第51話 猜疑2

八城は一路東京中央区に向かっていた。

寄り付いてくる奴らの一体を斬り、走り、また斬る。

雪光が無い分、気にする事が無く、その動きも軽い。

奴らの動きの動力となる足元の最小限を斬りその隙間を走り抜ける。

一人分の道を作るだけでいい、その分戦闘も少しですむ。

そうして中央のバリケードまで進んで行くと八城は見知った二つ顔に出会う。

「おや?そこに居るのは八城じゃないかい?」

「あんたこんな所で何してんのよ。」

歓迎する声は十七番隊隊長の初芽

なじるような声は九十六番隊隊長の麗だ

それぞれが、それぞれの隊員を連れている。

「何してるも何も、俺も一応は隊長だからな。呼ばれれば来る」

「あんた他の二人はどうした訳?」

麗は八城の他にこの場に誰も居ない事を怪しむ。

「はぐれたんだよ」

「はぐれたって!あんたね!この世界ではぐれるって事は!」

この世界で人と逸れる事は、今生の別れを意味する事に最も近い状況。

激高する麗を宥める様に初芽が麗の肩を叩き八城の前に出る。

「八城、三人は大丈夫なのかい?」

初芽は麗との視線を切る様に八城の前に立った。

「桜と時雨なら大丈夫だろ。紬はよく分からないが」

そう言って八城は何も無い右の腰を見る。

初芽もその場所に何も無い事を確認すると途端に破顔した。

「なら心配いらないね」

初芽には八城の置かれている詳しい状況は分からない。

だがおおよその見当はついた。

そして八城が自身の仲間がやられて、ここまで冷静で居られる筈が無い事も初芽には分かっていた。

誰も死傷者は出ていない。

だが何故か他の八番隊メンバー三人はここに居ない。

初芽にとって重要な事は、三人が生きている事。

ただそれだけ分かればいい。

「ちょっと!どういう事か説明しなさいよ!」

訳知り顔の初芽がその場から離れようとするのを麗はしつこく聞き募る。

「そんなに知りたいなら本人に聞いてみると言いさ。本人が言うかは保証しないけれどね」

初芽はそう言い残し第三バリケードを潜り第二バリケードへ続く橋へ隊員を引き連れ、歩いて行く。

「ちょっと待ちなさい!ほら!あんたも行く!」

麗は八城の手を握り、無理矢理に引っ張っていく。

「あんたには聞きたい事が山ほどあるわ!」

前を歩く麗の表情は窺い知る事は出来ない。だがその声色から彼女が怒っている事は容易に伝わってくる。

「今回は逃さないから」

その言葉の意味を八城は直に知る事になる。

議長室、招集を掛けられた全隊長がその座席に座っていた。

今回の作戦で、二つの隊が全滅して二〇あった座席は二つ減り。

座席数は十八席。

その座席全てに人が座っている。

そして、シングルNo.九番の座席にも、珍しい人物が座っていた。

つまり事はそれだけ急を要するということだ。

「では全員集まった所で本題に入る。」

柏木は重々しい口調で話の本題に入る。

「全員知っての通りツインズが中央周辺の番街区に現れたのは知っていると思う。そして挟撃作戦に向かった、三十一番隊並びに百番隊が全滅した。その支援に向かった九十六番隊も隊員半数を失った。だが我々に、事を構えて歩みを止めている暇など無い!今この時ツインズの脅威に居住区の市民は怯えている。今回諸君らに集まって貰ったのは他でもないよ。彼の強敵をこの居住周辺から排除、もしくは撃破を君らには依頼したい」

その言葉に一人の隊長が頭を抱え踞った。

「無理無理無理無理!無理です!あんなの死んじゃいますよ!倒すって!柏木議長はあいつと戦っていないからそんな事が言えるんです!私は無理です!戦えない……刀も銃も効かない相手に!どう戦えっていうんですか!むりむりむりむり無理無理!」

