Ⅱ-Ⅱ 黒川さんからの呼び出し ②
「いやいや、俺の家ってどゆこと?」
「そのままの意味だけど」
黒川さんは、「変なこと言ってる?」といった顔でこちらを見てくる。
十分に変なことをおっしゃられてますよ。
「リョータの家でネトゲして遊ぶの」
黒川さんはキラキラとした眼で語る。
「ネトゲ?」
「そう! リョータは知らないかもしれないけど、ブレイブスターオンラインっていうのがあって――」
「ブレスタのこと? それなら俺も知ってるけど」
俺はさも当然のごとく言う。
だってブレスタは俺が高校時代にはまっていたゲームのひとつだ。
当時同級生で今でも親友ともいえるやつがすすめてきてくれ、試しにとやってみるとこれがすごく面白かった。
生粋のゲーマーだった俺はすぐさまのめりこんじゃって、そいつ、あだ名を「レオぽん」って言うんだけど、そのレオぽんよりも強くなっちゃってさ。
ただ、ここ数年は忙しくて滅多にログインできていないからどうなってるかはずっと気になってたんだよな。
「ブレスタ知ってるの!?」
すると黒川さんは食いついた。
「ただ、最近仕事が忙しくてあんまやってないけどね」
「あー」
なるほどと言った顔でうんうんと黒川さんも頷く。
「私もそうなの。頑張っても家に帰って1時間くらいだから」
「ホント、ネトゲは社畜には向いてないゲームだよなー」
「そうだよね」
「なー」
しみじみと語る俺たち。
あー、甘いミカンが食べたい。
「いや違うって! 流されかけたけど違うから!」
はっ、と自我を取り戻す。危ない、危うくこののぺっとした喋り方と炬燵に洗脳されかけてた。
「何が違うの?」
はい、でました総務部お家芸。そうやって、不思議に思ったら可愛らしくこちらを見るのをやめてください。惚れてまうやろ。
「俺の家に来る必要ないでしょ」
「やっぱダメだよね……」
黒川さんはシュンとしてしまう。いや、そんな表情されたらさ。
「ダメ……じゃないけど。あー、もう分かった分かった」
根負け。俺って女性のこういった顔に弱すぎるのかな。碧依といい黒川さんといい柊木さん――は見たことなかったな。
「俺ん家でいいよ。つっても次の休みがいつになるかは分からないけどな」
「ありがとうリョータ」
黒川さんはそう言ってはにかんだ笑顔を見せてくれる。
ほんと女の子って卑怯、ほんとずりーわ。
そうやって笑って見せれば俺がなんでもホイホイ言うこと聞いてくれると思ってんだろ。
ふざけんな、聞いちゃうに決まってるでしょーが。
ああそうだよ。開錠当番も碧依に「お願い涼太君」って言われたら「いいんだよー」ってなったんだよ。悪いかこんちくしょう。
「じゃ、その話はまた後日詰めるとして」
さて、そろそろ据え置きにしていた問題といこうか。
「どうやって俺や碧依たち位置座標を知ったのか、詳しく教えてもらおうか」
すると、「うぐっ」と分かりやすく狼狽える黒川さん。
「わ、私そんなこと言った?」
ヒューヒューと音になっていない口笛を吹いて誤魔化す。
いや、それで誤魔化しているつもりなのか。
「言うも何もこれが証拠じゃい!」
そう言って、炬燵の上に放置されていた例の紙を指差す。
すかさず黒川さんはその紙を取ろうとするが、俺の方が速い!
黒川さんは紙を取り損ね、顎を強打していた。ゴンっていったぞ。うわ、いたそー。
「い、痛い」
ウルウルと涙目で顎を抑えている。ちょっと悪いことしたかな。
「ひどいよリョータ」
そしてそんな目で俺を悲しげに見つめる。くそっ、そんな子犬のような目で俺を見るな。
「ぐっ。黒川さん話を逸らすつもりならそうはいかない」
なんとか留まった。俺、頑張った。偉い。
すると、黒川さんはウルウルした目を乾かせ、俺に聞こえないように小さく、「ちっ」と舌打ちした。いや、キコエテルカラ。あ、これ在りし日の黒川さんみたいだな。
そして、はぁとため息をついて自分のうなじの辺りを指差した。
「ここ、触ってみて」
俺は彼女に言われて、うなじの辺りを触ってみる。
すると、ホントに小さいイボみたいなものが付いていた。カリカリとかさぶたを剥がす感覚でそれを取って見てみる。
それは銀色の小さな何かだった。なんじゃこれ。
「なにこれ」
「私が開発した超小型発信機。リョータに気付かれない間につけておいた」
「はぁ!?」
俺はそれを見てみる。これ、発信機なの? 言われるまでゴミにしか見えなかった。
というか、いつの間に。この子忍者の末裔か何かなの?
「五葉さん達にも同じものが付いてる」
「いや、さらっと言うけれども」
それって下手すりゃ犯罪じゃん。
「発信機の性能についてどうしても試してみたくて。どうか他の3人には内緒にして」
ごめんなさいと手を合わせる。内緒にしろっていったところでなあ。
「構わないけど、発信機だけは外しておけよ」
「それは無理」
「なんでだよ!」
思わず突っ込んでしまった。いや、だって今のは内緒にしとくから黙って回収しとく流れだろ。
「付けるのは簡単だけど、取るのは結構カリカリしないとだから。バレずになんて無理」
確かに。かさぶた剥がすみたいな感覚だったもんな。
「じゃあ素直に謝れば?」
至極正論を言う。いや、もうこれしかないだろ。
「嫌われるかも」
すると彼女は目線を落としてつぶやく。
あのメンツの性格を考えると、それはないと思うけどなー。
「ねぇ、リョータ」
そして彼女は上目遣いで俺を見る。
「お願いしたいことが……」
「お断りします」
「私まだ何も言ってないよ」
「どうせ俺に外してきてって言うつもりだったんだろ」
「うう……」
図星だったのか黒川さんは言葉に詰まる。
そこで流れる沈黙。黒川さんは怒られた幼稚園児のようにシュンとした顔で俯いている。
なんかこうなると俺が悪いことしてるような気になるんだよな。俺悪くないよね? ね?
とはいえ、こうしてても埒が明かないし、やれやれ。
「わーったよ。極力努力してみる。でも、ダメだったら二人で謝るんだからな」
そう言って、黒川さんの頭をポンポンと撫でた。
「リョータ! うん、ありがとう」
俺はそういえば今何時だと時計を見る。既に時刻は8時55分だった。
「やばっ、そろそろ始業だ。じゃあ俺はあっちに戻るからな」
「うん、また来てね」
そう言って俺は黒川さんに見送られながらサーバールームを後にしたのだった。
「リョータは本当に優しいね。まるであの人みたい……」
それは、既にその場を去った彼の耳には届かない。
彼女はそれを理解していながら、ただ自分でその言葉を噛みしめた。
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