Ⅰ-Ⅵ サーバールームブラック ②
「それじゃあちゃっちゃと終わらせちゃうね」
黒川さんはそう告げると、手元のキーボードを操作する。
すると、俺の背後の大きなパソコンのモニターが、ブーンという大きな音を立てて点灯した。
俺は邪魔だと思い炬燵から出て、黒川さんの後ろに立ってモニターを見る。
なにやら、マウスやキーボードで色々操作をしているが、素人目には何をしているのかは分からなかった。
「終わったよ」
数分後、黒川さんは振り返りこちらを見た。
「すみません、助かりました。じゃあ俺はこれで」
俺は総務部の部屋へ帰るためにそそくさと回れ右して帰ろうとする。
が、しかし何者かに肩を掴まれ、思うように前に進めなかった。
「リョータ、よく見たらマサオに似てる」
「ははっ。やだなぁ黒川さんてば」
俺は何とか笑顔でその手を振り払おうとするが思いのほか力が強いなこの子。
早くこの異次元から脱出せねば。
「マサオっていうのはね――」
「いやー、そろそろ仕事に戻らないとなー」
「私が昔ね」
「早く戻らないと部長に怒られちゃうなー」
「あっ、そういえばまだリョータのこと聞いてな……」
「そうだ、碧依の仕事午前中に終わらせとかないと。忙しいなー」
「ねぇ、私といても楽しくない……?」
すると急に力が抜けたかと思うとそんなしおらしい声が背後から聞こえてくる。
振り向いてみると、黒川さんは明らかに落ち込んだ表情で下を向いていた。
「えっ、えっ?」
急にそんな反応をするもんだから思わずテンパる俺。
「だって、リョータはさっきから私の話全然聞いてくれない」
「いや、それは……。あはははは」
脳をフル回転させるも、良い言い訳が出てこず、とりあえず笑って誤魔化すことにした。
すると彼女は悲しそうな表情のまま、炬燵に戻ってしまう。
あれ? なんだか俺が悪者っぽくない?
「ごめんね。私なんかのために時間とらせて。サク……、パソコンは使えるようになってるはずだから、帰って確認してみて」
ズキッ――。
なんだか胸が痛む音がした。
俺はここに来てからの行動を振り返ってみる。
確かにこの子は電波的な発言をしていたのは事実だ。
だが俺はこの子の言葉を真に理解しようとしていたか?
何を不気味なことを言っているんだと断じて、それ以上を拒絶していたのではないのか。
悪者っぽくない? というか悪者じゃん俺。
今更かもしれないけれど、気付いたら俺は足を出口と反対方向へ向けていた。
「!?」
急に正面に座った俺に驚愕の表情を浮かべる黒川さん。
「サクラちゃんについて知りたい」
「えっ――?」
「俺が今から世話になる相棒なんだ。一番知っている人に聞いておきたい」
「でも」
「黒川さん」
彼女の言葉を切るように、俺は頭を下げながら言った。
「よろしくお願いします」
数秒の沈黙の後、俺はゆっくりと頭を上げた。
正直どんな返答をされるのか、恐る恐るだったと思う。
最悪拒絶されて終了なんてこともあり得た。
だけれど、顔を上げた時の彼女は……。
「うん。分かった」
この仄暗いサーバールームをパッと照らすような煌びやかな笑顔だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
結局その後小一時間ほど彼女との話は続いた。
「サクラちゃんはね、寂しがり屋なんだよ」
とか、相変わらず電波発言は続いたものの、嬉しそうに話す彼女を見ていると何だかこういうのもいいかなと思えてくる。
しかし、一番驚いたのは……、
「ありがとう。同い年の男の人と話できる機会なんてなかったから」
という一言だった。
うん。ため口で話しておいてなんだけど、やっぱそうなのね。
見た目は中学生でも俺と同い年だよね。なんとなくそうかなと思ってました。
