第3話 学園と姉妹Ⅰ
「あの、あやのさん?そんなにくっつかなくても……」
「えぇ~いいじゃん。減るもんじゃないし……」
早朝の添い寝事件から数分。大家のいずみが用意してくれていた朝食を揃ってリビングにある食卓で食べていたあさひは、過度なスキンシップのあやのの相変わらずのアプローチを受けていた。
「はい。あさひちゃ~ん。あ~ん」
「あの、自分で食べれるので……」
「えぇ~」
ことあるごとに絡んでくるあやの。それにはひとつの理由があった。学園の制服は支給されていたもの、学園の手違いによって男子用の制服ではなく、女子用の制服が届いていた。
それも、採寸したかのようにピッタリサイズの用意された制服。それも女子用の制服を仕方なくあさひは着用していた。
「ほんと、まさかね。学園の手違いで、女子用の制服だなんて……」
「はい。困りました。」
あさひの通うことになる白百合学園の制服は男女共にブレザーでインナーとパンツが変わっているだけである。
転入届の性別欄にはしっかりと男性の所にチェックが入っていたのだが、なぜか女子用の制服が届けられていた。
「それにしても、ほんとムダ毛ないよね。肌もすべすべしてるし……」
「あひゃっ!撫でないでください!」
「かわいい反応するじゃない。余計、かわいくなっちゃう。」
「こら。あやの。あなたもご飯食べて出発しなきゃでしょ!」
「はーい。」
「どこか行くんですか?」
「何を言ってるの?」
「へっ?」
いつの間にか着替えているいずみ・あやの・みやびの姿をよ~くみたあさひは、胸元のリボンは違うものの同じような格好をしていた。
「あたしたち姉妹は、同じ白百合学園の生徒だからね。」
昨日から、今朝に至るまで全くそんな素振りのひとつも見せていなかった三人姉妹は、一様に髪を整え制服もぴっしりと決めて、順序だてて寮を出発する。
あさひもそれに続いて、白百合学園へと向かって足を進める。それも女子の格好というおまけつきで。
「う~。スース―する。」
「う~ん。」
「あ!こら!あやの!」
「いいじゃない。出発前なんだし。抱きついても。」
「まったく。ほら。行きますよ。あさひさん。学園でまっていますから。ごゆっくり」
「は、はい。」
「それじゃぁね。」
「……また。」
姉妹の中で三女にあたるみやびは、相変わらずの無口で自分から率先して意思表示するというわけではなく、本当にあいさつ程度といった具合に極力、距離を置いている印象を受けるみやび。
「編入初日から、女子として登校するの?僕。」
女性ホルモンが多い家系が幸いしてか、女子の制服ということも相まって、本当に女の子にしか見えない状況になっていた。
それは、登校中も同じことで、学園に近づくにつれて学園の生徒が集合してくると、大きな声で騒がないもののうわさが立ち始めていた。
「あの子。だれ?」
「かなりかわいいよね?」
「うわっ!かわいい~。あんな子いたか?」
「転入生かな?うちのクラスにこないかなぁ~」
学園に近づくにしたがって、あさひの周りには、他の生徒が次第に集まってきて、あさひのうわさをし始める。
『うわ~。恥ずかしい。早く学園に行こう……』
学園に次第に近づくと、大きな洋式の建物が見えてきて、校門らしき場所へ向かって同じ制服の生徒が入っていく。
『あそこが白百合学園かな?早く行かないと……』
恥ずかしさのあまりに小走りになりかけているあさひは、なんとか学園の校門へとたどり着くことができた。
校門のところで一息ついている間も、登校してくる生徒からの視線の嵐は止まずに好奇な目で見られ続けていた。
『……そんなに見ないでくれ……』
そんなことを想っていると、校舎の方からひとりの女子生徒があさひへと声をかけた。
「あなた。あさひさん?」
「えっ。は、はい。」
「ちょっと、こっちに来てくれるかな?」
「はい。」
右も左もわからないあさひにとって、同じ制服の先輩らしき人の言われるがままについていくしかなかった。
案内に来た先輩であろう生徒の後ろをついて歩くあさひが校舎の中を歩く間も、ずっと周囲からの視線は浴び続け、『あのかわいい子は誰?』や『あんなこいた?』などの色々な声をかけられ続けて、ようやくたどり着いたのは、ある一室だった。
