、夜の闇の中に不気味に浮かぶ。彼は自分の経験を信じた。


「この兵力差だ。攻め続ければ、相手の方が疲弊してくる。そこをすり潰してやる」


 ――*――


 教皇軍の動きが止まらない。何度跳ね返しても、城壁を登り続けている。落とした兵士の身体と梯子はしごが山となって、城壁下の空堀を埋めていく。それを足場として、新たな梯子はしごがかけられ、新たな兵士が登っていく。


 恐怖心を消し去るほどの興奮が、教皇軍に取り巻いていた。敬虔けいけんな信徒が多いこの軍の兵士は、自然と讃美歌を口ずさみ、死に向かっていく。


「素晴らしい光景です。絵師がいれば、これを絵にしたいものです」


とベルナールが称賛する。一方でジョルジュは冷えた心で見つめていた。


「これが信仰か」


 自分が仕えているものの正体を見た。首にぶら下げた真円のネックレスが、重く感じる。そこには神々しさはない。単なる集団心理だけが彼らを支配する。


それと同時に、これらに敵対するダヴィを憐れむ。


(この心理が世界を支配している。それに勝てると思っているのか、ダヴィ)


 讃美歌の音に背を押され、教皇軍の兵士が城壁にとりつく。それを追い払っているダヴィ軍に補充する兵士はなく、露骨に疲労が見え始めた。


 そのほころびが最初に出たのは、アキレスとミュールが守る南と東だった。


「くそっ! いくらでも来いとは言ったけどよお、限度ってもんがあるだろう!」


「しつこい!」


 最初に戦闘を開始した分、彼らの疲労の蓄積が早い。さらにアキレスとミュールは城外で戦ってきたこともあり、さすがの彼らも腕が重くなってきた。


 次第に、城壁を登り切る教皇軍の兵士の数が増えてきた。


「ダヴィ様! 敵が止まりません!」


「…………」


 ダヴィは南と東の城壁を眺めた。そちらから聞こえてくる剣戟の音が段々と大きくなってくる。敵に入られていることが、明確に分かった。


 ダヴィは判断を下した。


「合図を出す。全員、準備を!」


 城内から狼煙のろしが上がった。それに気づいたダボットが自分の兵士に指示を出し、ミュールに駆け寄って言う。


「ミュール、合図だ!」


「なんだと?!」


「撤退だ! 支度をしろ」


 ミュールは悔しさのあまり、唇を噛み、そこから血が流れた。彼にとって、故郷を捨てることになる。


 彼はその怒りを、また登ってきた敵の兵士にぶつけ、ボロボロになった剣を突き刺し、城外に放り投げる。兵士の悲鳴がかすかに聞こえた。


 ミュールも決断する。


「ちくしょう! 覚えてやがれ!」


「油をかけろ!」


 ダボットの命令の後、ダヴィ軍の兵士は一斉に用意していた油を城外へとまいた。そして火のついた松明を落とし、ナポラ城は堀に沿って燃え上がる。


「いかん! 早く消せ!」


 教皇の意向を考えるアンドレは、すぐさま攻撃を中止させ、消火活動にあたらせた。どちらにせよ、こう燃えている中では梯子はしごもかけられない。彼らは急いで川から水をくむなどして、鎮火させた。


 一瞬の静寂後、教皇軍は攻撃を再開する。しかしそこに、ダヴィ軍の姿はなかった。


「門を開け!」


 城壁をよじ登った兵士たちが、城門へと向かい、こじ開ける。八の字に開かれた門から、一斉に教皇軍がなだれ込む。


 先頭を進む兵士たちが、王城に掲げられたダヴィの旗に気がつく。


「あれを倒せ!」


 兵士たちは階段を駆け上り、ダヴィの旗を取り除く。そして代わりに、教皇軍の旗を掲げた。


 真円の旗印がナポラ城の上にはためく。


「お前の夢も終わったな」


とジョルジュがそれを見上げて呟く。


 金歴550年、寝苦しい真夏の夜、ナポラ城が陥落した。

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