狐vsイザヤ

ただ聖剣を持つ二人の戦いを眺めているだけのつもりだった。

ただエイミーが大怪我を負わないようにと護衛するつもりだった。

だというのに、その瞬間死を感じた。

その場を飛び退き、冷汗を浮かべながら、傷のない首に触れる。


「あれぇ、おじさん自然に溶け込むの下手だったかなぁ。鼓動の操作なんて初めてしたが、なかなか上手く出来てる気がしたんだが、気付かれちまったや」


白い狐のお面。

お祭りで見るようなそんなお面を付けた男は、表情が見えずとも楽しげに笑っていることが窺える声で喋っていた。


「……いや、完璧だったさ。俺が死を此処まで敏感に感じられていなければ、殺されていたくらいにはな」

「だが殺せなかった」

「あぁ、殺せなかった。暗殺者であるお前に、もう出来ることはない」

「……そいつぁどうかねぇ」


男はただ歩き始めた。

歩いているだけだというのに、攻撃することができなくなる。


どうなってる。

警戒できないまでならいい、なぜ剣が握れず、魔術も使えない?


イザヤは男を睨んだ。

男は不規則に身体を揺らせる。

見えない何かを避けるように、舞うがごとく身体を動かす。

男は腕を広げ、そこで動きを止めた。


……………………。


「斬らないのかい?斬れたはずだろう?」


男の言葉に、イザヤは咄嗟に眼を押さえる。


何故止めた?

いやそうじゃない。


「何故気付いた」

「おじさん、かなり強いんだよ」


その言葉は、イザヤに死を感じさせるほどのものだった。


この感覚を、俺は知っている。

あぁ、これは紛れもない。


「お前はシナーの弟子だな?」

「……あぁ。そして、あんたが殺した少年の師匠だ」


少年?

この男の弟子を俺は殺したのか?

……あぁ、彼か。

確かに、覚悟ある少年を一人殺した。

そうか、彼の師匠か、彼の言った……暗殺者か。


「彼の師匠か。ならば俺も、全霊でお相手しよう」


剣を構えたイザヤに、男は笑う。


「そいつぁ無理だと思うぜぇ。だってあんた、おじさんを殺せないだろう?」


反論することが出来なかった。

鈍った剣技、止まる攻撃。

イザヤは確かに殺せるはずの場面を逃し続けていた。


嫌な感じだ、これは戦いだ、殺し合いだ。

だというのに、この男を前にすると、一瞬にして日常へと変貌する。

戦う意思も覚悟もある、だというのに、その全てが捻じ曲げられる。


「あんたは一般人を殺せない」


あぁそうだ、俺には殺せない。

あの日の少年は覚悟を決めていた。

俺が今まで殺してきたのは、死ぬ覚悟のあった者。

この男は、覚悟とは無縁の日常を生きている。

俺にそう感じさせた。

だから嫌なんだ、規格外の系譜と戦うのは。


イザヤは魔術を発動……できない。

陣を展開せども発動できず、詠唱を開始するも発動できず。

剣を握る手は震え、もはや振り上げることもできず垂れさがる。

男はただ真っ直ぐにイザヤに向かって歩く。

そして動かないイザヤの首元に、ナイフを触れさせる。

その時街が暗くなった。

二人の意識が空へと向けられる。

巨大な城を前に、男はため息を吐く。


「おじさんねぇ、あんたを殺さないことにしたよ。もし、あんたが一般人をも殺すようなクズだったならば、俺はこの手を止めなかった。だが、あんたは優しいから、別に構わないさ。ただ、可愛い弟子の言葉だ、俺という死に、存分に怯えたまえ」


面から覗く瞳に、己の死を幻視た。


「さぁ行った行った。あれをさっさと斬りに行け」


男はイザヤに背を向けると、遠くに見える巨大な城を指差した。

己の死を、非日常を目にしたイザヤは、男を殺すこともできた。

だがそれをせず、何も言わずに羽を羽ばたかせ空へと消えて行った。


「はぁ、俺にもっと力があれば」


男は一人ため息を吐き、重い足取りで帰っていく。

戦場を、誰に気付かれることもなく。

そして誰に気付かれることもなく、男はどこかへ消えて行った。

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