神造兵器

シャルルは全速力で走る。

可愛い弟の全力の輝きを見て、それを託せる誰かの元へと。


「はぁ、はぁ、はぁ……あなたに、お願いがあるの」


シャルルは男の前に立ち、息を切らしながら話す。


「何の用だ?目当ての人物がすでにいなくなっていたという事実を知ってあまり行動する気にもなれない私に、何の用だ?」


ため息を吐きながら戦場を傍観する一人の……男?


「あの巨大な城を破壊してほしいの」

「それは無理だ、諦めろ。あれは人の手で破壊できるものでは無い」

「でも私は誰かに託さないと。私では、壊せないから」


涙を流しそうになる少女に、顔を曇らせる。


そんな顔、しないでくれ。


「君は一体なぜそこまで必死になる。もし正義感によるものだなんて言うのなら、君は生き方を間違えている」

「……正義の為なら、誰かに頼ったりなんてしない。私の弟が、己が全てを出し切ってあの城にひびを入れた。私では壊せないから、壊せる誰かに託すしかないの」


涙を拭い見上げてくる少女。

その眼は希望に輝いていた。


「なら、やはり私を頼るのは間違えている」

「そんなはずない、だってあなたは神の力を持つ」

「あぁ、私は天照の力を持つ。だが、天照の力に攻撃性は無いんだ。私では、圧倒的に破壊力に掛ける」

「そんな……それじゃあどうすれば」

「だから、会いに行こう。あれを破壊できるような者に。ほら」


微笑んで少女の手を取ると、ふわりと宙を舞った。




「イザヤ、何故あの少年を殺した」


背後から話しかける老人に、さほど驚いた様子もなくイザヤは答える。


「敵だったから、そして、彼には覚悟があったから」

「あぁ、あの少年には覚悟があった。だが」

「彼には約束があった。お前との再戦という約束が」


知っていたとも、聞こえていたとも。

俺の耳なら、聞き取れる距離だった。

だがなぁ


「約束、誇り、夢、そんなものがあっては、守りたいものは守れない」

「そのくらい、わかっている‼」


イザヤの言葉に、老人は声を荒げる。


「だが、それらを棄てた時、人は己すら見失う。俺はそう思う」


イザヤは老人に微笑んだ。


「だから、俺はお前になら、殺されても文句は言えねぇ」


腕を広げ、胸を、弱点を晒す。


「……ならば、ここで死ね」


懐から取り出したナイフを、イザヤへと投げた。

イザヤは目を瞑り、避けることも防ぐこともしようとしない。

だが突然、眼を見開いた。


「まったく、君に死なれては困るんだ」


ナイフを指先に立たせ、微笑む者がいた。


「久しぶりだなおじいさん。私のこと、覚えているか?」

「………生きていたのか⁉」

「あぁ、私としても予想外なことに、君が自分自身の異能を知らなかったが故に、偶然にも生きていたようだ。ただまぁ、私から連続性を、記憶を奪ったのだ、数百年越しの仕返し、きっちり受けてもらおうか」


