第166話 戦う乙女達

 モゾモゾと地面を動いたり、近くの木にへばりついた虫型モンスターへと剣を突き刺す冒険者達。


「ヒャッハー! 虫けらが! 俺達を止められると思うなよ!」


「脚を斬れ! こいつらの脚の関節はクソ弱えぞ!」


「1班と2班はそのまま前進! 3班から5班はいつでも援護ができるように構えを解かないように!」


「へいっ! 勿論です、エンリエッタさん!」


「オラオラっ! 副長様の道を作れお前ら!」


「ヒャッハー! ぼやぼやしてる餓鬼のグラスよりも、エンリさんのこっちを選んで正解だったぜ」


「ああ、一瞬でここまで移動できた魔法には驚かされたけどな。でも敵が見えてるのに動くことを止める奴に付いてちゃ、俺達が稼ぐに稼げねえしな!」


「そこっ! 無駄口を叩くなら敵を倒しなさい!」


「「へいっ!」」


 トリップゲートを使用し、ライアングルの街にある冒険者ギルドから農村近くの道へと、冒険者60人以上での移動後である。

 ミツは遠目でも農村に虫型モンスターが家や家畜小屋を襲っている姿が見えていた。

 現状をエンリエッタとヘキドナ、二人を中心として農村の状態を伝えると、エンリエッタは農村に取り残された村人を助けるためと駆け足に冒険者達を連れて移動を始める。

 ここからはエンリエッタとミツは別行動。

 エンリエッタが人命救助を優先するなら、ミツ達はモンスターの討伐を優先とした働きを見せる。


 エンリエッタ達が農村へと走り出す姿を見て、青の布を結んだ女性冒険者達も流れに付いていくように駆け出そうとする。

 だがミツはあえて彼女達を呼び止める声を出せば、隣にいるヘキドナがミツよりも大きな声を出し彼女達の足を止めてくれた。


「まったく、あんたらは誰に付いていくつもりだったんだい。そんなにエンリに付いて行きたけりゃその青の布を外して行きな!」


「「「……」」」


 一喝とヘキドナは怒りの言葉を他の冒険者へと告げると、彼女達は猛獣の雄叫びを受けたようにくすみあがってしまった。


「まあまあ、ヘキドナさん。そんな厳しく言わなくても。彼女達も村の人を助ける思いと、つい思わずかけだしちゃったんですよ」


「……ったく。坊やは甘すぎるね」


 ミツがヘキドナと他の冒険者の間に割って入る。

 ヘキドナは腕組みをし、直ぐに怒りを静めては呆れた者を見る視線を彼へと送る。

 この時ヘキドナが寄せた胸に少し視線が行ったがこれは不可抗力であるので、無罪である。


「シシシッ。いいかお前ら! お前らは今はグラスランクのミツの指示に従う立場だシ。次、命令に背いた奴はウチが直々と痛い目にあわせてやるシ!」


 更にシューがミツの前に立ち、冒険者達にビシッと先輩としての言葉をかける。

 しかしシューの見た目が幼く可愛すぎる為に言われる本人達は苦笑いを浮かべていた。


「は〜。シューがそんな事言っても効果ないってば。でーもー。次に本当に勝手に動いた子がいたら、その子にはモンスターの餌として囮になって貰おうかなー。大丈夫大丈夫、指の数だけ餌にできるし、それが駄目ならあんた達の四肢を餌に使うからさ。アハハハ……あれっ?」


