第9話 目撃とキス

 遅すぎる恋煩いはこじれる。白百合荘での今日の朝食は、そんな感じだった。

「いずみねぇ。しょうゆとって。う、うん。」

「はい。」

「ありがと。いずみねぇ。」

 そんなやり取りをしているあやのといずみは、それぞれ粛々と朝食をとる間も、それぞれの想いにふけっていた。

『この気持ちは何なの?あれからずっと気になってる……』

 あやのは、昨日の自分がしてしまったことを次の日になっても、忘れられずにいた。そして、それと同時にいずみも同じ様子だった。

『あやのもあさひさんが好きなのかしら……』

 互いの気持ちが堂々巡りしてしまっていた。そして、それを互いに聞こうとせず、確認をしないことでより、沼へと入りこんでいた。

 そんなさなか、しょうゆを取ろうとしたあさひの手といずみの手が触れてしまう。

「あっ。」

「あ、どうぞ。」

「あ、ありがとう。」

 ふたりの間に流れた微妙な空気は、あさひやみやびが見てもわかるほどだった。そんな均衡をじれったく思ったのか、みやびが一言。

「いずみねぇ何かあったんですか?」

「えっ!な、なにもない。よ?」

「それに、あやねぇも。」

「えっ!な、何を言ってるのかな?」

 そんな会話が登校中も続き、一緒に登校しているあさひはふたりの間に微妙な空気が流れ続けていた。それは、学園へと到着してからもそのままだった。そして、その微妙の空気は、お昼休みまで続いた。そして、お昼休み。いずみがあやのを屋上へ呼び出す形で、話をすることになった。

「あやの。ちょっといい?」

「えっ、いずみねぇ。うん。」

 屋上に移動する間も、廊下をふたりが歩くだけで生徒たちがの目が輝きを帯びる。学園のTOP3のふたりが一緒になていることで、より周囲からもより際立っていた。しかし、互いの気持ちの探り合いで、何とも言えない空気が二人の間に漂っていた。

 生徒たちもそれを感じてか、ふたりの姿を見ると噂をすることもなく、微妙な空気のため、触れないようにしていた。

 校舎の屋上についたふたりは、互いにどう切り出そうかが頭の中を巡っていたことで、ふたりの間には、沈黙が続いていた。

「じゅ、授業はどう?」

「ま、まぁ。それなりに……」

 肝心なあの話題を切りだろうとしようとはするものの、なかなか踏み切れないいずみ。それと同時に、呼び出されたことでおおよその察しが付いていたあやの。

『ぜ、絶対。あのことだろうなぁ……』

『何から、言えばいいの……。素直に聞いちゃう?』

 ふたりの間には、どう切り出していいのか互いに手探りの状態が続いていた。そうして、口を切って話し出したのはいずみのほうだった。

「あやの……あのキスって……」

「キ、キス!?」

 あの場ではキスをしていないあやの。それに合わせていずみから「キス」という言葉が出てきたことで、あやのはむせ返りそうになった。

「キ、キスって。誰と?」

「だれって、昨日してたじゃない。」

「してたって、あ、あれは……」

 確かに、あの時。あの場所で、あやのはあさひとキスを「しかけて」いた。それは「しかけて」いただけで、「していた」という訳ではなかった。

「どうなの?あやの。しちゃったんでしょ?」

「し、してない。してないよ。」

「ほんとに?、じゃぁ。あさひさんは好き?」

「えっ!そ、それは……」

 あやのにとってあさひの事が特別になり始めていることは確かで、好きか嫌いかで言われたら、確実に『好き』が8割を占めていた。

「好き。なんでしょ?あやのも……」

「うん。でも、いずみねぇの好きな人も……」

 あやのが相談を受けたあの言葉も、いずみがあさひのことを好きであることが容易にあやのにも伝わっていた。姉妹であるからこそ、好みが似通ってしまう恋愛はどうしても互いが互いを意識してしまう……

「ねぇ。あやの。あさひさんを好きでいていいのかな?」

「はぁ。なんで、そこで疑問になるのさ。いずみねぇはいつもそう。」

「えっ?」

「自分よりも、姉妹のために。あたしたちのために、犠牲にしてきてるの。知ってるよ。」

 年齢も近いいずみ・あやの・みやびの三姉妹は、両親がそばにいないことが多く、ほとんどが自分たちで家事などを行ってきていた。

 その中でもいずみは、長女ということもありほかの姉妹たちの見本となるために、人一倍頑張ってきていた。いつも、自分の欲しいものは二の次で、下の妹たちが欲しがったものを最優先にしていて、長女の鏡のような存在だった。

 そんないずみのおかげで、次女のあやのは悠々自適でのびのびな性格に、三女のみやびは、学生でありながら自分の趣味に取り組む自立した生活を行っている。

 恋愛に関してもいずみはそうだった。いずみは自分が告白されてもほとんどを断っていることや、妹がいるから恋愛は考えられないと、理由をつけては断ることを続けていた。

 そのことから、難攻不落の生徒会長ともいわれるようになってしまっていた。そして、それをほかの姉妹は、よくは想っていなかった。

「前からそう。いずみねぇは、私たちのために自分を犠牲にしすぎ。」

「そ、そんなこと……」

「ないって言いきれる?」

「それは……」

 あまりのいずみの気遣いに、それまで想っていたことを始めて伝えたあやのの目からは、涙が出ていた。そんなあやのは一つの答えを出すことにした。

「だから。ね。今回は、自分に正直になって。いずみねぇ」

「ほんとうに、いいのかな?」

「いいにきまってるじゃない。」

「わかった。ありがとう。あやの。」

 校舎に駆け足で戻っていったいずみを見送ったあやのは、堪えていた想いがどっと涙となってあふれ出す。自分から身を引く決心をしたあやのの、精いっぱいの行動だった。

「これで、これでよかったのよ。これでよかったのよね。」

 自分の想いに対して終止符を打った形のあやのは、心の奥底へと『想い』をしまい込む……そして、屋上へつながる階段の踊り場でも、同じように声を殺しながら泣いているいずみの姿があった。

『……ご。ごめん…あやの。あやののいうこと、聞けない……わたし。独り占め……できないよ……』

 互いに想い合ったいずみとあやの。互いの優しさがふたりの心を締め付け始める……

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