Ⅰ-Ⅴ 二日目の朝と柊木さん ①


 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピピピピピピピピ、カタンッ。


「夢……、か」


 何だか重い頭をゆっくりと持ち上げる。

 先ほどまで鳴り響いていた目覚まし時計を見ると、午前6時半を示していた。


「あ、おはよう涼太君」


 声のした方を見やると、そこにはお玉を持った碧依が立っていた。

 スーツ姿にエプロンをしており、恐らく料理をしてくれていたのだと分かる。

 そういえば昨日24時間営業のスーパーに寄って朝ご飯用の食材を買ったっけ。

 何だか悪い気がするので断ったけれど、碧依がどうしてもと言って聞かないので、仕方なくお願いした。

 まぁ、俺としては女の子の手料理が食べられるというだけでありがたい話だけど。


「おはよう」


 とりあえず挨拶を返す。

 社会人として挨拶をされて返さないのは失礼に当たるからな。


「もう少しで朝ご飯できるから、先に顔とか洗っちゃって」


「お――、おう」


 何だか夫婦っぽいなと思ってしまい、顔が熱くなる。

 いやいやと首をブンブン振り立ち上がった。

 碧依は一泊のお礼として色々してくれているに過ぎない。

 そんなことを考えるのはおこがましい話だし、ましてや俺は今朱音さんと碧依を重ねて見てしまっている。

 そんな彼女に対して邪な気持ちを抱くことは何だか申し訳なかった。

 俺はこのモヤモヤとした気持ちを払拭するため、洗面所へ向かい顔を洗う。

 ゴシゴシと顔の水気を取り、寝ぐせを簡単に治すとキッチンの方へと向かった。


「あ、丁度今できたところだよ。座って座って!」


 テーブルの上を見ると、みそ汁、だし巻き卵、パックの納豆が置かれていた。

 碧依はと言うと、チンするご飯を茶碗によそっている。朝からご飯炊くのも面倒くさいよな。


「ごめんね。簡単なものしかできなくて」


「いやいや、そんなことないよ。それじゃあいただきます」


 俺は椅子に腰かけ、手を合わせた。



 結論から言おう。めちゃくちゃ旨かった。

 特にだし巻き卵なんて時間のない中作ったにしては完璧な出来栄えだった。

 ただ、途中で俺の顔を見ながら「えへへ」と恥ずかしそうに笑ってきたときはキュン死しそうになった。

 いい加減碧依は自分の容姿が一般的な女の子よりも優れているということを自覚して欲しい。


「そう言えば、寝てるときに何かうなされてたけど変な夢でも見たの?」


 唐突に碧依が訪ねてくる。


「あー。そういえば昔の夢を見てた気がするかな。昨日碧依と昔話とかしたからかも」


「あっ、そうなんだ。じゃあ私もお邪魔してた?」


「そうだね。あっちー時代の碧依だったと思うよ」


「そっか、そっか」


 何やら嬉しそうに碧依がコクコクと頷く。けど、すぐハッとしてこちらをジト目で見てくる。


「でも、それならうなされてたのはどういう理由?」


 瞬間、般若のオーラが背後に見える。えっ、なんで怒ってるのこの人!?


「いや、それは朱音さんじゃないかな。夢でもさんざん絡まれたよ」


 そう告げると、オーラが瞬時に体に収束されていく。どうやら怒りは収まったらしい。


「お姉ちゃんか。はぁ、何となく納得しました」


 まぁ、昔から朱音さんにはお互い思うところは一杯あったよね。

 そう思いながら俺はみそ汁をくいと飲み干した。



「ごちそうさま。おいしかったよ」


「お粗末様です。口に合ったようで良かった」


 全て食べ終えたところで、碧依がちゃかちゃかとシンクへ食器を運んでくれる。


「片づけはしておくから、歯磨きと着替えを済ませちゃって。私はもう着替えてるから」


「あ、うん。何から何までありがとう」


 ホントよくできた子だなーと思いながら、俺は洗面所へ向かう。

 歯磨きをして、スーツに着替え、時計を確認する。

 時刻は午前7時半。家を出るには丁度いい時間だった。


「碧依、そろそろ行こうか」


「うん、ちょっと待ってね」


 彼女はそそくさと自分のバッグを取りに行き、戻ってくる。


「お待たせ」


 俺は彼女のその声を受けて、玄関のドアを開けた。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 一応、怪しまれるといけないので、俺たちは数分時間をずらして出勤することにした。

 先に碧依に出勤してもらって、俺は10分程度コンビニで時間を潰してから出勤する。


「おはようございます」


 挨拶をしながら総務部の部屋のドアを開けると、そこには柊木さんだけが既に出勤していた。当然ながら碧依もいるけど。

 時刻は午前8時20分。始業は午前9時からなので柊木さんの出勤が早いだけなのだろう。

 その当の本人はというと、机の上に突っ伏した状態だった。


「えっと、どったの?」


 とりあえず机の上に自分の鞄を置きながら柊木さんに尋ねた。

 が、返事がない。ただの屍のようだ。


「なんか、二日酔いらしいよ」


 後ろから碧依がフォローを入れてくれる。

 二日酔いって、一杯しか飲んでらっしゃらなかったですよね?


「うーん、頭痛いー」


 見た目小学生が二日酔いで頭を抱えている状況は何だか面白かった。

 いや、二日酔いがしんどいのは知ってるし、辛いのは分かるけど……。


「これに懲りたら人のもの間違えて飲むなってこったろ。ただ、柊木さんの意外な一面が見れたから俺は良かったけど」


 酔っぱらった柊木さんは正直ウザかったけど、終わってしまえば面白いものを見れたので良しとしよう。

 が、俺の言葉を聞いた瞬間、柊木さんがその重たげな頭をギギギとこちらに向けてきた。

 顔が真っ青で、ホラー的にその表情怖いからやめて欲しいんですけど。

 そしてゾンビのようにゆっくりと立ち上がり俺の方ににじり寄ってくる。


「えっ、えっ!?」


 柊さんはガシッと俺のネクタイを掴み自分の顔の前まで俺を引き寄せた。


「ちょっと、顔貸しなさい」


 俺の返事もないまま、ズルズルと総務部の部屋の外まで引きずられていく。


「碧依、助けてっ!」


「始業までには戻ってきてね。今日からお願いしたい仕事たくさんあるからっ」


 語尾にハートが付きそうな勢いで俺を見捨てるセリフの碧依。

 なんでっ! 俺、久しぶりに再会した幼馴染だよねっ!?

 抵抗していると、更にネクタイが柊木さんの手によって締め上げられる。無言で。

 柊木さん痛いっ! やめてっ!


 このままだと柊木さんを犯罪者にし兼ねないので、やむなく俺は柊さんに従って連行されることにした。

 どこに連れて行かれるんだろう。地獄じゃなければいいけど。

 あっ、天国も嫌です。

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