第105話 鬼影12

時間は少し前に遡る。

八城は、時雨と共に地区遠征の中間地点に移動する事はせず、男子訓練生と共に空き家となっている住居に待機していた。

嵐が酷くなる中、手の中で鳴り響く端末に、最悪が起こったのだと八城は直感していた。

八城が持つビーコンは一つ。

だがそのビーコンが繋がっている先は、中間地点近くの美月ではない。

このビーコンの先、それは111番街区に居る紬に繋がっている。

そもそも、おかしかったのは間違いない。

謹慎と称して送り込まれた謹慎組と、仮設十番隊。

これは憶測に過ぎないが、三郷善からの中央への打診があったのだろう。

ツインズ撃退の知らせは全ての番街区に通達されている。

そして常駐隊隊長、並びに副隊長には、八番隊の凍結と、八城と時雨の謹慎処分も含めて間違いなく通達される。

紬の気付きは早い段階だった。

左方の腕と目が利かない状態の三郷善が、不防備にも一人で、何故か決まった時間に外出をするのを紬は、何度か見かけたらしい。

暫く続いたその行動に、不信感を抱いた紬は外出中の善の部屋を物色し、とある物を見つけた。

それは部隊編成表。

確かに111番街区の人員は副隊長を含め他の番街区へ出払っていた。

だが紬が目を付けたのはその数。

111番街区総勢27名内26名が2222番街区へ向け出立。

これが意味する事は何か?

桜と紬は111番街区で他の常駐隊員と同じ仕事をしていた。

その過程で三郷善の信用を置いている隊員数名と顔を合せたと言っていた。

だがおかしいのだ。

数字上では、そんな事がある筈がない。

この番街区にはそもそも常駐隊とされる人員は数で言えば、三郷善という隊長ただ一人しか残っていない筈なのだ。

なら善の信用を置いている隊員数名とは誰なのか?

八城は111番街区出立前に時雨からビーコンを預かり紬に持たせていた。

そして現在その予想は確定的な物になる。

内部協力者が常駐隊隊長である三郷善ならば、全ての事は簡単に進んだだろう。

見知った顔である八城をわざわざ引き取る事を申し出たのは中央からの探りを躱すのに都合が良かった筈だ。

フレグラを誰かに仕込む事など、常駐隊隊長である、彼にとって簡単な事だ。

「クソったれ!」

八城は、三郷善と言う人間を知った気になっていた。

何度となく隣に立ってその横顔を見て来たつもりだった。

だがそれは、八城が思っていた距離ではなかったのだ。

近いつもりで、果てしなく遠い距離。

守り合いながらも、通じ合ってはいなかった。

端末が鳴り始めてから三十分程が経過した。

出遅れたと思ったが、軒並み入り口が封鎖されているため大きく番街区を迂回するはめになった。

そんな嵐の中ようやく、八城は端末の反応がある倉庫の鉄扉を勢いよく押し開ける。

「桜!しっかりして!桜!」

最初に聞こえたのは紬の叫び声、目に飛び込んだのは桜が横たわる姿。

その隣に居る紬の服は所々が裂け、その裂けた部分からは鮮血が今なお流れ出ている。

「紬!」

八城は周囲を警戒しながら紬へ駆け寄って行く。

「八城くん!桜が!桜がぁ!」

「……クソ」

遅かった。

八城は平静さを失った紬を落ち着かせるように桜の全体を見渡す。

今なお暴れ回る桜には擦り傷、切り傷はあれど、致命傷になるような外的損傷は見当たらない。

「落ち着け紬。何があったんだ?」

紬に尋ねた八城だったが、鉄倉庫の上に居る人間から返事は来た。

「桜さんは、適合者だったんだね?」

八城は声のする方へ視線だけを送り、その声だけで誰なのか分かってしまった。

よく聞き、親しんだ声。

だから八城は怒りを抑える事に務めた。

激情をぶつければ、八城はその人物を殺してしまいかねない。

「片腕でよくそこまで上ったもんだな、善!」

鉄倉庫の上には帯刀した珍しい出で立ち、失明している左目には、迷彩のバンダナが巻き付けられていた。

元八番隊である三郷善が此方を見下ろしていた。

「以外かもしれないけれど、僕は木登りが得意なんだよ。一緒に居て気付かなかったのかい?」

「お前の事は知らない事だらけだって、今知ったばっかりだよ」

「それは嬉しいな。なら今からもっと僕の事を知る事が出来るね」

「お前のやってるアカウントでも教えてくれよ、決まってイイネをつけてやる。」

「へ〜八城はSNSが出来るんだね。トップページから動けない種類の人間だと思っていたよ」

「元、現役バリバリ高校生だったもんでな。悪口の書かれた掲示板とかはお前より使い方を心得てるつもりだ」

八城は空の言葉を喋りながらも、視界端に善を捉え、周囲に人影がないかを見渡していた。

だがその様子を善は可笑しそうに笑ってみせた。

「大丈夫さ八城。今この場所には僕しか居ない。僕も君達への役目を終えたら早々に居なくなるから」

「敵の割に、随分親切じゃないか?その親切ついでに教えてくれ、お前ら桜に一体何をしたんだ?」

「いいけど、ただで教える訳にはいかないよ?八城からも、僕に一つ教えて欲しいな?」

「交換条件か?」

「さあね、八城が喋れば僕も喋るよ」

状況は絶対的に不利。

八城は桜という人質を取られている事に変わりない。

「何が聞きたいんだ」

善は和やかに笑い、そしてゆっくりと目を伏せた。

それは、まるで悲しい事があったかの様に。

「僕から聞きたい事は一つだ。君は、この場所から居なくなるつもりなのかい?」

その瞬間倉庫内の音は掻き消え、辺りを静寂が包み込んだ。

「何の話だ……」

喉の奥、肺腑の一絞りを八城は声に乗せた。

「恍けないでくれないかい?その子は、そこに倒れている桜さんは次の雪光の担い手だろう?中央が担い手を作るという事は、つまり現在の持ち主に、何か不都合が生じているっていうことだ、違うかい?」

八城は黙っていた。

否、言い返す事が出来なかった。

だから善は、その沈黙に答えを見つけてしまう。

「やっぱりか八城。君はもう長くないんだね……」

後ろで何かを取りこぼす音が鳴り響いた。

それが何かは分からない。

だが誰がその音を鳴らしたかは分かり切っていた。

「なんで?……八城くん?どういう事?」

八城はそのか細い声にも返答が出来ない。

するべき答えを持ち合わせていない。

だから今は目の前の事に答えをだす。

「俺の事を知れて満足か?なら次は桜に何をしたか教えろ。」

「そうだね、聞きたい事は聞けた……というより知れたし。うん、いいよ。そうそう、桜さんがさっき適合者だと言ったけど……」

善はそう言った矢先八城の後ろ、起き上がった「もう一人」を見て警戒を露わにした。

「その子、真壁桜さんに対して、野火止一華が興味を持った。八城も、それを知っているからその子を雪光の担い手にしたんじゃないのかい?」

いつからそこに立っていた?

桜は気配も無く立ち上がり、幽鬼の様な瞳で八城を見つめていた。

八城はその姿に見覚えがある。

いや違う、身に憶えがあるのだ。

「お前ら!やりやがったな!」

「そうだよ。ついさっきだ。野火止一華は、その子に鬼神薬を飲ませたんだよ」


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