第19話『王の道化師』
ウォーター国の王宮に急報が走る。すぐさま王子たちを始め、重臣たちが招集された。
シャルルが
大勢がどよめく中、王の隣に立つ宰相・ジャック=ネックが簡単な挨拶の後、すぐさま本題に入った。
「国境沿いの貴族から連絡が入りました。ファルム軍とヌーン軍が我々の国に侵攻の準備を始めていると」
どよめきが一層大きくなる。ウォーター国に二か国以上が攻め入るのは、何十年ぶりの危機だろうか。
王の隣には、宰相の他に、王子たちも並んでいた。ネック公の隣にはルイがいた。茶色い瞳を輝かせて、よく聞こえやすいように、ゆっくりと質問する。
「東も南も、か。北のソイル国はどうだ?」
「実は、不穏な動きがあります。攻め入ってくる可能性もあるかと」
彼らと王を挟んで逆側に立つシャルルは首を傾げた。なぜなら、彼の諜報から上がってきた情報とは違うのだ。
確かにヌーン国が兵を集めているということは聞いた。だが、ファルム国の動きはないと聞いている。ファルム王家と直接つながる自分以上に、ルイたちが情報をつかんでいるとは考えにくい。
そして、ヌーン国。これが一番疑問を感じた。
「金獅子王の御世以来」
シャルルの声はよく通る。
彼は淡々と語る。
「ヌーン国は
「なにが言いたい」
ルイが尋ねる。シャルルは肩をすくめて、答えた。
「ヌーン国がファルム国と連動している。このことが信じられない。これまでの歴史を捨てるような行動だ」
「伝統は塗り替えられるものだ。いわゆる外交を始めたとしても、それは普通の国家として当然だろう」
「さらに、ルーン国の現国王は内政に力を注いできた方で、在位年数は確か今年で15年になる。これまで軍を動かしたことが無い王が、いきなり動かすのか?」
「それについては、補足したきことがございます」
ネック公が自信ありげに、情報を言う。わずかに頭に残った白髪を撫で、シャルルというよりも、眼下の貴族・騎士たちに伝える。
「ヌーン国のホセ8世は危篤状態にあると」
「危篤?まさか」
「確かな情報です。現在はピエトロ王子が指揮を執っているらしいです」
ピエトロ=ヌーン。この王子について、良い噂は聞かない。血の気が多く、新たな闘技場を築いて、戦士たちを育成して殺し合わせていると聞いている。彼ならば他国に侵攻するかもしれない。
それでも、シャルルにはしこりのように心の中に疑問が残った。
「私が知る範囲では、ソイル国が攻め入る気配はない。ファルム国の件も虚報では?」
「シャルル王子。これが虚報であれば良いことです。だが、我々は最悪の事態に備えるべきではありませんか?」
「…………」
ネック公が微笑みながら尋ねてくる。皺だらけの表情からは、何を考えているのか読み取れない。不気味さが漂う。
一段下で立ち並ぶ貴族たちから声が上がる。
「侵攻されてから準備しているのでは遅い」
「すぐにでも防衛の体制を整えるべきだろう」
「徴兵して軍を集めるべきだ!」
意見がまとまりつつある。それらを総じて、ネック公が発言した。
「王よ。敵の侵攻に合わせて、国境に軍を配備することをお許しください」
「そうするがよい」
「それでは、これから具体的な配備計画を立てるとしましょう」
ルイが待っていたとばかりに声を上げた。彼の短髪がはねるように動いた。
「俺は強敵であるファルム国に備えよう」
「道理ですな。元々ルイ王子は、ファルム国に備えて東におられることが多かったです。適任かと」
「では、私が南かな」
シャルルの発言に、ネネック公はにっこりと笑って頷く。
「ええ、そうしていただけると。そして、シャルル王子はソイル国にも精通しておられる。北への備えもお願いしたい」
「なんだと?!」
シャルルは驚きの声を上げた。シャルルだけで、2大国を抑えきれなど、無謀な話だ。
「同時に攻めてこられたらどうする?私一人では無理だ!」
「ソイル国に動きがないとおっしゃられたのは、あなた様ではありませんか。あくまでも“準備”です。王子には優秀な部下が大勢おありだ。北のソイル国は部下の方に任せて、シャルル王子は南のヌーン国に備えたらよろしいかと」
それでも、ヌーン国へ対峙する軍勢が減るのだ。理屈が通らない話だ。
シャルルは目の前で微笑む彼らの思惑を察した。
(俺の手勢を減らそうというのか!?)
このタイミングで、この陰謀。彼らはこの防衛の最中、兵を挙げるつもりだ。そして兵を二分したシャルルを出し抜いて首都を占拠し、シャルル派を一層するつもりなのだろうか。
(やつらも焦ってきたということか。さて……)
この会議は『いかにして他国からの侵攻を食い止めるか』で、皆必死に考えている。ここで抗議しても、彼の声は通らないだろう。
では、他の王子を派遣するのか。しかしながら長男のヘンリーは最近病気が悪化しており、この会議にも出ていない。他の王族にも大将となるべき器の人物はいない。シャルルの代わりとなる人はいない。
シャルルは方向を修正することで応じようとした。
「やはり、私一人では心細く感じます」
「ほう、自信家なお前が珍しい」
「大国に一人で渡り合った経験がないのです。私には荷が重すぎます。そこで、ご助力いただきたい」
「誰か、一緒に連れていくと?」
「その通りです」
シャルルは王の方を振り向き、頭を下げた。金色の髪が舞い踊る。
「王よ。私と共に出陣し、我々をお導き下さい」
「なに?!」
「強大なヌーン国を抑えられるのは、王しかいらっしゃいません。今はまさに、建国以来の
シャルルの提案に、会議はどよめく。そして各所から賛同の声が上がってきた。
「王が出陣されたら百人力だ」
「この事態に対処されるのが、王としての義務であろう」
「先代のアンリ王を思い出す。あの勇壮なお姿が再現されるのでは!」
貴族たちの期待が高まる。ルイもネック公も、この状況にほぞをかむ思いだ。
(なんてことだ。王がシャルルの手に落ちれば、俺たちが首都を占領しても意味のないことになる。大義が無くなってしまう!)
