第101話 a brief but vigorous fight

 三回戦、ヘキドナ対ファーマメント、二人の戦いが始まって直ぐに観戦席からはどよめきの声が響く。


「姉さん!」


「そ、そんな……」


「アネさん!」


 闘技場の上、地面に倒れる姉の姿を見て、妹分であるマネ、エクレア、シューの三人は悲壮の思いに声を漏らす。


 試合開始時。先手とばかりに、ヘキドナは自身の得物の鞭を握りしめ、大きく横振りに攻撃を仕掛けた。

 だが、その攻撃が当たるかと思われた瞬間、ファーマメントへと向かう鞭先が彼の手にパシッと音をだしては掴まれる。

 そして、スパッと切れる感じに、鞭の先が切断されてしまった。

 ただの動物の革で作られた鞭ではなく、使用していたのはモンスターの硬い革を使用して作られた頑丈な鞭。

 それを試合が始まって直ぐにと、最初の攻撃で破壊されてしまった。

 ヘキドナは先端だけ斬られてしまった鞭、それを大きく腕を上げては手繰り寄せる。

 手繰り寄せ、斬られたと思われる先端を見てはきつく対戦相手を睨みつけ、ファーマメントが鞭を斬った武器を見ようとするが、彼は既に手をローブの中に入れてしまいその武器が解らない。

 ヘキドナは警戒を高めながら腰に携えた予備の鞭と交換した後、また次の攻撃の姿勢を取る。

 ファーマメントがローブから手を出した時、彼が何をするのかと身構えていた瞬間、自身の後ろから突然と小爆発音が聞こえてくる。

 ドキリと咄嗟に後ろを振り向いてしまったヘキドナ。

 これが誘導だと彼女も咄嗟の自身の行動に直ぐに気づくが、視線を前に戻した時には遅かった。

 ファーマメントの自身より小さな手が顔の前にあり、反射的にそれを払おうと鞭を持つ腕を振り上げようとしたが腕が動かない。

 異様な威圧が自身の行動に縛りをかけたように、目に見えて理解していても身体を動かすことができなくなってしまった。 

 心臓が一度ドキッと強く脈打つと同時に、膝、足と崩れるようにその場にうつ伏せに倒れてしまった。

 

 彼女は自身の武器である鞭のグリップを握りしめたまま、ピクリとも動かない。

 彼女自身意識はあるが、まるで金縛りにあった様なこの身体に困惑しながらも、審判が駆け寄ってくる姿を見ては自身の言葉で強く静止た。


 ファーマメントはそんな彼女へと更に追い打ちをかける気なのか、大きな火玉を出しては狙いをつける。


「ファーマメント選手、得意の火玉を出し、地面に倒れたヘキドナ選手へと狙いをつけます!」


 実況者のロコンの声に、観戦者はゴクリと息を呑む思いと試合を見守る。


「止めろー! 姉さん! 動いてくれ!」


「審判、そいつを止めなさいよ! リーダー!」


「起きるシ! アネさん!」


 周囲の観客からもヘキドナを起こすかのように、起きて起きてと主に女性陣の声が響く。

 審判もまだ、ヘキドナがファーマメントからの攻撃で倒れたのかが理解できていないし、彼女自身、審判が近寄ってくることを静止する声を飛ばした事を考えると、今から繰り出すと思われるファーマメントの攻撃を止めることができない状態だった。

 そのヘキドナへとファーマメントは躊躇いなしと、火玉を発射する。

 一つ二つと出しては次々とヘキドナへと襲いかかる。

 火玉はバランスボール程の大きさ。

 その大きさも驚きだが、次々と発射される火玉の数の多さに、観戦者の中にいる魔術師は勿論、貴族席に座るエマンダ様ですら、嗜みを忘れたかのように座る席から身を上げていた。


「「「!?」」」


 ドカンッ! ドカンッ! 


 次々と地面に当たっては爆発が起きる。

 その度、ヘキドナの髪の毛が爆風に靡く。

 地面にぶつかった火玉の衝撃に、闘技場の外へと瓦礫が爆風と共に飛ばされる。


「な、何と言う威力! 次々とファーマメント選手が繰り出す魔法に、闘技場の地面が破壊され、さらには闘技場中が黒い煙に覆われていきます!」


「ヘキドナさん!!」

「いやー!」


「ファーマメント選手の凄まじい攻撃! 煙で倒れるヘキドナ選手の姿が全く見えません!」


 実況者の声が響く中、ヘキドナの安否を思い観客席からは悲鳴の声が飛ばされる。


「姉さん……」


「リーダー!」


 地面を焦がした匂いが煙と共に晴れていく。

 闘技場の地面は衝撃でボロボロ、残る火玉の火が少しだけ残り、それを見るだけでも観客には攻撃の激しさを思わせる。 

 