 エクレアは笑いながらえげつない発言をする為、他の冒険者だけではなく、マネやシューが顔を引きつらせながら一歩彼女から引く。


「うえっ……。エクレア、流石にそれは酷えっての」


「うん。そんな考え出る時点で、エクレアは一番ヤバイ奴だシ」


「「……」」


 ミツとヘキドナは二人程に露骨な反応は見せてはいないが、やはり二人ともエクレアから距離を取ろうとしている。

 ポツンと孤立するエクレアは慌てて言葉を並べるが、共にヘキドナと距離を開けたミツへと、彼女は膨れっ面に怒りをぶつける。


「ちょっとちょっと!? 冗談だから! 皆して、そんな顔しないでよ! ってか、君のために私達が言ってるんだから、一番何引いてるのよ!」


「痛たたた!? く、苦しいですって。エクレアさん、ストップ、ストップ!」


 ウガーっと怒りをミツへとぶつけるエクレアは、ミツの首に腕を回し、腕を引き寄せては自身の胸に強く押し付ける。

 言葉は抵抗を見せるミツだが、内心彼女の引き寄せる腕の締め付けは痛くもなければ苦しくもない。

 その時ミツの気持ち的にはありがとうございますと言う、男しか分からない感謝の言葉しか浮かんでいなかった。

 

「二人とも、じゃれあいもそろそろ終わりにしときな。それで、坊やがあいつらを止めた理由を聞こうじゃないかね」


「ふ〜。やわらか……じゃなくて苦しかった。はい、まず皆さんには自分が支援をかけます。お手数ですが皆さん、自分の手に手を置いてください。届かない人は近くの人の肩に手を添えるだけでも結構です」


 ああ、やっぱり坊やも男かと呆れるヘキドナだが、直ぐにキリッと真面目な表情を作り、場の雰囲気を切り替えるミツを見ては彼女は内心苦笑い。

 ミツが差し出した手にヘキドナが手を置けば、妹分のシュー、マネ、エクレアが次々と手を乗せていく。

 勿論人数が多いので届かない人は、ミツの言うとおりと近くの人の身体の何処かに触れている。

 その際ミツは周囲の人達に鑑定を発動し、自身と間接的である為、支援が届いてない時に直ぐにその人へと支援をかけ直す為でもある。

 ミツはもうステータスで表示される女性のスリーサイズ程度では動揺はしませんよ。


「ほいっ。これでいいかシ?」


「何をやるってばよ」


「ちょっとマネ、もう少し詰めてよ」


「あたいじゃねえよ!? こらライム、もう少し手を伸ばしな」


「ウチ、これが限界だっちゃ」


「と、届かない……」


「あつ、ルミタさん、左手の方でも問題ないのでこちらの手に触れてください」


「ほら、ルミタ。彼がそう言ってるんだから、ホレホレ」


「あっ……うん。〜〜〜」


 ミツが反対の手を指し伸ばすが、ルミタは少し躊躇う素振りを見せる。

 ゼリはルミタの背中を押すように、彼女の手を無理矢理にミツの手に握らせ自身の手をその上へと乗せる。

 両手を数人の女性に握られると言う、それは男としては幸福感を味わうかもしれない時間だが、ミツの手に最初手を乗せたヘキドナはマネ達の身体に押され少し苦しそうな声を漏らす。


「坊や、何をするか解らないけどね、やるならさっさとやりな!」


 次々と手を乗せていけば、先に手を添えた人たちは後の人たちに押される状態。

 シューは早々としゃがみこみ、下からミツの手のひらへと手を触れて楽なポジションを取っていた。

 20人近くの冒険者へと、彼は一気に支援スキルを発動する。

 

「はい。皆さん、手を離さないでください……いきます。(〈攻撃力上昇〉〈守備力上昇〉〈魔法攻撃力上昇〉〈魔法防御力上昇〉〈攻撃速度上昇〉それと使える支援を)」


《経験により〈攻撃力上昇Lv6〉〈守備力上昇Lv6〉〈魔法攻撃力上昇Lv6〉〈魔法防御力上昇Lv6〉〈攻撃速度上昇Lv6〉〈ブレッシングLv6 〉〈ミラーバリアLv6〉〈エンジェラスLv5〉になりました》


