08 千客万来の『メイドォール』

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 何日か経つと少しずつではあるが、客の数が増えてきた。

 客の大半の意見としては、店名の『メイドォール』と相まって、従業員もメイド服姿しかいないし、どこからどう見てもメイド喫茶に見えてしまって入りづらかったとのことだった。

 老若男女様々な人たちが来た。杖をついて腰の曲がったじいさん、仲睦まじげな老夫婦、子どもを連れた主婦、結構ずうずうしいママさん軍団、奥さんに尻に敷かれてそうな旦那さんがいる家族連れ、下心丸出しの男子中高生、やたらと人生相談してくる女子中高生など。まるでドラマや映画のように物語でも始まりそうなほどである。

 そして、決まって券を持ってきた。『ドリンクまたはデザート一品無料券』というものである。郷子の忙しさが、ランチの時間にプラスした以上に増したのは言うまでもなく、


「あの野郎、ぶん殴ってやる」


 と、暇になった時間ができるたびに、厨房でフライパンをテニスのラケットに見立てて素振りをするほど怒っていた。その様子を昼前後に来るふたりのヘルプが、厨房のすみでなんとも言えない表情で眺めているのが最近の光景だった。

 北川と大山が店を訪れる。いつも座っていたボックス席が、今はおばちゃんたちの集団が占拠しており、萌の招きでカウンター席に収まった。


「なんといいましょうか。私たちが雑誌で紹介しなくても、お客さんが来店するようになりましたね」


 店の席は全席埋まろうとしていた。


「いいえ、北川さんたちが雑誌で紹介していただけるなら、更なる追い風となります」

「店長が言うには、一過性のお客さんが大半だろうから頼りにしてます、と」

「すごく感謝してたよ~。なんか伝えてくれって言われてたから言うけど、『僕のやる気に火をつけてありがとうございます!』だってさ」


 口々に感謝の言葉を聞き、満更でもない様子の北川は、顔の前で手を横に振った。


「そんなそんなとんでもございせん。わたくしどもは、普通に取材をしただけですよ。なあ、大山」

「そうっすね! 普通のことをしたまでです! そうそう、今日はみなさんに見本誌を持ってきたんすよ!!」


 大山が人数分の雑誌をカウンターに置く。各自お客さんの動向を観察しながら、指定のページを開いて記事を読んだ。


「だいぶ深いところまで掘り下げていただけたのですね」

「まだまだ載せたい部分があったんすけどね! これでも削ったほうなんすよ!!」

「こんな恥ずかしい写真まで……」


 優美がお盆から飲み終えたグラスを落とす瞬間の写真が掲載されていた。


「キリッとした人があたふたしてる様子は、いろんな意味でグッとくるものがありますからね!」

「おやおや~? 大山ちゃんはそういう変態的でドSな趣向を持ってるのかなー?」

「まあ……人間誰しも変態っすからね! ギャップ萌えで人類は発展したと断言してもいいっすから!!」

「持論がめっちゃめちゃ上司に影響されてるじゃーん。でもでも、一理あるかも~♡」

「……もう、わかったわよ。これで店が繁盛するなら我慢するわよ!」

「ありがとうございます! この一帯ではレベルが段違いっすからね! みなさんの魅力を知ってもらいたくて、だいぶ優遇させていただきました!!」

「ところで本日は、島さんはおられますか?」

「店長なら厨房に――」


 萌が厨房を指示したとき、勢いよく誰かが出てきた。


「いやあ、北川さんに大山さん、僕のやる気に火をつけていただき、本当に本当にありがとうございました!」


 白いコック着に緑のバンダナという身なりをした島が、両手でふたりの手を取ってガッチリ握りながら、屈託のない笑みを振り撒いた。

 北川の表情は最初こわばっていたが、まっすぐな瞳を持つ島のさわやかな青年振りに、自然と頬が緩んだ。


「わたくしどもは、これは素晴らしいと思ったものや事柄を記事にしただけです。言うなれば、普通のことを普通にしたまでです。素晴らしい素材、原石が可能性に繋がらなければ、当たり障りのないつまらない記事になっていたでしょう。わたくしもここ数年感じられなかった充実感と充足感を感じられ、久方振りに時間を忘れて没頭しても疲れない仕事ができて幸せでした。この雑誌が発売されて終わりではありません。今後とも良い関係のまま時折記事にさせていただけるならこちらとしても、多幸に満ち溢れた日々を今一度送りたいと思う次第でございます」

「いいんですか!? 嬉しいですね。こんなにレベルの高い文章力と構成力を兼ね備えた雑誌はそうそうないですから。こちらこそ今後ともよろしくお願いします!」

「店長! 何をいつまでも油売ってんだ! 早く戻ってこねーとフライパンで殴るぞ!」


 郷子の怒声に、島はしまったとばかりに厨房へ戻っていった。

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