 ヘキドナは爆風で少しだけ位置が動いたのか、今は仰向け状態だった。それを見た実況者、ゆっくりと晴れゆく煙を見て、ロコンが声を出す。

 

「おおっと! ヘキドナ選手、あの爆発の中やはり無事では済まなかったのか、倒れたまま動きません! ああっと、審判が駆け寄る前にファーマメント選手がヘキドナ選手へと近づく!? 更に追撃を仕掛けるのか!?」


 先程の爆風から避難するためと、闘技場の外にいた審判がヘキドナの状態を確認するためと闘技場へと登る。

 その審判が駆け寄る前と、ファーマメントは倒れるヘキドナへと近づいて膝をおっていた。

 勿論追撃の不安がある観客席からは、マネ達の声が響き、それに便乗するかの如く声を出す周囲の女性陣の声。

 その声が聞こえたのか、一度観客席を見るファーマメント。だが、また視線は倒れたヘキドナへと向けられる。


「くっ……。や、やってくれるじゃないか……」


「……」


 爆風が自身に降りかかり、直ぐに目が開けれなかった彼女。膝をおり、自身を見下ろすファーマメントの顔を見ては驚愕に言葉を失った。


「……!? あ、あんた……何で……」


「……」


 ヘキドナが口を開くと、ファーマメントは自身の口元に指を立てては彼女に笑みを向ける。

 勿論その表情が見えるのは仰向けのまま倒れたヘキドナだけだった。


「……フッ」


「……」


 ファーマメントは周囲に聞こえない程の声でヘキドナへと語りかけ、彼女の体へと手を添えた。

 そこに駆け寄ってくる審判。


「ファーマメント選手、ヘキドナ選手から一度離れてください!」


 審判の少々焦りが混じった声を聞いて、スッと手を離し、少し距離を置くファーマメント。

 審判が近づき、ヘキドナの容態を調べようとした時、ヘキドナの口が開く。


「審判。私はこの試合、降参するよ」


「えっ? あっ、は、はい。解りました」


 仰向けのまま、審判へと降参宣言を告げるヘキドナ。

 それを戸惑いながらも了承した審判は両手を大きく振り、試合を止めた。


「こ、降参です! 今、選手から降参する言葉を聞いた合図と、審判が高らかに両手を大きく振っております!! 三回戦、勝者はファーマメント選手となりました! 互いに一手攻撃を仕掛けただけで、あっという間と決まってしまったこの試合。ですが、短時間で決まる試合の中には凄まじい攻撃が見られました!」


「鞭を扱うあの子の判断。試合を早々に切り上げたのは良かったのかもね」


 先程の戦いを見て、セルフィ様が感想を述べ始める。


「セルフィ様、そうおっしゃる理由は何でしょうか?」


「まずは彼女が持つ武器ね。私もあまりにも一瞬の出来事だったから見えなかったけど、たった一度攻撃を仕掛けただけで彼女の武器が壊されたでしょ? それだけでも戦い続けることは不可能でしょうし、それに相手は魔術士と言うのにかなり素早いわよ。何故彼女が突然膝をついたのかこれも解らないけど、この時点で既に決着がついてるわ。彼女が降参しなければ、恐らく場外にでも放り投げられて、カウント負けになってたでしょうね」


 セルフィ様は人差し指を立て、二人の戦いの結論をだした。


「な、なるほど。ですが、ヘキドナ選手が抵抗を見せて一矢報いる思いと、攻撃を続けてはやはり結果は違ったのでは?」


「いえ。ロコンちゃん、あのローブを被った選手と鞭を扱うあの子とはかなりの力の差があるわ。証拠に、彼相当手加減してたわよ」


「手加減!? あの魔法の攻撃が手加減とおっしゃいましたか!?」


「もう、よく見なさい闘技場を」


 驚くロコンに、困った子を見るような顔になるセルフィ様。彼女はロコンの肩を引き、顔を近づかせ視線を合わせる。


「わわっ!? セ、セルフィ様!? え、えーっと。闘技場をですか……。えー……。私には激しい攻撃を受けて瓦礫が散乱する闘技場しか見えませんが……」


「ほら、しっかりとあの子が倒れてた場所周辺を見なさい」


 まだ解らないと、セルフィ様が見る場所を示すように指をさせば、ロコンはやっと気づいたように声を出した。


「ヘキドナ選手の倒れてた周辺……。あっ! あああっ!」


「解った? それが彼が手を抜いてたって説よ」


「はい! 皆様、ヘキドナ選手が倒れていた場所周辺をご覧ください。瓦礫など確かに散乱はしておりますが、ヘキドナ選手の倒れていた場所一帯には、ファーマメント選手が出した火玉、これの着弾した場所が見受けられません!」