シャルルに歯向かうことは、王に歯向かうことと同義になってしまう。そのような事態になれば、ルイの敗北は必至だ。
ルイの表情が険しさを増す。隣のネック公の広い額にも汗がにじむ。
王はジッとシャルルの顔を見つめていた。そしてようやく口を開く。
「私は行かない」
「は?行かない?」
「王は首都を守るのが役割である。ここを離れない」
王ははっきりと宣言した。今まで、王子や部下の提案に流されてきた姿とは違う。明確な拒絶だ。
この発言には、ルイやネック公も驚いた。貴族たちも言葉を失う。
次に発言したのは、ルイだった。
「王よ。皆には王の激励が必要です。どうか雄姿をお見せください」
「ルイ様」
ネック公が彼の袖を引く。自分が不利になると知りながらも、こう言わざるを得ない。息子として、父のこの姿はあまりにも情けなかった。
シャルルも当然再考を
「出陣していただけませんか。この国のためにも」
「くどいぞ、シャルル!王は王の務めを果たす。お前たちが対処せよ!」
それだけ言うと、王は王座から立ち上がり、足早に
シャルルとルイは目を合わせた。この時だけは、お互いの気持ちがよくわかった。
父への失望である。
――*――
会議から一時間も経たないうちに、ネック公が王の自室を訪ねた。先ほどの会議での振舞いが、あまりにも見苦しかったので意見したかったのだ。
王の許可を貰い、扉を開ける。王は部屋の真ん中で椅子に座っていた。
(相変わらず簡素な部屋だ)
王の部屋ならもう少し装飾があってもよい。豪華な家具が並んでいてもよい。しかしながら大きな聖女像以外、大きな机と椅子があるだけだ。いつも無表情な彼を物語っている。
だが、この部屋に1つだけ似つかわしくないものがあった。ネック公はそれを睨みつける。
「なぜ、お前がここにいるのだ」
「なぜと申されますと、聖女さまとお給料のお導きかと思いますよー」
カラフルなチェック柄の服で全身を覆い、三角の二股に分かれた帽子をかぶる小男が、ニタニタと笑みを浮かべている。いつも笑うことが仕事である彼の顔には、笑い皺が刻まれている。
(道化師め)
ネック公は軽蔑の視線を向ける。パーティーなど慶事に呼ばれておどけるのが彼の役割だが、貴族の中には時々子飼いにして、傍に置く者もいるという。
いい趣味とは言えない。彼らの存在は下品だと思われている。
(邪魔だ)
特にこのような真剣な話をするときは、いてほしくない存在だ。追い出そうとしたが、王がそれを止める。
「装飾品のようなものだ。気にするな」
「おいらは絵かな?花かな?骨壺はヤダなあ~」
「…………」
ネック公は渋い顔のまま、王に語りかける。はっきり言えば、苦言だ。
「王よ。なぜ、あのような言動を?あれでは国難から逃げたと言われてもしょうがないでしょう」
「逃げてはいない。ここにいることが王の務めだ」
「そう思っておられるのは、王だけかもしれません」
珍しくはっきりと直言するネック公に、王の表情がわずかに曇った。
それを見て、道化師が歌うように茶化す。
「良薬は~口に苦し~いやなものは~死んでもヤダね~」
「黙らんか!」
ネック公が一喝して、道化師はやっと黙る。気まずい空気が広がる中で、王が尋ねる。
「結局、どうなった?」
「シャルル王子が南北両方に対処することになりました」
「シャルルは私よりも戦術に優れている。ルイも私より人望があるだろう。私よりも適任だ」
「王よ。そんなことをおっしゃいますな。王にしかできないことがあります」
「それが、王都に留まることだ」
「…………」
頑なな王の態度に、ネック公は説得を諦めた。王が出陣しなかったことは、ルイ王子陣営としては望ましいが、長年仕えてきた配下としては寂しい思いだ。
彼は頭を下げて、退出する。
「これから出陣の準備を整えます」
「頼むぞ」
労いの言葉をかけられて、彼は退室した。
「……欲深いやつらめ」
残された王は、閉じられた扉を見つめながら、ぼそりと呟いた。髪も肌も白くなった老いた男は、恨みの言葉を吐く。
「せいぜい争うといい。天罰が下って死ぬまでな」
道化師が歌う。王の気持ちを代弁し、この世をいじる。ギターを鳴らして調子を合わせていく。
「ニンゲンは~欲まみれ~憎しみ~血まみれ~教皇も~奴隷も~同じ~」
王はかすかに笑う。何に対して笑ったのだろうか。道化師の歌か。争い続ける王子たちか。それに振り回される貴族たちか。
それとも、この国自体か。
「悪いことは~隠れてしないと~聖女様に~バレないように~」
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