「生徒会室?」
「ここに入って、合わせたい人がいるから。」
「は、はぁ。」
おそるおそる生徒会室の扉を開けると、そこには見覚えのある顔があさひを出迎えた。
「あさひさん。大丈夫だった?」
「えっ?大家さん?」
「ううん、ここでは。生徒会長なのよ。」
いまいち内容をつかめずにいると、どうしてあさひの制服が女子用の制服になってしまったのかを説明してくれた。
「制服を発注する際にね。手違いがあったらしくて、写真で判断しちゃったらしいのよ。」
「えっ。どうして、そんなことに?」
「男子ということは、伝わっていたらしいんだけど、あの見た目だったでしょ?」
「えぇ。」
「書類作る段階で間違って『男性』って書いたもんだと思ったらしいのよ。」
「はぁ。」
「その結果として、女子の制服が届くことになっちゃったってわけ。」
「そうだったんですか……」
半ばあきれ気味なあさひだったが、事態は制服の間違いが小さく見えるほどにややこしい状況になっていた。
「それでね。生徒手帳渡すんだけど……。怒らないでね……」
そんな前置きされて渡された学生証には、あさひの顔写真と性別が書かれていたがそこにはしっかりと、femaleの6文字が並んでいた。
「あれ?男子なら、maleじゃ?」
そう。性別のところに余計な『fe』の文字が追加されていた。つまり、学園のあさひの書類が全て女子として登録されてしまっていたのである。
「えぇっ!どうするんですか?これ。」
「ほら、あさひちゃん。声変わりしてないみたいだし、たぶんいけるよ。」
「いずみさんまで、ちゃん付けで呼ばないでくださいよ。」
たしかに、あさひは通常なら男性として育っていくうえで重要なプロセスのひとつ、声変わりが全く起こっていなかった。
それどころか、のどぼとけも発達していないことから、ぱっと見は女の子そのものだった。
「どうしようもないんですか?今から変更するとか。」
「それがね、一度登録すると、一度抹消してからの再登録なのよ。」
「そうなると、一から始めることになるから、半年くらいかかっちゃうのよね。」
「半年後に、『実は男性でした、』なんて、できないでしょ。」
「はぁ~」
「だから、そのまま。学園内では女の子として生活してくれない?」
「その代わり、あさひの秘密は、私たち姉妹が全力でサポートするから。ね?」
「『ね?』じゃないですよ~」
あさひが生徒会長のいずみの話を聞いていると、いずみの横で話を聞いていた役員の説明する。
「あなたが男子であることは、生徒会役員の中でも、私のとなりの副委員長のあかねしか知らないから。」
「いいですか。ひと言忠告させてもらいます。」
いずみの横に立っていた副委員長のあかねは、いずみの横からあさひの隣に立つと、その整えられたスタイルの良さが目立ち、アイドルのような容姿をしていた。
きれいなブロンドとモデルのようなスタイルの持ち主で、あさひより身長が高くちょうどあたまが、あかねの胸元と同じ高さになるくらいの高身長であった。
「な、なんでしょうか。」
「…………」
「えっと……」
頬に手を伸ばしたあかねは、長い指先を使ってあさひの耳や頬の感じを確かめているようで、本当に男の子なのか信じられないような表情をしていた。
『本当に男の子?こんなに小顔で目が大きいのに……』
そんなことを考えながら、何気に触っているあかねだったが、机越しのいずみの手にはしっかりとスマホで捉えて、カシャカシャと音を立てながら連写する音が響いていた。
「会長。保存してどうするんですか。消してくださいね。」
「えぇ~」
「『えぇ~』じゃありません。生徒会長がそんなゆるい顔をしてて、いいと思ってるんですか?」
「でも~」
「『でも~』じゃありません。没収しますよ。」
「は~い。」
寮でのしっかりとした大家としてのいずみの姿はどこへやら、生徒会長としてのいずみは年相応の可愛らしい一面もあった。
あきれた表情をしながらも、あかねはあさひの頬から手を離し、あさひにくぎを刺すように注意した。