 魔石画面に映し出される闘技場の画面。

 それを見ては観客席からも驚きと納得の声が漏れでる。


「そう、あの大きな火玉。あの魔法を倒れた状態に防ぐこともしなかったらと考えれば、あの地面もろとも、あの子が瓦礫の様に吹き飛んでるわよ。流石に飛んできた瓦礫が当たって痛い思いはしたでしょうけどね。魔法の直撃を当てていないと言うことは、元々力の差を見せるための攻撃だったんじゃないかしら? 私はそう思うわ」


「なるほど。ヘキドナ選手もそれをご自身でも理解して、早々と降参を告げられたのでしょうか。おや? ヘキドナ選手、係員が持ってきた担架で運ばれることもなく、自身の足で闘技場を降りていきます。ご自身で歩けると言う事は先程の戦い、やはりそれ程ダメージは無かったようです。観客席の皆様からも安堵の声が聞こえてきます」


 係員がヘキドナへと担架で運ぶことを促していたが、ヘキドナは先程とは違い、スッと立ち上がるとスタスタと闘技場を後に去っていってしまった。

 そんな姉の姿を見た三人はどッと安堵の疲れが出たのか、三人は汗がダラダラと、何故か戦っていたヘキドナよりも疲労していた。


「よ、良かった……。姉さんのあの様子なら大丈夫そうだっての」


「ほ、本当だシ。アネさんに賭けた賭け金は損しちゃったけど、アネさんが取り敢えず無事で良かったシ」


「本当よ。あ~、もうっ! 何なのよあのローブ野郎は! もし街なかで見かけたらただじゃ置かないんだからね!」


 姉が早々と負けてしまったことに悔しがるエクレア。

 彼女の言葉にマネとシューの二人が顔を見合わせた後に、呆れた感じと口を開く。


「やめとけよエクレア。あの姉さんが早々と手を引いた相手だっての。アタイらが仕返しとか仕掛けても返り討ちになるかもしれないよ」


「そうだシ。それにエクレア、あのファーマメントって奴に感謝はすれど、試合の事で怨むのはお門違いだシ」


「何よシュー。リーダーが負けちゃったのよ! あんた、悔しくないの!?」


 シューの対戦相手を庇うような言葉に、エクレアはきつく言葉を飛ばす。


「うっ、悔しいに決まってるシ! でも実況者が言ったとおり、あいつ、アネさんには大きなダメージになる攻撃は与えてないシ」


「シューの言うとおりだっての。エクレア、少し落ち着きなっての。あのファーマメントって奴の行動に、姉さんがかすり傷程度で試合を終わらせたことに、どう考えてもあんたの逆恨みは変だっての」


