第288話 錯誤1

道案内は安全な道を知っていると言っていた看取草と八城を先頭に、最後尾を一華が歩き子供の安全を確保する。

朝早い無人の街道には眩しいぐらいの夏の日差しが降り注ぎ、アスファルトに照り返した熱気が街の温度を急激に上げていくが、看取草の言った通り道中に感染者の姿はなく今までの激戦が嘘だったかの様に順路となった。

ある人間はそれを退屈と吐き捨て。

ある人間はそれを平和と笑い。

ある人間はそれを不気味だと訝しむ。

だが昨日の感染者が嘘の様に看取草の案内する道に感染者は現れない。

周辺を警戒しながらも、順調に歩みを進め昼を過ぎる前には目的地である『朧中学校』に到着する事が出来た。

「どう?凄いでしょ?ここの人たちはいち早く、感染者の脅威に気付いてこんなに大きなバリケードを作ったんだよ」

「あぁ確かにこれは……本当に凄いな」

八城は目の前に施されたバリケードを見上げて感嘆を零した。

朧中学を中心に外縁を一周する、大きなバリケードが施されていた。

言うまでもなくバリケードは人為的に作られた物であり、厳重にも感染者の侵入を防ぐ為の防御柵が幾重にも張り巡らされている。

「これはここの住人がやったのか?」

「そう、皆で力を合わせて安全な場所を作ったんだよ」

信じられないのは感染者の侵入のバリケードではない。

むしろ、このバリケードをこれだけの規模で作る事を可能にした人と人との結束力の方が八城には信じられなかった。

驚きのあまりバリケードを見上げる八城を満足そうに見た看取草は急かすように朧中学の入り口へと八城たちを連れて行く。

バリケードの隙間、人一人がようやく通れる隙間を潜り抜けると、そこには知らない大人達が今か今かと八城たちを待ち構えており、その内の数名が一斉に子供達の方へと駆け寄って来た。

「クルミ……本当にクルミなの?」

「マキ!生きてたんだな!」

「シュンヤ!あぁ、ごめんな……もう会えないかと思って……」

「雛!雛アナタ……生きて……」

何が起こったのかは明らかだ。

昨日八城が救出した人間が先んじて朧中学へ行き、子供のリストアップを済ませ朧中学内で避難していた大人へリストアップした子供の名前を伝えていた。

そして今、その答えが明らかになったのだ。

十四名内、たったの四名……

それが、

朧中学で親子の再会を果たした人数だ。

泣き付き、親の腕に抱かれる彼らを責める事など出来ない。

切り抜けて来た環境は過酷で、それ故に肉親との再会は一押しの感動を齎すのだから……

だから、再会できなかった子供達との違いは決定的だ。

「本当に……うちの子を助けてくれて……本当に……何とお礼を言っていいか……」

「いえ、俺は何も……それにその子達を最初に守っていたのは俺じゃなくて一華……いえ、そこにいる女性ですから」

「あら〜私は子供なんて助けてないわよ〜たまたま、見つけた誰も居なくなった避難所で〜私がたまたま食料を探していたら〜その子達が勝手について来ただけだもの。その子達が自分たちの生きるために必要な物を調達したのは八城だし〜本当に助けが必要になった時助けたのも、此処に来る為の下準備も、全て八城がした事よ〜私はその子達の為に何一つとして行動を起こしていないわ〜」

親の前だというにも関わらず、一華は平然とそんな事を言い放ち、一瞬場の空気が凍り付いたが、感謝する先を見つけたとばかりに、ほぼ全ての人間が八城の方へ殺到してくる。

「皆さん落ち着いて下さい、彼も困ってますよ」

交わす間もなく矢継ぎ早に投げられる言葉に半ば諦めかけていると、穏やかな声が響いた。

人混みをかき分けて来たのは歳の頃は、四十代といった男性だ。

ガタイが良く、どこか堂々とした立ち振る舞いを感じさせる男性が八城へと歩み寄る。

「アナタが、報告にあった東雲八城さんと、野火止一華さんですね。私はこの避難所の代表を務める『今下』と申します。まずこの避難所の代表としてお礼を言いたい。物資調達の向かった彼ら並びに、この子供達を助けてくれた事感謝致します」

今下と名乗った男は仰々しくも頭を下げるが、八城としては利があるから助けたに過ぎない。

それに一華は否定するだろうが彼らを助けられたのも、そもそも『野火止一華』という最大の戦力が居たからこそだ。

八城一人では、あの数の暴力をどうする事も出来なかった。

「成り行きですから、あまり気にしないでください」

そう言った八城の言葉に、今下は一つ頷きを返し次いで隣の看取草へ視線を移した。

「お礼を言って早々にこんな事言うのも失礼かもしれませんが、あなた方にはこれから少し検査をして頂きたい……『玉串』さっそく彼らに案内を、それから看取草さんも。すまないがキミも彼らと一緒に隔離室について行って玉串と一緒に詳細の案内してくれるかい」

子供達との再会を喜んでいる親たちから、子供が引き離され八城たちと看取草は武装した集団に取り囲まれる。

そして『今下』と名乗る男の傍から二十代前半の眼鏡を掛けた玉串と思われる、堅い表情が印象的な女性が全員の前に歩みでた。

「今下から紹介された玉串と申します。皆様には到着早々物騒で申し訳ありませんが、これから皆さんには隔離施設に入ってもらう事になります。私どもとしてもあなた方が感染しているとは思っていませんが一応、避難所の規則上避難所から一歩でも外へ出た方は、再度避難所へ入る際に無条件で十二時間の拘束時間を義務としています、ご理解下さい」

「十二時間?それで噛まれていないって証明できるのですか?」

「はい、奴らに噛まれ十二時間以上経過して生き残っていた人は居ません。我々の避難所で確認できた感染は最短で一五分、最長でも十時間を超えませんでした。しかしアレらは目視では確認できない様な噛み傷からでも感染を可能にしますから、念には念を入れなければならないのです」

念には念を……そうだ。彼女の言う通り、そうしなければ簡単に人は死ぬ。

一見すればなんの変哲もない、噛み傷もなかった老夫婦は突如として感染者になったのだ。

八城は前の避難所でつくづく思い知らされて来た。

「……そうですね。分かりました、部屋に案内して下さい」

八城の答えに玉串は一つ神妙に頷き、後ろに控える数名の男たちに指示を出す。

厚い鉄扉と奥に続く広い空間には何も無い。

お世辞にも綺麗とは言えない隅に埃が溜まっている正方形の建物は、『中学校』と言う性質上、元々体育倉庫として使われていた場所なのだろう。

「この何も無い部屋で十二時間ですか?」

「はい、私も扉の外で待機させて頂き、有事の際には私が対処させて頂きます。昼食は十二時、夕食は十七時に室内灯と共に持って来ますので」

堅い表情に武装した玉串の姿、そして何より八城や一華が腰に下げている刀という武装が取り上げられない訳をここでようやく理解する。

内部で起こった場合、即座に対応できるのは一華か八城という事だろう。

「とっても合理的な判断ね〜私ここの人間が少しだけ好きになっちゃいそうだわ〜特に〜アナタの事をね〜」

一華が玉串の怯えを見抜き扉の向こうの玉串に笑いかけると、玉串は気まずそうに視線を逸らし、扉に手を掛ける。

「……それでは閉めさせて頂きます」

扉が閉まり切り、施錠の音が鳴り響けば室内はより一層の薄暗さが際立った。

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