第23話 興味と葛藤Ⅰ

 あさひとのデートの日。何をしたらいいか全くわからないみやびにとって、全てが手探りだった……

 引っ込み思案で、自分から率先して行動することのなかったみやびは、あやのから言われてデートすることになったが、みやび自身は心に芽生えた思いが何なのか、はっきりとはわかっていなかった。

 最初の出会いは、白百合荘の住人としてだった。男でありながら女の子のような容姿、あやのやいずみのようにて足が長いという訳ではなく、男らしいガッシリとした部分もなかった。

 デートとは言ったものの、その日は特にすることもなかったふたりは、いつものようにごく普通に、モールへと足を伸ばす。特に理由はない、デートと言っても一緒に買い物するときと同じ。

「ほんと、みやびといると落ち着く……」

「えっ?」

「だって、同い年というのもあるし、あやのさんみたいに気を遣う必要もないから」

「あぁ。確かにね、うちらはそうだね」

 あさひとみやびはいつもこんな感じで、気兼ねなく接する事ができることや、姉妹の中で唯一“呼び捨て”で呼んでいることがあった。

 こうして、ふたりでショッピングに来ていると、決まって姉妹に間違われる。それは、どちらも女の子として見られていることにある。あさひは、いくら男の子の格好をしても、ボーイッシュな女子として見られてしまうことが多かった。

「みやびは、何がいい?」

「何がって?」

「いや、せっかく来たんだからさ、何かアクセサリーとかさ」

「いいよ。私、そこまでアクセサリーないし……」

「えぇっ、似合いそうなのに……」

 アクセサリーに興味があるのもそう。あさひが“女の子”に見えてしまうところだった。女の子として、普通に興味を持つアクセサリーに対して、みやびは全く興味を持たなかった。

『なんで、男の子なのにアクセサリーに興味があるの?』

 完全に、あさひの付き添いという形になってしまっていたみやび。デートとは言われていたものの、その“デート”というものがいまいちつかめずにいた。そんなことを考えていたみやびは、近くにあったベンチへと座り外を眺めていると……

「みやび?」

「ん?なに?」

「ちょっ!」

 まったく油断していたこともあり、呼ばれて振り返ったタイミングで、あさひの手が伸びてきたことで、思わず身構えてしまうみやび。

「ほら、やっぱり……」

「えっ?」

 みやびが手で確認すると、ショートヘアのみやびの右の耳にイヤリングが付けられていた。どんなイヤリングなのかを確認するために鏡を探していると、そばにあった鏡をあさひが見つけ、みやびのそばへと持ってくる。そこには、ネコの形をしたイヤリングをした自分の姿があった。

「かわいい……」

「でしょ?似合うと思ったんだよなぁ~」

 みやびの中では時々、あさひなら自分の事をしっかりと見ていてくれるんじゃないかと思うことがある。オシャレに詳しいことはもちろんのこと、男の子なのにどこの女の子よりも女の子をしている。

 そんなことを感じることが多くなり、役員として行動するようになってからは、より興味をそそられていった。

『もっと知りたい……あさひの事……』

 単純な興味から始まったその想いは、白百合島で一度あふれ出したが、あやかなどの姉妹があらわれたことで自制心で抑えていた。しかし、今日は二人っきりということもあり、抑えなくてもいい。そう考えると、みやびは心の中がもやもやする。

 買い物が終わり、いつものように二人並んで歩いていると、どうしても互いの手が触れあいそうになる。そのたびに……

『これ、手を握ったらどうなるんだろう……』

 などと、無自覚でありながら恋人のような感覚が、みやびの中にうまれていく。そして、今日はモールで動物のイベントがあるらしく、ふたりの向かった先にはケージに入れられたネコが展示されていた。

「みやび、ねこ」

「えっ!あっ、ちょっと……」

 猫の入ったケージに駆け寄ったあさひとみやび。あれほど意識していた“手をつなぐ”行ためを、普通にできているあさひに驚くみやびだった。それと同時に、みやびの中には、妙な感情がこみあげていた。

『手。つないでる……』

 付き合っているわけではなくても“手をつなぐ”というその“行ため”そのものに意味はなくても、みやびにとっては特別なものだった。つながれた手をじっと見ていたみやびに、あさひは慌てて手を放す。

「あっ!ごめん。ずうずうしかったね…」

「えっ。あぁ。べ、別に。いいけど……」

 慌てて放された手を、しばらく眺めるみやび。その手にあさひは子猫を乗せた。この動物体験イベントは、子猫をスタッフ同伴で触ることができるようになっていた。

 ひょっこりと乗せられた子猫は、まじまじとみやびを見ると“みゃ~”とかわいらしい声をあげていた。ちょうど手のひらに収まるほどの大きさしかない子猫は、眠いのか手足をぎゅっと縮めたり伸ばしたりしていた。

「かわいい……」

「ね。かわいいでしょ。本当、癒やされる……」

 子猫を両手で包み込むように持っていたみやびは、両方の親指でおなかをぷにぷにすると、くすぐったいのか子猫もモジモジと動く。その姿が何ともかわいく、何度となくやってしまう……

「あ、あんまりやると……」

 店員の注意は少しだけ遅かった……。

 怒った子猫はみやびに向けて、器用に右手と左手でみやびをひっかいた。

「いたっ!」

「だ、大丈夫?」

 爪切りをされた子猫とはいえ、浅くみやびの頬に三本のひっかいた後を残した。すぐ消えるだろうが、店員は申し訳なさそうにしていた。

「す、すみません。大丈夫ですか?」

「は、はい。私が撫で過ぎただけなので……」

「大丈夫?みやび?あっ、ちょっと来て」

「お客様、失礼しました」

 あさひとみやびを申し訳なさそうに送り出す店員に声を聞きながら、あさひはみやびの手を引き、近くのベンチにみやびを座らせて、頬の様子を確認すると何やら考え事をすると……

「ここで待ってて……」

 それから、数分。頬の傷を触っているとひょっこりと現れたあさひが、何やらみやびの頭に付けていた。その頭の上には……

「ははっ、ははははは」

「ちょっ、なにを笑って……」

 あさひの持ってきたものは、猫耳のカチューシャでそれをみやびの頭の上に付けていた。そのことで、引っかかれた傷と合わせてみやびは、猫のように見えていた。

 鏡の前で確認したみやびは、自分の頭には黒の猫耳の付いたカチューシャが付けられていた。屈託なく笑うあさひの姿に、少し腹が立ったものの、その笑顔を見ている内に腹が立つとは違う感情が芽生えてくる……

 姉妹の後ろに隠れて目立つ行動は避けていたみやび。あさひが来たことで少しづつ一緒に行動することが増えたみやびにとって、あさひの存在が次第に大きくなっていっていた。

『この感じ……好き……』

 ふたりの声はそれまでの仲の良い“姉妹”ではなく、互いを知り合った“カップル”が笑いあっているように見えるようになっていた。それは、初々しいカップルの門出のようにも見えていた。

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