「ぐっ……」


「まあ、下手な事してアネさんの怒りを喰らわないことだシ。やるなら、勝手にエクレア一人でやるし。ウチらはちゃんと止めたシ」


「解ったわよ! 解りました! 何よ、ちょっと試合の熱に当てられた言葉じゃない! フンッ」


「それより次の試合に注目だシ!」


 周囲からザワザワと声が聞こえてきたので闘技場へ視線を戻す面々。

 特に獣人族の観客の声が増えては騒がしくなってきたと思っていると、そこには闘技場に登ろうとしているバーバリの姿があった。

 その場に立つだけでも異様な雰囲気を感じさせ、獣人族の頂点に立つ者と言われる程に、バーバリからは迫力が伝わってくる。

 バーバリの姿を見た同族の獣人の人々は応援の声を出し、バーバリへと賭けられた彼の賭け札を握りしめた者も同じく声を出す。

 彼が闘技場の中央に立ち、腕を上げるだけでも観客は更にヒートアップ。

 雄叫びにも似た声が、あちらこちらから聞こえてくる。


「バーバリさん! 素晴らしい戦いを見せてください!」


「あんたが王者だ! 王座は強いあんたが座る場所だ!」


「そーだそーだ!」


「「「バーバリ! バーバリ! バーバリ!」」」


「うぉーー!!」


 割れんばかりのバーバリコール。

 それに応える様にとバーバリは高らかな咆哮を上げる。それをきっかけと更に武道大会会場は大盛り上がり。

 バーバリの名を呼ぶ声が聞こえる度に、ビリビリと空気を振動させる感じが肌に伝わってくる。

 マネはそんな空気に少し気圧されたのか、自身の二の腕をさすりながら顔をしかめた。


「うっ……。流石にあれが相手じゃ、ミツにはちょっと厳しすぎないかね」


 ボソリと出てしまった言葉。

 それに直ぐに反応したプルンは、ガバッと立ち上がってはマネを一瞥した後に、闘技場へと視線を戻しては口を開く。


「そんなこと無いニャ!」


「「!?」」


 プルンの言葉に、周囲の視線が集まる。

 プルンは皆を一周した後、闘技場へと進むミツを見て自身も応援と声を出し始めた。


「ミツは今まで無理と思える戦いを切り抜けてきたニャ! ほら、周りに負けないように、皆でミツを応援するニャ!」


 プルンの言葉に仲間を含め、周囲の者は思い思いとミツの戦いぶりを思い出す。


「そうよ……。そうよね! 黙って観てるだけなんてできないわ!」


「ミツさん頑張ってー!」


「ミツ、男の根性見せてやれ!」


「ミツ君応援してるわよ~」


 懸命に応援の声を出すプルンを見て、彼女の隣に座るリッコが声を出す。それに続くアイシャの声とリックとリッケの声。そして、少し色気を感じさせる大人びた女性の声。


「……」


 その声を聞いて、リッコが嫌そうな顔のままにその人物に視線を向ける。


「あらあら、そんな顔してどうしたの?」


「何で貴女がここに居いるのよ!」


「何でって……。彼の応援よ?」


「解ってるわよ! 私が言ってるのは何で私達の近くに居るのかって事よ!」


 リッコが声のする方へと後ろを振り返ると、そこにはローゼ、ミーシャ、トト、ミミの四人が座っていた。


「あら、座る席は自由よ。たまたまプルンちゃんの姿が見えたから近くに来ただけ」


「たまたまって……」


 パチンッとウインクを飛ばすミーシャを見て、険しい表情となり警戒するリッコ。

 プルンも四人に軽く挨拶を済ませては、不機嫌そうなリッコをなだめる為と声をかける。


「ニャ~。リッコ、ミーシャもミツを応援してるだけニャ。そんな事言わなくても」


「プルン!? あんたは良いの!?」


「ニャ? 何がニャ?」


 なぜリッコの機嫌が悪いのか解らない顔のプルン。

 そんなプルンの顔を見ては理由をここで話すのも躊躇い、ぐぐっと口を閉じるリッコだった。 


「あらあら、私達がいると困るのかしら~?」


「うっ、ぐっ、むむむっ………。ミツ! さっさと試合終わらせなさいよね!」


 そんなリッコの声が聞こえたのか、闘技場へと上がるミツの視線がこちらに向いていた。


(今日も皆来てくれたんだ。あれ? プルン達が座る席の後ろにいる人達って、ローゼさん達だよね? まあ、自分もプルンも面識あるから変でもないか。それよりも、凄い声援だな……)


「皆様、私の声が聞こえますでしょうか! 実況者の私の声がかき消えそうな程のバーバリ選手への声援! この場に選手として、一人の戦士が観客の割れんばかりの声援に今応えるようにと、大きく腕を上げております! そして続いて入場してきましたこの選手、また一人、獣人国の戦士へと挑む者! その剣、いえ、彼の場合は包丁でしょうか!? それを向ける人物。白いコックコートを身に纏い、黒い前掛けを固く結び、今、闘技場に上がる少年のミツ選手! バーバリ選手の戦いも素晴らしい物ですが、見た目と違い、彼もまた素晴らしい戦いを初戦にて披露いたしました! 今、ゆっくりと闘技場の中央に歩みを勧めます」


「どうもです。よろしくお願いします」


 口を開くと同時に、バーバリへと頭を軽く下げては挨拶をする。

 そんな自分を見て、バーバリがフンッと鼻を鳴らす。


「小僧、我との戦いに恐怖に押し潰されることもなく、棄権もせずによくこの舞台に上がったこと、まずは褒めてやろう。聞くところによると昨日の試合、随分と派手にやったそうではないか」


「そちらも随分と力を出されたみたいですね」


「ふんっ! 知っておったか……。だが、勘違いするな。たかが鬼娘にみせた力はほんのひと握り! 貴様に披露するかは別として、我の力が昨日披露した物が本気と思うまいて」