 ミツの支援スキルを発動後、発動したスキルのレベルがぐんぐんとレベルアップ。

 試しの洞窟で幾度も発動したことに、能力上昇系スキルの経験が溜まっていたのかもしれない。

 ミツが軽く周囲を見渡しながらもう一度鑑定を発動。  

 近くにいた人たちは勿論、一番離れていた女性冒険者にもちゃんと効果は出ている事を確認する。


「坊や、終わったのかい? ……!?」


 ヘキドナが終わった事を確認後、皆は散り散りと手を離していく。

 自身の身体にマネの体重がかかっていたのか、ヘキドナは肩をならすように首を左右にカクカク。

 すると身体の軽さに直ぐに彼女は気づいたのだろう。

 拳を作り、身体の底から沸き出すような力に目を見開く。

 それは彼女だけではなく、妹分のマネ達も自身の力に驚いていた。


「おおっ! こりゃ凄えっての!? 姉さん見てくださいよ、剣がめっちゃ軽いですよ!」


「ほっ、ほっ、ほっ、っと! 足が軽いシ! ミツの支援は凄いシ!」


「身体が軽い……。本当に凄いわ……」


「ああ。驚いたね……。んっ? 坊や、まだ何かやるのかい?」


 自身の剣をブンブンと振り回すマネや、反復横跳びの様な真似をして身体の軽さを感じるシュー。

 エクレアも自身の剣を鞘から抜き、空を斬る如く素早い剣さばきを見せた。

 他の冒険者もその場で軽い動きを見せている。

 ヘキドナがミツへと振り向き直すと、彼の手には武器と言えるものではない物を彼は握りしめていた。

 それはミツが演奏スキルを発動時に使用している卵型の木笛である。


「はい、更に皆さんには自分の演奏スキルを使用して力の底上げをします」


「ミツ、お前はそんなこともできるっちゃ!?」


 自身の底上げされた力に既に驚きだったライムの言葉は、その場に居る人達の言葉でもあった。

 特に驚いていたのは治療士の数名であろうか。

 ミツの支援魔法の効果は、彼が持つ他のスキルの優れた効果であり、彼女達が発動する支援よりも効果は明らかに上であった。

 

「はい、ライムさん達のように前衛だけではなく、ルミタさんやゼリさん達のように後衛の人達にも効果はありますので、是非聴いてください」


 ミツが木笛を使い演奏スキルを発動しようとしたその時、ヘキドナは森の中から出てくる数匹のモンスターを見つける。


「坊や、その演奏とやら少し急いでもらえるかい」


「……はい」


 勿論ミツは森の中から外道のあるこちらにモンスターが迫っている事は気づいていた。

 だからこそ少し無理矢理にこの場に居る人達へと、彼は一気に支援をかけていた。


 ヘキドナは自身の持つ武器である鞭を地面に叩きつけ、スパーンと音を出しながら気合と声を上げる。

 その声に反応し、勇ましい女性冒険者達は花やティーカップではなく、武器となる剣やナイフを握りしめる。


「敵が来たよ! 坊やの演奏とやらが終わるまでは死ぬ気で近づかせるんじゃないからね! マネ、シュー、エクレア、先陣を切りな!」


「おっしゃ! レディースブラッディーの副長のあたいに任せな!」


「誰が副長よ! 副長の座がマネに務まるわけないでしょ!?」


「そうだシ! 順番でいくならウチが姉さんの副長だシ!」


「あんたら、無駄口叩いてないでさっさと行きな!」


「「「はい!」」」


(あー。そう言えばヘキドナさん達のパーティー名って、確かそんな名前だったっけ)


