番外編 マーティン視点
誰にも明かさなかった私の秘密。ずっとずっと、誰にも話さなかった私の秘密がある。
アリーヤ様は私の幼馴染だ。まぁ、幼馴染と言っても想像するものでは無いけど。
アリーヤ様は最近、人が変わったように素敵な性格になったと言われる。前のアリーヤ様は本当に醜い性格をしていた、と。でも、小さい頃のアリーヤ様はそうでなかったんだ。あの頃を境に、アリーヤ様の性格は激変した。
◇◇◇◇◇
それは私が五歳の頃。私はアリーヤ様とお茶会をしていた。私は目の前に出されたお茶をそっと一口すする。そのお茶はとても美味しかった。まるでミントのようなスーッとした香りで、フルーティーな感じがする。それでいてキリッとした渋みもあり、とても爽やかだ。
「……アリーヤ様、これはなんというお茶ですか?」
「これはウバ紅茶ですわ。マーティン様はマーティン様は少し渋めのお茶が好きだとお聞きしたので、こちらを用意したのですわ」
そう、私の舌は五歳児とは思えぬほどに肥えているのだ。(と、よく父上と母上に言われる)アリーヤ様はそれを知っていたのかわざわざ私の為に用意してくれていたみたいだ。私はありがたくそれをすする。
「あら、マーティン様とアリーヤ様では無いですか。こんなところにいらしていたのですね」
そこにいたのはベルーティン公爵令嬢のハーレン様だった。ハーレン様は私達よりも七歳も歳上だった。そして、私の中では出来ればお近づきになりたくない人。何故なら、権力を笠に着て人を良いようにこき扱うから。
私は思わず出そうになる溜め息を無理矢理飲み込んで挨拶をする。
「ハーレン様、大変お久しぶりですね。相変わらずとても美しいです」
私はそれだけ言うと、さっさとハーレン様の手の甲に口づけを落とす。ここが貴族の面倒臭いところだ、なんて思っていても口が割けても絶対に言えないけど。
「えぇ、久しぶりね」
ハーレン様はそう言うとチラリとアリーヤ様の方を見る。いや、正確に言うと『ギロリ』だったが。
ハーレン様に睨まれたアリーヤ様はまるで、蛇に睨まれた蛙のように体がすくんで動けなくなっていた。いや、アリーヤ様はとても可愛いけど。その直後だった。
「キャアッ!」
アリーヤ様の悲鳴が聞こえたのは。なんだと思い、先程までの思考を無理矢理切り換え、アリーヤ様の方を見た。すると、アリーヤ様のスカートにお茶がかかっていた。
スカートの上から膝に触れているアリーヤ様。ティーカップを持ちながらアリーヤ様の方を見てニヤニヤしているハーレン様。状況から察するに、ハーレン様がアリーヤ様にお茶をかけたのだと思う。しかもあのお茶は熱々だ。アリーヤ様は火傷をしていないだろうか。
「あら、ごめん遊ばせ。わたくしとしたことが。このままでは火傷が悪化してしまいますね。今すぐ治して差し上げますわ」
ハーレン様はにこりと微笑んで言う。一体何をする気なのだろうか。アリーヤ様は今にも倒れそうなくらい顔色が真っ青だ。
『アクアローゼ』
ハーレン様が呪文らしきものを唱える。すると今度はアリーヤ様に大量な水がかかった。髪の毛から、顔、手を伝って水が滴り落ちる。周りはポタッポタッと水の音しか聞こえない。プルプルとアリーヤ様の肩が震えている。
「フフッ、早く乾くと良いですわね。それでは失礼致しますわ」
ハーレン様はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。謝りもせずに。
アリーヤ様にそっと視線を戻すと、アリーヤ様は急に顔を上げた。目にはいっぱいの涙を溜めてこう言った。
「もう、嫌だ……なんで私ばかりこんな目に合わないといけないのいけないの……? こうなるんだったら私が…………」
アリーヤ様はそう言うと行ってしまった。
それから数日後だった。アリーヤ様が『悪女』になったのは。
◇◇◇◇◇
あの時、私が庇っていれば少しは違っていたかもしれない。私はただ黙って見ていることしか出来なかった。本当にごめんなさい、アリーヤ様。
だから、もしアリーヤ様にフィアンセが出来なくて、結婚相手が見付からなかったら私が婿入り、或いは貰おうと思っていた。
私は四歳の春、初めてアリーヤ様に会ったときからアリーヤ様の事が好きだったから。
だから仮にアリーヤ様に求婚する者がいてもいなくてもずっと側にいて、最後には結婚したいと思っていた。だけど、取られてしまった。しかも敵わない相手に。
でも私はこれからもずっとアリーヤ様の側にいてアリーヤ様を守るよ。
さよなら私のヤフェーチェ(初恋の人)、そしてありがとう私のリフェーチェ(大切な人)。
――――――――――――――――――――
裏設定
『ヤフェーチェ』と『リフェーチェ』は乙ゲーの言語の一つ。皆必ず学園で習う。これは隣国(ハル達がケフェティの実を取りに行った場所)の言葉でジオ語と言う。因みに、隣国の名前はジアルア公国。
アリーヤ達の住んでいる国の名前はアルッシャ公国で言語はルッシエ語。
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