 バーバリの言葉に眉尻が少しだけピクリと動くミツ。

 知人であるライムを邪険に見下す言葉は、少しだけ彼に苛立ちを思わせてしまった。


「……それはこちらも同じですよ」


「はんっ! 自身も戦士と言うのならば、いつまで偽りの格好をしておる。相手の油断を誘うつもりでのその格好であろうが、予選で我の一撃を避けた貴様の動きを見れば我に対してそれは愚策である!」


「そうですか……。別に策と言う意味でこれを着ていたわけではないんですけど……」


「貴様も覚悟を決めてこの場に立ったのであろう。今更命乞いは受けんぞ。まあ、貴様のその小さな身体でやれる事も知れたことであろうがなっ!」


「はぁ……。バーバリさん。では、そんな自分から一つよろしいでしょうか……」


「ぬっ?」


「本気で行きますから……」


 会場中は既に熱に当てられた思いと歓声が響く。

 だが、その周囲の熱を冷たく、スッと冷まさせる目の前の人族の子供の瞳。目の前の少年の戦いを自身で見た訳でわないが、エメアップリアからの連絡で油断するなとの言付けが届く程の相手。

 対戦相手を目の前にしても敗北などの言葉は浮かばなかったが、自身に向けられた瞳は冗談などではなく、一瞬だけ、バーバリは自身に僅かなばかり、心に違和感を感じさせた。

 自国の姫の言葉は油断するなという言葉だけの意味ではなく、本気でやらなければ足元を救われると言う意味なのだとバーバリの本能が悟らせた。

 そして、少年が立ち位置へと戻り、背を向け歩き出した後に観戦席に座る自身のライバルであるゼクスに視線を送れば、相変わらずニコニコと食えない笑みを浮かべる奴の顔が癇に障る思いになった。

 あいつがあの顔をする時は何か企み、隠している時の顔。

 それだけでもバーバリの警戒をグッと高めるには十分であった。


「……。……ふっ、ふふふっ、はーっははははは……。笑止! 貴様の戯れ言はつまらん。ならばこの試合、貴様を見せしめとし、獣人国の力を改めて各国に知らしめてくれよう!」


 勝利宣言をバーバリがすれば、観戦席に座る人々は更に声援の声を上げる。



「……」


(まったく。ライムさん相手には本気になったくせに……。でっ、ユイシス、戦いの作戦は?)


 バーバリの言葉に腹に据えかねる思いの自分。

 バーバリとライムの戦いは森羅の鏡を使用し、昨日の二人の戦いぶりを既に確認済みである。


《……。ではミツ、試合開始と同時に、相手を殴り飛ばしてください》


(ほほ……。それはそれは、素晴らしい出だしですねユイシスさんや)


《はい。その後、自身の能力上昇系を使用し、相手の攻撃に備え、相手の攻撃を受けて下さい》


(むっ……。それはカウンターとか無しで?)


《はい、スキル〈硬質化〉を使用して身を守りを固めれば、ミツにダメージは通りません。それでも周囲には攻撃を受けたように動いてください》


(解った……。殴ればいいんだね……。右ストレートでぶっ飛ばす、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす……)


「両選手戦闘開始の為、立ち位置へと戻り、今、審判の開始の声を待ちます!」


「やっちまえバーバリさん! 場違いな料理人なんざ斬っちまえ!」


「勝者はお前だバーバリ!」


「「「バーバリ! バーバリ! バーバリ!」」」


「それでは、始めっ!」


 割れんばかりの歓声の中、審判の開始の声がかけられる。

 それと同時に動く。

 自分はその声に合わせて〈電光石火〉を発動。

 一歩、二歩と駆け出した時には、既にバーバリの目の前に立つことになった。


「!?」


(真っ直ぐ行って……ぶっ飛ばす!)


