Ⅰ-ⅩⅢ もう二度と ③
深呼吸して姿見に映った自分を確認する。
よしっ、服に皺は付いてない。
ニコリと笑ってなんかもしたりみる。
よしっ、可愛い。って自画自賛か。
今日は、待ちに待ったお盆休み。
涼太君と二人きりで旅行をする日だ。
ウキウキする心を抑えて、最後の身支度を終え、時間を確認する。
よし、今出たら到着はちょうど5分遅れだ。
これはお姉ちゃんの受け売りだけど、女の子はデートに遅刻していくものだそうだ。
というのも、あなたのために準備をしてたら遅くなっちゃったというアピールのためということが一つと、それを相手が許容できる器があるのかを確かめるためということらしい。所謂恋愛における駆け引きというやつだ。
別にそんなことをしなくても多分涼太君は私に対して怒ったりとかはしないと思うけど。
私はピッタリと5分遅れて到着する。
遠巻きに涼太君が見えたけれど、電車の時間にも余裕はあるし、少し隠れたところで観察することにした。
暇なのかスマホをずっといじっているようだ。
10分ほど見ていたけれど、特にそれ以上のこともないし、私はゆっくりとした足取りで涼太君のもとへ向かった。
「お待たせ」
少し申し訳なさそうに涼太君へ声をかける。
すると、涼太君はこちらへ顔を向けると笑顔で、
「んや、俺も今来たとこ」
と言ってくれた。
嘘じゃん。少なくとも10分以上前には来てたじゃん。でも、そういう優しいところが好きです。違いました、大好きです。
心の中で涼太君に感謝しつつ、涼太君へさりげなく私自身をアピールする。
遅れて来た分、精一杯おめかししてきたんだよーって。涼太君気付いてくれるかな?
「に、似合ってるなその服」
頬をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに涼太君はそう続けてくれた。
「そうかな。えへへー」
私が欲しかった言葉をさらっと言ってくれる。
その嬉しさで思わず頬がとろけそうになった。
「出発まで時間はあるけど、とりあえず行こうか」
「うん」
私は涼太君の横に並んで歩きだした。
数日前にひーちゃんとのあれこれがあってから少し気分が沈んでたけど、何だか私の独りよがりだったのかも。
だって、涼太君てばひどいよね。私よりもひーちゃんと先に連絡交換して。出会ったの私の方が先だっていうのに。
でも、もうそんなことはどうでもよかった。涼太君と共有できているこの時間を鬱屈とした気分で過ごすのはもったいない気がするし、今を一杯楽しもう。
そう気分を切り替えて、私は涼太君と一緒に駅へ向かった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
電車が到着し、私は涼太君が予約してくれていた席へ座る。
私が窓側で通路側が涼太君だ。なんだか守られているみたいで少し照れくさい。
発車してしばらくして、涼太君がこちらを見つめていることに気付いた。
「ん? どうしたの?」
気になって問いかけてみる。
「いや、別に」
すると涼太君はすっと顔を背けてしまった。本当にどうしたんだろう?
「変な涼太君」
思わず可笑しくなって笑ってしまう。
急によそよそしくなって、いつもの涼太君じゃないみたい。
「ねぇ、2人っきりって……、あの日以来だよね」
急にあの日を思い出して、そうつぶやいてしまう。
「あ、あぁ。そうだな」
何だか涼太君照れてない?
ま、まさか私が涼太君にくっついて寝てたのバレてた?
私はドキドキしながら次の言葉を待つけれど、涼太君は一向に何も言ってくれない。
……。
しばしの間沈黙が続く。
「アハハ、変だな私。涼太君とたくさんお話したいことあったはずなのに。今になって何話そうってなっちゃった」
耐え切れずに私はそう切り出した。
あー、もう。思い出しちゃって体が火照ってしょうがないよ。
ちらっと見ると、まだ涼太君は返答に困っている様子。しかたがない、奥の手を出そう。
「そうそう。こんなときのために持ってきといたんだ、これ」
私は旅行用の鞄から携帯用のゲーム機を取り出す。
私と涼太君をつなげてくれたツール、特に今入っているソフトは昔涼太君と何度も一緒にやったレーシングゲームの最新作だ。
「涼太君が昔好きだったシリーズの最新作。予約して買ってたんだけどやる暇がなかったんだよね」
一緒にはできないけれど、ゲームなら見てるだけでも楽しいよね。最悪涼太君がやってる姿を見てるだけでも私は幸せだから。
「ふむ。考えることは同じだな碧依さんよ」
すると涼太君もリュックから同じ携帯ゲーム機をとりだした。
「やったー。勝負できるねー」
あの頃と同じようにまた涼太君と遊ぶことができるなんて夢みたい。
私は年甲斐もなくはしゃいでしまう。それを涼太君が微笑ましいなって顔で見るから少し恥ずかしくなったけど。でも、今日くらい昔みたいに戻ってもいいよね?
私は涼太君と対戦して遊ぶ。状況は若干私の方が有利。私もこの十数年ただ漫然とゲームをしてた訳じゃないんだから。
横では涼太君が苦々しい顔をしている。どうやらこの勝負私の勝ち……。
「なあ。碧依ってやっぱ可愛いよな」
「えっ!?」
ドキッと胸が高鳴る。そのせいで、操作にミスが出てしまった。
「隙ありー。アイテム貰ってくぜ」
「ああっ!? 涼太君卑怯だよ!」
負けた。
なんかこれも昔と同じというか、涼太君っていつもそうなんだよね。
負けそうになると場外戦というか絡め手みたいなものを使ってきてさ。
「そういうとこ、ホント昔から変わらないね。でも――」
勝ち負けなんて私にはどうでもいい。ただ、涼太君と一緒に楽しくゲームできるだけでよかったのに。
幸せな気分を害されて、私は頭にきたので涼太君へ意地悪返しを私は試みた。
「ありがとう。勝つことよりも、その言葉の方が何倍も嬉しいよ」
碧依ってやっぱ可愛いよな。そう言ってもらえて確かに嬉しかったのは事実。
それに涼太君は人を傷つける嘘は言わない。嘘だって言えば私が傷つくのを知ってるから。だからこれは本心。
ということは、素直に喜べば途端に涼太君は自分の言葉に恥ずかしくなるはず。
涼太君をちらっと見ると、私の思惑通りわたわたしていた。
ふふん、いつまでも昔の私と思わないでよね。
「なーんて、ね。あ、涼太君照れてるー」
「えっ、は?」
「さっきのお返しだよ」
今度は私の勝ち誇った顔を見せつける。でも、涼太君あんまり悔しそうな顔してないんだよね。なんでだろう?
「はいはい、俺が悪かったよ。んじゃ、次は俺がステージ選択するな」
諦めたのか、涼太君はゲームを続けようと提案してきた。
それは構わないけれど一応釘だけは差しておこうかな。
「うん、いいよ。でも、次やったらもう口きいてあげないからね」
私はツンとして、言い放った。
「りょ、了解です」
涼太君は本当に悪かったという表情でそう返してくれた。分かればいいんだよ、分かれば。
そうして、私たちは電車に乗っている間、ずっとゲームをして遊んでいた。
あ、でも涼太君がまた変なことして口きかないってなるのは嫌だったから、少し手を抜いて相手をしていたのは私だけの秘密ということで。
大人な対応の私に感謝してよね、涼太君。
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