 尻を叩かれる気分と三人はヘキドナの指示の下に駆け出す。

 森の中から出てきたのは、見た目はデカイゴキ野郎のコクロッチだった。


コクロッチ

Lv4

麻痺攻撃Lv2

悪食LvMAX


 カサカサと素早く動き、奴が夏の部屋に出てきた時には、その場は戦場となる程の相手である。

 見た目デカイだけのゴキ野郎であっても相手はモンスター。

 脚の爪には麻痺効果があるのでそこに注意して戦わなければならない。

 駆け出した三人は直ぐにコクロッチの近くに到着。

 マネは先手と自身の剣を真っ直ぐにひと振り。

 ザクッと音を鳴らしマネの剣はコクロッチを真っ二つにしてしまう。

 そこで攻撃を止めないのは流石経験のある冒険者であろうか。

 マネはオリャ、オリャっと気合を入れた声を出しながら、次ぎ次ぎに出てくるコクロッチを真っ二つにしていく。

 コクロッチの羽や脚は、防具品に加工され売られたりする程の強度を持つ。

 いや、誰が好んでゴキ野郎の装備品なんて買うものかと思うだろうが、世界にはそう言った物を好む人が居るのだ。

 マネの攻撃の勢いに驚いたのか、森の中から出てくるコクロッチが次々と動きを止め警戒する。

 しかし、戦っているのはマネだけではない。

 シューはコクロッチの足の関節へとナイフを入れ、コクロッチの一番の武器となる脚を止めていく。

 そこにエクレアの剣が次々とコクロッチの頭を切り飛ばしていく。

 二人の戦いはそれは見事な戦い振り。

 素材となる羽や脚を傷つけずに戦い、敵を倒すのも高度な技量と腕前が必要なこと。

 いつもおちゃらけた三人は、例えミツの支援がなかったとしても上手くこの場を戦場を制圧したのかもしれない。

 

「いやー、流石ですね。パワータイプのマネさんに、スピードタイプのシューさんとエクレアさんが上手く動いてるのがよくわかります。おー、凄い。今、マネさんがモンスターをズバッと三体動時に斬っちゃいましたよ!」


「はあー。坊やももう少し緊張感を持ってくれないかね……」


 ミツの反応に呆れるヘキドナ。

 彼女の言葉に、自身が興奮していた事に少し恥ずかしくなるミツだった。

 しかし、マネ達の戦いに興奮していたのはミツだけではない。

 共に参戦してくれた他の女性冒険者達でさえ、今の三人の戦いぶりは、冒険者としては惚れ惚れとする動きであった。


「これは失礼……それでは(あの距離なら恐らく三人にも聞こえるかな。先ずは〈ヴァルキリーメロディー〉から……)」


 ミツは演奏スキルに気持ちを切り替え、女性の戦闘能力を上げる〈ヴァルキリーメロディー〉を発動する。

 演奏スキルのLvをMAXの10にしたことで、演奏を耳にした女性はステータスを大きく跳ね上げることができる。

 ヴァルキリーメロディーの演奏の効果は、Lv1に対してステータスを20%加算して上げてくれる。

 その10倍なのだから彼女達のステータスは元のステータスの3倍である。


※間違っていたらすみません。


 戦う戦場に響く笛の音色。

 ミツの周囲に居る冒険者はその音色を耳にした事に、更に湧き上がる自身の力に身震いさせる。

 ミツの演奏スキルのレベルが高い事に、先陣をきった三人にもスキル効果はとどいていたようで、遠目から見ても三人の動きがあきらかに向上し、俊敏な動きが見える。


「おりゃ!」


「シュー、周りこんで!」


「分かってるシ!」


 マネはコクロッチを更にスピードを上げて倒していく。

 彼女の勢いに合わせるように、エクレアとシュー、二人も苦戦を見せることもなくモンスターを蹴散らしてしまう。

 妹分のシュー達の戦いに、眉尻を上げて驚くヘキドナである。


「……。こりゃたまげた……。音を聴くだけで力が湧いてくるとは……」


「よし。ヘキドナさん、取り敢えず前衛の支援は終わりました。後は後衛の皆さんです。策戦通りにヘキドナさん達はマネさんたちに続いて森を通って農村へと近づいてください。後は自分が後衛の人を連れていきます」


「フンッ。よし、行くよお前ら! エンリに付いた情けない男共になんかに、遅れを取るんじゃないよ!」


「「「おおおっー!」」」


 ヘキドナはまたもや鞭を地面に叩きつける。

 その姿は正に猛獣使い。

 今か今かとヘキドナの言葉を待っていた女性冒険者達が獲物を握りしめ、戦いに参加する勢いと走り出す。

 森の中から出てきた多くのコクロッチが次々と倒されていく姿に、それ程苦戦はしない事を確信するミツだった。

 戦いの様子を遠目に見ていたミツの服の袖を引っ張る女性。

 後衛部隊の1人、魔術士のルミタが声をかけてきた。


「んっ?」


「あ、あの……。私達は……」


「はい、後衛の皆さんは自分と一緒に遠距離から敵を倒します。ゼリさん、また弓を持っている人達は前衛に当てないように気をつけてくださいね」


「ふふっ。君は誰にそんな事を言っているのかな。任せなさい! なんだか今ならここから農村の家まで矢が届きそうな気分なのよ。狙った獲物は絶対に仕留めるわよ!(勿論リッケ君もね)」