 開始前と、バーバリは既に右手は鞘に収まる剣に手を伸ばしていた。

 試合が始まれば自身のスキルの一つ〈咆哮〉を使用しては相手の戦意を喪失させて、ミツに無様に敗北宣言をさせる考えであった。

 だが、その策を実行する前と、先手は相手に取られてしまった。


 自身の目の前に一瞬にして現れた対戦相手のミツ。

 そして、今にも自身を殴ろうとするその拳が見えたときには、視界は反転し、場外の地面と観戦席が視界に入る。

 声も出せぬまま、抵抗をする間もなく、対戦相手の数倍もある自身の身体が、その辺にある石を投げたと思わせる程に軽々と飛ばされる。


「ぐはっ!」


「えっ?」


「なっ!?」


 バキッ、っと凄まじい音を鳴らし、バーバリを殴り飛ばせば、地面の衝撃とバーバリからは苦痛の声が漏れでる。

 開始直後の出来事に、一瞬何が起きたのかと観戦席に座るバーバリを応援する人々の声が止まった。

 勿論それは実況者のロコンも、口を開けたまま一瞬実況を忘れるほどに。

 そして、バーバリが地面に吹き飛ばされた際に巻き起こった砂煙が晴れ、ロコンがバーバリの姿を見た瞬間、ハッと我に帰っては実況を再開する。


「じょ、場外です! バーバリ選手! 試合開始と同時に場外に吹き飛ばされ倒れた!!」


「う、嘘だろ! バーバリさん!」


 実況者の声にハッと動き出す面々。

 審判も場外まで吹き飛ばされ倒れたバーバリへと直ぐに駆け寄り、場外のカウントを始める。


「バーバリ選手、場外! カウントを取ります! アインス……! ツヴァイ……! ドライ……!」


「バーバリ!」


 場外に吹き飛ばされ倒れたバーバリを見て、エメアップリアは身を上げては声を出す。


「フィーア……! フュンフ……!」


「うおおお!!」


「ゼクッ!?」


「我に敗北の二文字はない!」


「おおっ! 雄叫びと共に身を起こしたバーバリ選手! カウントを止め、闘技場へと戻ります!」


 大きな咆哮を上げながら身を起こしたバーバリ。

 カウントを続ける審判を睨み、そのカウントを止めさせると、直ぐに闘技場へと戻る。

 その動きに戸惑や躊躇いなどは見られず、闘技場に戻る。中央に立つミツに目標をつけ、彼も同じく拳を作り、小さな標的へとその拳を振り下ろした。


「くたばれ、小僧!」


「くっ!」


 バーバリの動きは獣人族の特徴であるスピードだけではなく、大きな拳には威力と、バーバリの身体に匹敵する重さがあった。


 自分はユイシスの言われたとおりと、バーバリを吹き飛ばした後、直ぐに自身へと能力上昇系スキルを使用しては攻撃に備えを万全としていた。

 それでもこの小さな身体に踏ん張りを入れてもバーバリの攻撃を抑えることはできず、自分の身体も軽々と場外まで吹き飛ぶ結果となった。


「ああっと!! ミツ選手! 彼もまた、バーバリ選手の拳一撃で場外まで吹き飛んだ! 今、審判が急いでかけよります!」


「「うおお!!」」


「流石バーバリだぜ! さっきのはわざと受けたんだぜきっと!」 


「な、なるほどな! 最初の一撃目をくれてやったのか! 流石男だぜ! バーバリ! バーバリ!」


 混乱するなか、自身の応援するバーバリが直ぐに反撃を仕掛け、対戦相手を場外まで吹き飛ばしたことに、無理やり喜ぶバーバリの応援者達。

 だが、冷静に試合を見ていたものは未だ驚きに心揺れ動いていた。

 初手のミツの攻撃。

 ミツが駆け出す姿を目で追うことができたのはひと握り、だが、そのままバーバリを殴る姿を目で追うことができたのは誰もいなかった。

 獣人族の反射神経はとても優れており、動体視力だけでも人やエルフ、また魔族の数倍以上である。

 これだけでもバーバリへ初手の攻撃を与えた事も驚きだが、バーバリを知る者は、彼が試合でそんな甘い事を許す性格ではないと知っているので、彼らは更に驚きであった。


 ミツがバーバリの攻撃を受け、派手に場外まで吹き飛ばされ倒れた姿を見ては、仲間達も一瞬声を殺す思いと息を止めてしまった。

 だが、直ぐに身を起こしたミツを見てはホッとため息を漏らす。


「ペっ! ペっ! うへっ、口に砂が入った」


「ミツ選手、大丈夫でしょうか!? バーバリ選手とは違い、派手に回転しながら地面に落ちたようにも見えましたが!? 今審判が駆け寄りカウントを取り始め、いや!? それを止め、闘技場へと戻りました! 軽い足取り、全くダメージは無いようです!」


「小僧、やはり戻ってきたか」


「……」


「フンッ! 不意をつくのも貴様の小技か。先手はくれてやった、これからは我の攻撃が貴様に敗北を刻むのみ!」


「なんと! バーバリ選手剣を抜き、構えを取った! こっ、これは勝負を早々に決めるのか!?」


「我に一撃入れた貴様を弱者だとは思わん! ならば、我の道に立ちはだかる貴様は早々と我の目の前から消し去るのみ!」


 バーバリの持つ剣の剣先がミツに向けられる。


(あーあ。折角貰ったコックコートに土が)


