第18話

 ふたりが向かった先は、半次郎から歩いて5分とかからない雑居ビルの5階にある『トトロ』という古くからやっているスナックだった。

ママとケイコという若い女の子のふたりだけの小ぢんまりとした店である。

 ここのママは、小太りで店の名前どおり和服を着たトトロと言った感じなのだが、当然のこと薹が立っているのは否めない。髪は茶色に染めた巻き髪でなぜかいつも頬紅を強調した化粧をしている。一見すると中国のお祭りに使うカブリ面のようだ。

 別に店の造りに変わったところがあるわけではないのだが、ドアを開けてママの顔を見た瞬間になぜかほっとするということがあって、多くの客がママの笑顔を求めて顔を見せる。それがあっていつも客の耐えることがない。

 真田は、商売気を見せないママの性格が気に入ってオープン当初からかよっているので、かれこれ15年来の客と言ったところだろうか。

 ドアを開けて顔を覗かせると、8席ほどのカウンターがほとんど埋まっていた。人気がある店なことは客が重々承知しているので、少しずつ譲り合って鉤形になったカウンターの折れた部分にふたりの席を拵えてくれた。

「あら、おふたり揃ってお珍しい」

 ママは水割りの用意をしながら嬉しそうな顔で言う。

「久しぶりにママの顔が見たくなってね」

 真田はそう言いながら店の選択を誤ったのを後悔した。歌が歌いたくて顔を覗かせたのだが、こんな満席の状態ではなかなか番が回って来そうにない。

「どう、仕事のほう? 順調に行ってる?」ママは水割りを拵えながら訊ねる。

「全然だよ。ママ1台買ってくれないかなァ」

 冗談交じりに真田は言う。

「私はだめよ。ちょっと待って、名刺ある?」

 ママは、相撲取りが気合を入れる時に見せるように着物の帯を軽く2回ぽんぽんと叩いた。機嫌のいい時にするいつもの癖だ。

「あるけど」真田は怪訝な顔で答える。

「さっき向こうのお客さんが車の話をしてたから、ひょっとしたらひょっとするかもしれないわよ」

 ママは真田から名刺を受け取ると、客の前にそっと置いて、何やらこちらを見ながら話をしている。薄暗くてはっきりと顔が見えなかったが、真田はその客と目が合った瞬間、席を立とうとした。しかしすぐに、気分よく飲んでいるところに仕事の話しを持ち出したんでは逆効果だと思い、軽く頭を下げて挨拶を送るだけに留めた。

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