「不純異性交遊などの兆しが見られたら、即退学扱いですからね。」
「は、はい。」
「そんなことがないように、役員のひとりと一緒に行動をとってもらいます。」
「入ってきて。」
生徒会室の扉を開けて入ってきたのは、とても見慣れた顔であさひはおとなしいという印象しか持っていない人だった。
「えっ?みやびさん?」
「およびですか?」
「あっ。あさひさん。」
あさひの隣に並ぶ形になったみやびは、呼ばれたことに対して不思議な表情をしていた。
「みやびさん。あさひさんを専属でサポートしてあげて。」
「えっ!専属?どうして、私が、いずみねぇ。あっ!」
「いずみ生徒会長。」
いつもの寮での呼び方が想わず出てしまうあたりは、みやびの可愛らしい一面で驚いたときなどは、思わず普段の呼び名で呼んでしまうことが多々ある。
不服そうないずみを制するようにあかね副会長が助言をしはじめた。
「聞いてるわよ。みやびさん。男性と話すの。苦手なんでしょ?」
「そ、そうですが。それが何か。」
「隣にいるじゃない。男性。普段なら絶対近寄りもしないのに……」
みやびの大人しい理由にはこれがあり、学園長でもある三姉妹の父の教育の影響からか、男子=怖いものという印象が植え付けられてしまっていた。
それは、共学化した白百合学園でも同様で、男子の近くからなるべく離れて歩くという状態になってしまっていた。
生徒会長でもあるいずみは、あさひが入寮・転入したのをきっかけにいずみの異性に対する隔たりを取り払おうと考えたのだった。
「みやび。あさひちゃんを触れる?」
「えっ。そ、そんなの。かんた……ん」
隣り合わせに立ったみやびは、あさひの袖をつまんで見せる。みやびにとってそこ精一杯という表情をしていた。
そんな姿を見て、じれったくなったのかあかねがみやびの背中を軽く押した。すると、重心を崩される形になったみやびは、必然的にあさひの胸元に飛び込むことになった。
「あ、あの。だいじょう……」
「!!!!」
慌てて離れたみやびは、まっかになりあかねの方を向いて怒りの表情で睨んでいた。
「ごめんごめん。そして、いずみ。今の瞬間。撮ったでしょ」
「えっ?と、取ってない、よ?」
スマホを取り上げられたいずみは、ふたりが抱き合った姿が消されたことで、ガッカリしていた。
「あぁ~。わたしのコレクションがぁ~」
基本的に、いずみはいたずら好きという一面を知ったあさひであった。
とうのみやびは、何やら不思議な感情に襲われているらしく胸のあたりを抑えて何やら悶えている様子だった。
「あさひさん。みやびちゃんと同じクラスにしておいたから、仲良くやってね。」
「は、はぁ。わかりました。」
渋々といった具合で、返事をしたみやびは、くるっと背中を向けると入口にスタスタと歩き出した。
「はら。あさひちゃんも一緒に。」
「は、はい。」
あさひとみやびを見送るいずみとあかねは、ふたりの後ろ姿を見ながら物思いにふけっていた。
「これで、あの子がもうちょっと社交的になってくれるといいんだけど……」
「ですね。あのこ。成績だけはいいのですが、人付き合いが苦手なようで……」
「そうなのよね。家だと、基本的にあやのの後ろに隠れてるし……」
両親の教育の一環の影響で非社交的になってしまったみやびは、あさひと一緒に学園生活を送ることで、次第に社交性がみについてくれることを期待していた。
そんないずみの想いとは裏腹に、学園生活の中で社交的を通り越して、意味深なうわさがたちだすのは、少し先のはなしである。
いずみとあかねの杞憂をよそに、廊下に出たふたりは教室に向かって歩き始めていた。その最中。
「あれは、ふたりの前だったから……」
「は、はぁ。」
そういうと、みやびはあさひの袖口をつかみ、なんともばつの悪そうな表情をしたのち、ひと言。
「しょうがないから、案内してあげる……」
みやびが今発言できる精一杯のひと言で、ようやく紡いだ言葉は普段、物静かで不思議な雰囲気を漂わせているみやびの唯一見れた可愛らしい一面だった。
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