 鉄がこすり合わす音を鳴らし、鞘から剣を抜くバーバリ。何やら口上を述べているのだろうが、今のミツの意識は着ているコックコートに行っていた。

 パタパタと着ている服の土を払うミツ、彼のその行動が、バーバリの強者としての誇りに泥を塗る思いとなった。


「き、貴様!」


 怒濤の如く斬りかかるバーバリ。

 視線をバーバリへと戻し、自分はユイシスから受けた指示通りとカウンターの攻撃を仕掛ける。


「セイッ!」


「ぐっ!」


 怒りに振り下ろされた剣はとても単純。

 攻撃を避け、バーバリの懐に潜り〈正拳突き〉を打ち込む。その攻撃はまだ挨拶を交わす程度に軽いが、バーバリのプライドを叩くには丁度よい攻撃であった。


「軽いわ!」


「でしょうね。わっと!」


「ミツ選手! 攻撃を避けつつ、バーバリ選手へと得意の拳の攻撃を与えるも、バーバリ選手には効いていないようです! 変わってバーバリ選手の攻撃を避けるのに精一杯の様に、右へ左と避け続けております!」


「いいぞバーバリ! 餓鬼の攻撃なんぞ、お前の鍛えられた体に効くもんか!」


「餓鬼も逃げ続けるだけだぜ! さっさとやっちまえ!」


 声援の声に応えるわけではないが、バーバリの攻撃に段々とスピードが乗ってくる。

 左右の攻撃に加え、付き、払い、振り下ろし。

 様々な攻撃がミツへと襲いかかる。

 だが、その攻撃が当たらない。

 バーバリ自身、ミツ程の小さな身体に自身の振り続ける剣が当たれば大きなダメージになるのは理解している。だが、全く当たるイメージが沸かないのだ。

 自身の攻撃が先読みされている様な違和感。

 そんな状態でも自身でもなぜここまで当たらないのか不思議と思いつつも、その手を止めることはしなかった。


《次、払いの後に付きが来ます。直ぐにしゃがんで。軽くジャンプ。空きができます、軽く攻撃を》


(はい、はい、はいっと!)


 頭の中に流れるユイシスの説明。

 たまに聞きそびれるも、その後直ぐに立て直す説明を入れてくれるユイシスは本当に万能なサポーターだと思う。


《相手が呼吸を入れます、その瞬間腹部に攻撃を。後に下がって相手にデメリットスキルを使用して下さい》


(はい!)


「くっ! すっ! ぐはっ!!」


 自分は〈力溜め〉を使用しては攻撃のタイミングを待っていた。バーバリが呼吸を整えようと息を吸い込んだ瞬間、腹部に〈双拳打〉を発動。

 ダダッと音を響かせ、バーバリの膝が少し崩れる。

 それを見た後、バッと後方に〈バックステップ〉を使用してバーバリと距離を取る。

 そして、バーバリへと向かってデメリットスキル〈ブレイクアーマー〉〈速度減少〉を発動する。

 バーバリの周囲に突然赤い光の盾が目に見えて現れたと思いきや、それがパリンと音を鳴らし崩れ落ちる。

 何かと思い、グッと崩れる膝を戻した瞬間、バーバリは自身の違和感に気づくことになった。

 自身でも解るほどに身体が重い。

 まるで鉄球が付いた足枷をつけられたような思いだった。


 少しづつだが、攻撃をし続けているバーバリが何故か不利に見えてくる観戦者。

 それに反して貴族席に座るエマンダ様は、ニコニコと戦闘を見ては驚きと興奮に口を開いていた。


「あらあら。旦那様、あれはブレイクアーマーと言って対象の物理防御力を下げるスキルですわ。ミツさんは攻撃だけではなくあの様なスキルまで使えるんですね。あっ、あれは凄いです! 旦那様、ご覧になってください」


「ああ、見てる、見てるから少し落ち着きなさい。エマンダ」


「お母様、周囲の貴族様の視線もございます、少々落ち着いてくださいまし」


「何をおっしゃいますか二人とも! このような戦い見逃しては損しか残りません! ああ、見ましたかロキア、パメラ。あの魔法は発動に時間がかかります! ですが彼は発動の時間が無いように思えるほどに素早く発動してます!」