 未だリッケを諦めていなかったのか、ゼリの心の中では白馬に乗ったリッケがゼリに手を差し伸ばしているのだろうか。


 ミツは後衛部隊の魔術士の数を数えると、3人が杖を握りしめ身構えた姿が見える。  

 後の4人は弓を持っている。 

 本当は弓を持つ人達もヘキドナに付き添わせるべきと思うが、一応彼女達は魔術士の護衛も兼ねているので側にいてもらうことを話し合っていた。

 ミツは演奏スキルの一つ〈マジシャンメロディー〉を奏で始める。

 音が聞こえているだろうが、ヘキドナ達にはこのスキルの効果は発動していない。

 勿論弓を扱うゼリ達4人も、頭に疑問符を浮かべてしまうが、魔術士であるルミタ達は違う。

 ミツの演奏スキルの凄さに気づくのは、彼女達がいつも使っている魔法を使用したときだろう。


 森の中から出てきたコクロッチを早々と殲滅したヘキドナ達は、モンスターの気配がある森の中へと足を踏み入れていた。


「フンッ!」


 スパーンッ!


 ヘキドナの持つ鞭先が残りのコクロッチの頭を勢い良く吹きとばしていく。


「くくっ……。鞭がいつも以上に動きも良い。それに……」


「オリャ! 25匹!」


「セイヤっ! 27匹だっちゃ!」


「くそっ! この辺周囲の虫は片付けちまったか! 姉さん、もっと先に行きましょう!」


「こらっ、マネ! ちゃんと討伐の証として触覚可目玉を切り落とすシ! 夢中になって報酬減らしたら、マネから不足分お金をもらうからな!」


 マネがライムと共にモンスターの討伐数を競うあまりに、倒したコクロッチの亡骸をそのまま放置しようとしたことにシューが声を荒らげる。

 彼女の言葉は、冒険者として極当然なことであり、残された亡骸は他の冒険者に取られても文句は言えないのだ。

 マネはいそいそと自身の倒したコクロッチの解体としゃがみこみコクロッチの触覚をブチブチと引き抜いていく。


「回収、回収っと……。おいっ、ライム。お前さんも手伝うってばよ」


「……気が抜けるっちゃねー」


 ライムも競う相手のマネが戦いを一旦止めたことに、彼女も一先ず解体をする為に動き出す。

 