少女を降ろすと、耳元で囁く。


「彼に頼みたまえ。アーサーの名を出せばきっと動いてくれる」

「えぇ、わかったわ……それじゃあ、あなたも頑張って」


イザヤの方へと駆けて行く少女を見送る。


なんというか、調子を狂わせてくる子だな。


「さて、もちろん私と戦ってくれるだろう?」


老人は刀を構えることを答えとした。


「この空気感、一ノ瀬家の人間と対峙しているときに似ている」

「そうか……」


消えたと錯覚した。

突然現れたと錯覚した。

だが、その動きに対応し、刀を止めた。


「以前は一介の浮浪者としてだったが、此度は違う」


刀を弾き笑う。

太陽の如き快い笑顔。


「私は今、卑弥呼としてここにいる。現人神として、天照大神が化身としてここにいる以上、私は負けられない」




「イザヤさん、あなたにお願いが」

「あれの破壊だろ?安心しろ、託されたのなら壊すさ」


そう言ってイザヤは一振りの刀を取り出す。

鞘の無い白き刀。


「下がってろ、巻き込まれれば死ぬぞ」


上段での突きの構え。

斜めに、上段からさらに上を、天高くそびえる巨大な城のその中心を穿つために。

その時だった、空から一筋の光が落ちる。

光は途中で屈折し遠くの地面へ落ちた。

巨大な爆発が起こり、その地点にきのこ雲が出来上がる。


「やぁ、シャルル君。護衛くらいならば任せたまえ。探偵ではあるが、このくらいならば務まる」


霧が姿を変えて、ホームズへと変わる。

その隣には不安げなワトソンもいた。


「ジャック」


ホームズが名を呼ぶと、遠くから飛来する瓦礫を、一人の男が砕き切った。


「初めからお前たちに戦闘力は期待してない。物理的なのは任せろ」

「あぁ、よろしく頼むよ」


辺りを霧が包み込む。

日の光はここまで届かない。


「イザヤ君。霧で視界が悪いが、狙えるかね?」

「見えずとも、捉えている」

「ならば問題はない。私たちが君の邪魔はさせない。だから、失敗などしてくれるなよ」

「……失敗など、するものか」


イザヤは腰を落とし、より深く、沈んでいく。

辺りを衝撃と瓦礫が覆う中、イザヤは刀を握り直した。

そして勢いよく突き出した。

霧が晴れる。

一条の白き光は、巨大な城を飲み込んだ。

光が消えていくと、そこにあったはずの城は跡形もなく消えていた。


「あ……これは少し、やり過ぎたな」


イザヤが見つめる先には、欠けた月があった。


あぁ確かに、月もそうだが、少しばかり範囲が広すぎるのでは。


斜め上への突きでありながら、その広い攻撃範囲により、地面が抉れていた。


「あぁ、これは少しやり過ぎだな」

「さすがに許してくれ。俺はあの方たちと違って、何万キロもの距離を認識できるほど規格外じゃない。にしても、随分とボロボロだな」


視線の先にいるホームズは、傷だらけとなっていた。


「いやはや、君もまた規格外だとは思っていたが、規格外というのは予測の立てようがない。少しばかり距離を見誤った」


微笑むホームズに、イザヤは耳を澄ませる。


「お前の鼓動は、嘘だと言っているぞ」

「……まったく、嘘は吐けないか。いやなに、最後だからね、別に傷を負っても構わないと思ったまでのこと。こうして傷つく事よりも、規格外がどれほど規格外であるかを知ることの方が重要だからね」


焦げた葉巻を咥え、顔をしかめる。


「不味いな」


ホームズはそのまま霧散した。




「シャルル、無事かい?」

「えぇ、けれど」

「僕のことは気にしないでくれ。ホームズから説明は受けていた、こうなることも分かっていた。だから君が心配する必要は無いよ」


血だらけになり動かない右腕の代わりに左手でシャルルの頭を撫でる。


「ジャック、あとのことは頼めるかい?ジャック・ザ・リッパーを知っているからこそ君のことを信頼していないが、キャロルの護衛になら、任せてもいいと思える」

「構わないが…………いいや、何でもない」


一瞬シャルルの方を見るが、すぐに顔を伏せた。


「それじゃあシャルル、またいつか、今度はアルトリウスも一緒に」


そう言うとワトソンは黒い霧となった。

「何も言わないでくれて、ありがとうございました」

「いや、お礼を言われるようなことじゃない。他人の別れに口出しする権利なんかないんだから」

「それでも、です」


黒く染まり消えていく両腕。


「ジャック・ザ・リッパー、さん?ありがとうございました。それと、ワトソンおじさんと仲良くしてくださいね」


シャルルはニコッと笑った。


「それは無理だろう。彼と俺では、あまりに相性が悪い」


そう呟くと、その場を後にする。




「おっと、そろそろ時間か」


城が破壊されたのを確認する。


「悪いな、あれが破壊されたとなればそろそろ終わりだ。私はまだこの先予定がある。君に構っているだけの時間はもう無いんだ。まぁ、元々の目的である仕返しは、刀での戦いにおいて君を後手に回らせたという点で出来たと言ってもいいだろう。なのでさよならだ、一条兼良」


イザヤの一撃による衝撃を、刀で斬り続ける老人に背を向け、卑弥呼は平然と歩いて行った。

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