とりあえず碧依と同期と言っていたから年数的には俺の方が先輩になるけれど、同い年だからまぁなんでもいいやって感じで。
と、あと黒木さんがお母さんお母さん言ってたのはどうもマザーコンピューターのことらしい。
なるほど、マザーだからお母さんねと納得した。
んで、ついでにサクラちゃんの由来も聞こうと思ったけれど、その話題を出したとたんに彼女の顔に影が落ちたので、瞬時に別の話題へ転換した。どこに地雷が埋まっているか分からないものだ。
ということで、話をしているといつの間にか時間が経っていたのだ。
「やばいな。そろそろ戻らせてもらうよ」
本気でやばそうになってきたので、俺はゆっくりと腰を持ち上げる。
「あっ、そうだよね」
彼女は寂しそうに手を伸ばしかけ、それを引っ込めた。
「黒木さんも総務部の部屋に来たらいいんじゃないの?」
そこで俺は今まで思っていた質問を投げかける。
「私はシステムの監視をずっとしていないといけないからここを離れられないの」
笑顔だったけれど、なぜか黒川さんの表情に切なさを感じた。
「だから――」
彼女はその次の言葉を紡ごうとして喉の奥に押し込めてしまった。
何を言いたいかは何となく分かった。
だからこそ、俺はその言葉を引き取ることにする。
「そうだ、俺って庶務担当だ。なら当然システム管理の仕事もしないとだよね」
だからと彼女の顔を見て笑顔で言ってやった。
「また来るよ」
なぜか彼女は顔を赤く染めて俯き、コクコクと頷くだけで何も言ってくれなかった。
うーん、今の言葉を待ってたような気がするんだけれど、もしかして違ったか?
まぁ、いいやと俺は手をヒラヒラ振りながらサーバールームを後にした。
「やぁ、遅かったね佐和君」
「どこでサボってたのかなぁ? 涼太君?」
負のオーラを纏いながら俺に詰め寄ってくる部長と碧依。
こうなると思ったから長居はしたくなかったんだよなー。
無駄とは分かっていても俺はとりあえずサーバールームであったことを話した。
「という訳で、黒川さんと親交を深めてたんですよ」
さて、どんな折檻が飛んでくるやらと思っていると、目の前にはポカンとした表情の部長と碧依。
おや? と思い後ろの2人も見てみるとこちらを見て唖然としていた。
「佐和君。話が通じたのか?」
「はぁ。最初は何言ってんだこいつと思ってましたけど、話をしてたら何となく言ってることは分かってきましたよ」
そう告げるとそうかそうかとなぜか部長は嬉しそうだった。
「あんた、凄いわね。送り出しといて何だけど正直無理だと思ってたわ」
「さすが涼太君。でも、あんまり仲良しし過ぎるのは駄目だよっ!」
メッと碧依は人差し指を立てて上目遣いでこちらを見てきた。
何故ゆえに仲良くなってはいけないのかと思ったけれど、そんなことよりも碧依が可愛い過ぎる件について小一時間語りたい。あと柊木さん、お前は許さない。
「あら~? 碧依ちゃんパソコンが何か煙を上げてるわよ~」
すると瀬戸さんが、碧依のパソコンを指さしながらおっとりとした口調でそう告げた。
「えっ、なんで!? えっと、『キコエテルカラ』って何? あっ、フリーズしたー! まだ保存してなかったのに~」
画面を見ながらあたふたしている碧依を横にして俺は、サクラちゃんこと自分のパソコンを起動させる。
すると、起動中の黒い画面になにやら文字がタイプされていった。
それをすべて見た瞬間に、碧依のパソコンがフリーズさせた犯人が分かってしまう。
そしてまだ横で慌てふためく碧依を尻目に、俺はため息を一つつくのだった。
庶務担当、本当に全うできるなかなぁ……と。
『コレカラモットナカヨクシテネ カナデ』
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