「リーダー……私達って森の中を進んで戦ってるんだよね?」


「ああっ……」


「あの……いつの間にかエンリさん達を抜いて、私達が先に農村に付きそうなんだけど……」


「……」


 エクレアは近くの木に登り、遠目に道でモンスターと戦っているエンリエッタの部隊を見つけたのだろう。

 しかし、その部隊はまだまだ後ろに居るようで、エクレアの言う通り、既に彼女達が少し森の中を突き進めば先にヘキドナ達が農村へと辿り着くかもしれない。

 別にそれが悪い事ではないのだが、このままでは少数部隊のヘキドナ達がわらわらと居るであろう虫共の中に突入となれば、ヘキドナ達が虫退治を背負うことになる。

 運が良いのか悪いのか。

 下手にこのまま進んでしまうと、ヘキドナの部隊が虫共の中で孤立するのは明らか。

 この人数でそれは不味いと考えるヘキドナだった。


「よっしゃ、上手く剥ぎ取れたっての!」


「ぐぬぬっ。うちはこう言うのは苦手だっちゃ」


「あーあー、おめえさん、そりゃ素材を駄目にしてんぞ。ほらっ、虫の頭を足で押さえて。この時こいつの口は必ず地面に向けといてっと。ほら、簡単に取れるっての」


 マネはコクロッチの頭を足で踏みつけ固定する。そして触覚の内側を捻る様に回すと、スポンッと簡単にコクロッチの触覚が取れてしまった。


「おー! 凄いっちゃ! マネは剥ぎ取りの天才だっちゃね」


「んっ……。へへっ。何だよいきなり。照れるじゃないか」


「いや、ただの力技だシ。一本くらい上手く取れて鼻を伸ばしてるようじゃ、マネもまだまだだシ」


「シュー! 何だと!?」


「……。 !? 二人とも伏せるっちゃ!」


「「!?」」


 またマネとシュー、二人の言い争いが始まってしまったと思ったその時だった。

 ライムは森の奥の茂みの方から、ガサガサと何やら足音が聞こえた事に彼女は一気に警戒心を高めては、押し退ける勢いと二人へと自身の身を被せた。

 ライムの突然の行動に唖然となり、動きと言い争いを止め、ライムに押し倒される二人。

 そこに茂みの方から姿を見せたモンスターが攻撃を仕掛けたのだろう。

 ブンッと風切音が三人の上で聞こえる。

 その後直ぐにヘキドナが二人へと避難する声を荒らげた。


「マネ、シュー! そこから急いで離れな!」


 突然のことに少し混乱していたシュー。

 身を起こし、自身をすっぽりと被せた影に気づいたのか、彼女が後ろを振り向いた瞬間、そこには大木と勘違いさせる程の大きな体を持ち、何本もの脚と鎌をもったキラーマンティスが彼女を見下ろしていた。

 ドシンっと音がする方をマネが見れば、キラーマンティスが先程横振りにフルスイングした腕の鎌は、近くにあった木を切り裂いてしまっている。


「キ、キラーマンティスだシ!」


「シュー、ライム、下がるっての! ライム!? ちっ!」


 シューの言葉にガバッと起き上がるマネ。

 思わず自身におおいかぶさったライムを肩に乗せては、その場から離れる。


「へへっ! ライム、さっきは助かったっての」


「……」


 キラーマンティスの攻撃から自身達を助けてくれたライムに礼をいいつつ、肩に背負ったライムに視線をやるが、彼女が動かない。

 それどころか、マネは自身の腕に感じる生暖かな水気にヒヤリと視線をむければ、ライムの肩には大きな傷口ができていた。


「んっ? おい、ライム!? ライム! 血!? やべぇ! 姉さん、ライムがあたい達を庇って負傷しちまった!」


「ちっ! おいっ! 治療士は付いてきているかい!?」


「はい! 今行きますっ! えっ!? きゃああぁぁ!」


 ヘキドナはマネの言葉に、彼女は直ぐにライムの治療の指示を一緒に来ていた治療士へと声を上げる。

 その声に直ぐに反応した治療士がマネ達の方へと駆け出すが、彼女は突然の横の茂みから現れたモンスターの攻撃を受け、大きく吹き飛ばされる。

 茂みから姿を見せたのは、またもやキラーマンティスだった。

 しかも今度は二匹ご一緒にだ。


「なっ!? そんな、1匹でも厄介な相手なのに、二匹追加とか!」


「くそっ。まさか木々が密集する森の中にこんなデカイ奴が通るなんて……!? 皆、伏せるってばよ!」


 マネの言うとおり、キラーマンティスの体の大きさを普通に考えるならば、今ヘキドナ達が進んでいる木々が生い茂ったこの場所を、体の大きなキラーマンティスが通ることはないだろう。

