第255話 根城23

桜の位置から八城が笑ったのが見えた。

楽しげに、上機嫌に、今日一番の笑みを浮かべた八城に桜は小さくない悪寒が背筋を駆ける。

「草むらにずっと隠れてた女は、そういう役割かよぅ!ええ?バレバレだなぁ!」

桂花の構えたガス銃から発射されたシリンダーを八城は見据えていた。

ジッと、獲物を狙う肉食獣の様に虎視眈々と狙いを見定めてその時を待っていた。

身体の小さい紬が最初に吹き飛ばされ、空いた八城の左手が空中のシリンダーヘと伸ばされる。

だから、桜は身体と突き刺さった量産刃をそのままに前に出た。

腹部に突き刺さったままの八城の量産刃がより深く、腹を刺し貫いても構わない。

ただ一撃にこの場で反応出来るのは鬼神薬を服用している八城か桜の何方か一方だけだ。

だから、桜は全てを捨てて前に出た。

たった一撃しかない『東雲八城』を取り戻すための手段を失う訳にはいかない。

伸ばした手はほぼ同時……

いや、体勢有利であるなら八城の方が近い。

足りない……また、足りない

あと指先程前に出れば届く距離に、桜は決死に手を伸ばす。

数センチが届かない、もう捨てられる物がない桜にとって、絶対超えられない壁だ

だから、超えられない壁は仲間が埋めてくれる

「気にせず行くっすよ!桜さん!」

泥臭く顔面を殴打されならがらも絶対に離さないとテルが全体重を掛けて八城をその場に押しとどめ、桜は更に手を伸ばす。

片方は保身の為に捨てず

片方は全てを捨てた

故に桜の指先は、空中で射出されたシリンダーを掴み取る。

「やった……」指先に感じた感覚に喜ぶのも束の間、二人を振り解いた八城は量産刃を振りかざす。

次はない。

桜は何も考えていなかった。

いや、全てを捨てるというのはそういう事だ。

自身に迫る量産刃を躱す術を持たない中、八城の刃は容易く振り下ろされた。

「前に出て!桜!」

紬の言葉に桜は一つとして疑問を持たず前に出た。

そうする事が当たり前だと容易く頭を両断する量産刃が頭上にある状態でそれでも桜は紬の言葉をなんの疑いもなく信用する。

二射同時の撃鉄の音色が雑林に鳴り響く

「八城くん、私はやると言ったら、やる女、よく覚えておくといい」

次の瞬間、八城の表情が驚愕に見開かれた。

桜の頭蓋を割る筈だった八城の量産刃が広場の前方へ滑って行く。

紬が手にした拳銃はテルがさっきまで持っていたものだ。

煙が燻る銃口から放たれた二発の弾丸は量産刃でジョイントと呼ばれる部分を根元から撃ち抜いていた。

神業と言っても差し支えがない、鬼神薬使用時の八城や桜でも出来ない紬だけが極めた技は容易く八城の一撃を退けた。

「あとは任せた、桜」

「ありがとうございます、紬さん」

即座に反撃に出ようとした八城だが、桜がそれを許す筈もない。

桜は懐に滑り込むと同時に八城の胸へシリンダーを根元まで差し込んだ。

射出を受け取った慣性から半分程零れ落ちていた内容物だったが、桜は力任せに内容物を八城の身体へ流し込んだ。

異変は直後に起こった。

四肢の痙攣と激しい発汗八城は強烈な眠気に襲われる。

「ハハッ……なんだぁこりゃあ、テメエら……おぃ……俺になにしやがったぁ」

立っている事も間々ならないと八城は地面に膝をつけた。

もはや抵抗出来る状態ではなく、腹部を押さえる桜は八城の傍に立つ。

「隊長にはそっち側は似合いませんよ、隊長は私達の隣で戦うぐらいが丁度いいんですから……早く戻って来て下さい」

最早身体に力が入らない八城は、腕を押さえる紬へと顔を向けた。

「クソ餓鬼ぃ、テメエだぁ……よくも、やってくれたなぁ」

決定打となったのは、間違いない紬からの正確無比な二連の射撃だ。

戦況を覆す為の、紬だけが出来る妙技。

八城は間違いなく白百合紬を侮っていた。

「クソ餓鬼ぃテメエはやっぱり真っ先に殺しておくんだったなぁ」

「私はクソでも餓鬼でもない。私は最高に良い女の白百合紬、次までに覚えておけ」

憎々しげではない、八城は次の楽しみが出来たと楽しげに笑って見せた。

「ハハッ……そうかよぅ。テメエの名前憶えたぜ、ツムギぃ……」

全身の力が抜けた様に八城はそのままうつ伏せに倒れ、受け身も取らず地面に強く頭を打った矢先、『東雲八城』は飛び起きた。

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