「お兄ちゃん凄い!」


 ミツを素直に凄いと褒めるロキア君の後ろに立つエマンダ様。彼女はロキア君の肩に手を乗せては口を開く。


「そうですロキア。あなたの師は弓だけでは無いのですよ!」


「はあ……。あなた、ミア。今はミツさんを応援しましょう。この状態となったエマンダを止めることは私でも不可能です」


「う、うむ……」


「お母様、せめて席から立つことは止めてください……」


 ミツの戦いに人一倍興奮しては戦いぶりを説明するエマンダ様。ダニエル様もパメラ様も今の彼女を止めることは不可能と悟ったのか、周囲の貴族に申し訳ないと頭を下げるのが精一杯だった。


 バーバリが立ち上がり、また攻撃を仕掛けると思いきや、次は自分のターンとばかりに攻撃を仕掛ける。

 自分は手にナックルであるドルクスアを着けてはヒットアンドアウェイ。

 バーバリの腕、足、二の腕、背中、等々〈回り込み〉スキルを発動し、バーバリの剣が振り下ろされる前と攻撃を仕掛け続けていた。

 

「ぐぬぬ!」


 攻撃を続けていくと、バーバリからは唸り声が聞こえてくる。


「早い早い! ミツ選手、いつの間にか攻撃を避ける側から仕掛ける側に変わって、バーバリ選手へと連続の攻撃を仕掛け続けております! 手数も手数、バーバリ選手の体のあちらこちらが青くアザとなり、ダメージを与えているのが目に見えます!」


「おのれ小僧! 遊びはここまでだ!」


 バーバリが咆哮を上げた瞬間、ビリビリと肌を走る思いと自分の足が止まる。

 ユイシスの指示に従い、直ぐに〈コーティングベール〉を発動し、バーバリと距離を取る。

 バーバリの身体がフルフルと小刻みに震えるのを見た瞬間、更に一歩分距離を取ってしまった。


(来るか!)


「貴様には我の技を見せるのに相応しいと判断し、この技、貴様のその小さき身体に刻み込んでくれよう!」


(一言余計だよ……)


「ライオンズハート!」


 バーバリが高らかに技の名前を告げた瞬間、バーバリの目が赤く光、鬣の毛に赤いメッシュが入る。

 それに加えバーバリの持つ剣にも赤い光が浮き出し、迫力を増す。バーバリの闘気が観客席の人々にも伝わったのか、応援の声はスッと止まり、ゴクリと息を呑む。


「出ました! バーバリ選手の決めてとなる技であるライオンズハート! この技の前に鬼族であるライム選手もなすがままと闘技場の地面に倒れてしまいました! このままではミツ選手も同じく、バーバリ選手の技の餌食となってしまうのか!?」


 バーバリの構えた剣に、周囲の者は昨日のライムの姿を思い出しては、ミツも同じ状態になると思いゴクリと更に息を呑む。


「小僧! 貴様もまたこの場に倒れる一人となるがよい!」


「……お断りします。……はあああ!」


 気合を入れ直すためと、その場で拳を作り、少しだけ腰を落とす。

 何処かの戦闘民族ではないがその方が雰囲気も出るものである。


(バルバラ様、スキル、使わせていただきます!)


 自分の言葉にムッと顔をしかめるバーバリ。 

 だが、その顔も怒りから驚き、そのまま困惑に変わっていく。



「なっ、何だと……」


 それはバーバリだけではなく、自分を応援する仲間達も唖然と言葉を失ってしまった。

 実況者のロコンも言葉を続けることができず、唖然として自分の変わっていく姿に口を開いたままである。

 

 ユイシスの言われた通りと、自身の使えるスキルを順に使用していた。

 能力上昇系スキルの〈攻撃力上昇〉や〈防御力上昇〉他にもバルバラ様から貰っていた〈剛腕〉や〈ブーストファイト〉もだ。

 だが、その中の一つ〈ブーストファイト〉を使用した瞬間、自分の中のアドレナリンが爆発した思いと、頭が熱く、熱くなっていく思いだった。

 その熱に耐えながらも、最後までスキルを発動し終わればスッと熱が引いた思いと身が軽くなる。

 しかし、あまりもの熱に、無意識に〈キュアクリア〉をしていたのかと思い、頭に手を乗せたとき自分の手に違和感を感じた。

 いつもの髪の毛の肌触りとは違い、サラサラとまるでコンディショナーをした後のような髪の触り心地。

 んっ、と思い、咄嗟に〈時間停止〉を使用しては森羅の鏡を出しては自分の姿を確認する。


「なっ!?」


 そこに映った姿は白髪の少年。

 顔は変わっていないが黒い髪は色を落としたかのように真っ白になっていた。

 以前洞窟で〈ブーストファイト〉を使用した時には無かった現象に思わず声を出す。


「なっ、なんじゃこりゃー!!!」


 自分でも驚くほどの声が出た。

 

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