 しかし、エンリエッタの部隊が、キラーマンティスにその思わぬ行動を起こさせてしまった。

 エンリエッタの部隊は人の数も多く、彼らは手当り次第と虫型モンスターを次々と倒していた。

 その内の数人が功績欲しさと、部隊から少しづつ離れていたのだ。

 それを遠目に見ていたキラーマンティス。

 集団に挑むのは危険と、各個撃破の知恵があるのか、キラーマンティスはエンリエッタ達が進む外道から農村の道を外れ、森の中を通り奇襲をかけるつもりだったのだろう。

 そこに鉢合わせしたのがヘキドナ達である。

 キラーマンティスの横振りの一閃が空を斬る。

 木々が密集した場所では、切られた木々が次々と倒れてくる。


「ひゃ!」


「キャー!」


「木が倒れてくるっての! 姉さん!」


「ちっ! くっ!」


 草木に足元を取られ、一歩退避に出遅れるヘキドナ。

 彼女が身を縮めたその時、倒れてくる木に向かって少年の蹴りが綺麗に入る。


「せやっ!」


 ヘキドナに向かって倒れてきた木は、ミツの蹴り一つで反対側へと大きく吹き飛んでしまった。


「大丈夫ですか、ヘキドナさん!?」


「坊や……。フンッ、助かったよ。一応礼を言っておくよ……ちっ」


 ミツに情けないところを見られたことに少し不機嫌になるヘキドナ。

 彼女はミツの差し出した手は握り返さず、彼の肩に手を添えて立ち上がろうとするがバランスを崩し、ミツにのしかかる。


「ヘキドナさん、足を怪我したんですか?」


「ああ……すまない。悪いね、少し挫いた程度だよ」


「ちょっと待ってくださいね。今回復を」


「莫迦、坊や、敵が近くにいるっていうのに!?」


「確かに、ここでゆっくりはできませんね。ゼリさん! ルミタさん! 攻撃してください!」


「ハイハーイ!」


「撃つ……よ!」


「ヘキドナさん、ちょっと失礼します」


「うわっ!? こ、こらっ!」


 ミツの言葉の後、後方の茂みの方からゼリとルミタの声が聞こえる。

 ミツはその場から避難と、ヘキドナをお姫様抱っこ状態にその場から離れた。

 すると直ぐに茂みの方から飛んでくる矢と礫の数々。

 それらはキラーマンティスへと真っ直ぐ飛んでいき、キラーマンティスの体に弾痕の様に次々と傷をつけては、一回の攻撃でキラーマンティスを倒してしまった。


「ルミタ、やばいわ、弓の弦がすっごく軽く感じるのよ!?」


「わ、私の魔法も……あんなに沢山出せちゃった……」


 ドシンっと倒れたキラーマンティスに驚く面々。

 ゼリは自身の弓の弦の軽さ、そして狙ったところに飛んでいった自身の矢に驚きの声を漏らす。

 ルミタも同様だ。彼女の発動した〈アースバレット〉石の礫は、いつもならピンポン玉の大きさの石が10個程勢いつけて飛んでいくのだが、今回彼女が発動したアースバレットの大きさはそれ以上。

 礫は公式で使用する野球ボール程の大きさに膨れ上がり、玉の数も30を軽く超える程に飛んでいったのだ。


(スキル欲しかったけど、あの攻撃じゃモンスターも即死だよね。もう二体は……あっ)


 ゼリとルミタの攻撃で倒されたキラーマンティスのスキルは取れなかったので、ミツは残りの二体へと視線を送る。

 しかし、一体は先程ヘキドナに倒れてきた木をミツが蹴り返したことに、その木がキラーマンティスに命中していた。

 上半身を吹き飛ばしたキラーマンティスの下半身の亡骸が地面に倒れている。

 もう一体のキラーマンティスは、マネ達が剣を向けていた。


「おらっ! ライムの仇討ちだっての!」


「食らえシ!」


「二人とも、巻き込まれても知らないよ! ハッ!」


 マネの怒りの剣がキラーマンティスの胴体を突き刺す。

 シューは刺された事に暴れるキラーマンティスの脚を次々と斬り落としていく。  

 最後にエクレアの持つ攻撃スキルがキラーマンティスをブロック状に斬り刻んでしまった。

 ぼとぼとと地面に落ちるキラーマンティスの亡骸は正に細切れ状態になっていた。


「皆さん、お疲れ様です……。(はあ……。スキルが一個も取れなかった)」

 

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