半ば発狂するように頭を抱え叫ぶ隊長の女は百番隊の支援に回った、七十一番の隊長だ。

この様子から察するに、生き残れたのは単に運が良かっただけだろう。

だがこの隊長の言う事も頷ける。

銃弾も刀もツインズの外面を傷つけるだけ、内側まで撃ち抜く事など出来ない。

仮にそれが出来たとしてもすぐさま再生するツインズを撃退することなど困難を極めるだろう。

ましてや撃破など……断言しよう不可能だ。

「戦った事がある隊員に所見を聞こうか。九十六番どうだ?君の見立てではツインズは倒す事ができそうかい?」

麗は番号を呼ばれ嫌そうに座席から立ち上がり、心の底からの本心を口に出した。

「無理です」

麗の断言。

それは柏木が発した撃破という言葉への否定に他ならない。

「あれは次元が違い過ぎます。私を含め隊員に聞いて頂ければ分かりますが、あの時八城……八番を含む、八番隊の助けが無ければ、ここの空席が三つになっていたのは間違いありません」

その一言で八城に注目が集まる。それは良い意味でもあり、悪い意味でもある。

「流石八番だ……シングルNo.なだけある。」

「やっぱり八番は……」

などの感嘆の声に混じり

「何故八番がこの作戦に参加しているんだ?」

「中央で決めた事に従わないなら一華と同じじゃないか?」

など、受けて当然とも言える批判の声もある。

「静かに」

柏木の空気を割るような声が議長室に響き、静寂が訪れる。

「八番に指示を出したのは私だよ。彼には別件での任務を与えた、何もさせずに遊ばせておくには勿体ないだろう」

そう言った柏木の言葉に反論する声はない。

「話題が逸れたね……本題に戻ろうか。クイーン呼称、「ツインズ」に勝つためにはどれだけの人手と物資が想定される?」

仕切り直す様に発した、その言葉に返事をする者は居ない。

それはそうだろう、殆どの者がツインズとの戦闘経験が無い。戦った事が無い相手の攻略方法など分かる筈も無い。

麗と八城を除いては。

そして、やはりと言うべきか柏木の視線は麗と八城を順番に見つめていた。

「私は一度です。それもほんの僅かな時間しか戦っていません。ツインズとの本格戦闘をこなしたことはありません。なので……」

麗は遠回しに意見する事を辞退する。

つまりこの中でツインズの事を最も知っているのは、八城唯一人ということだ。

「意見していいな言いますよ……まあ、正直言って、刀も銃も効かない、これは多少の語弊があります」

そう八城は一度、通常の刀と紬の狙撃によって、ツインズの片割れ、大食の姉にほんの僅かではあるものの一撃を入れた事がある。

「と言っても何度も何度も食らわせて、ようやく刀の切っ先が奴の身体に届いた程度の傷です。それもすぐさま再生する。あの堅い表面装甲を破って、再生すら不可能な程のダメージを与えるなら、戦闘機やら爆雷やら……それは柏木議長の方が詳しいと思いますが……それか、途方も無い物量を打つけるぐらいしか無いと思います」

八城のその言葉にある者は笑い。

ある者は顔を強ばらせ。

ある者は大きく頷いた。

だが等の柏木は何の反応も示さなかった。

「それで?どうすれば大食の姉を倒す事、或は撤退させる事が出来ると考えるんだい?」

柏木の頭に最初から一つのことしか頭に無い。

どう対処するのかそれだけに柏木は頭のリソースを割いている。

「そう言えば89作戦の時、八番はツインズを撤退に追い込んだんじゃないのか?またその芸当を披露してくれりゃあ、俺達の仕事も無くて助かるんだがなあ」

五十番の隊長は軽口を叩き、八城を挑発する。

「ならあんたが行きなさいよ。人にばっか頼らないで自分でやってみれば良いのよ」

麗のキツい叱責が効いたようで五十番はそれきり黙りこくってしまった。

「つまり現状、手立てがないということだね……」

柏木は重い議長室の空気を更に重くさせる事を口にする。

「だが中央が動かなければ、この体制は意味を成さないのでは?」

初芽が発したその言葉は、この話題の確信を突いた。

そう東京中央は番街区に住む住人を守るために設立された組織。

その組織が、住人の脅威隣うる物を野放しにして動く事をしなければ、それは組織の根幹に関わる問題になる。

つまり遠征隊全隊員は、中央の有用性を示す為なら最後の一兵になるまで無謀な戦いを強いられる事もある。

だが中央本部は、その姿勢を見せなければ、中央は中央として成り立たないのである。

欠落して、空き番だらけのNo.は、その殆どがそういう戦いの中で命を落とした者達の生きた証でもある。

「明日最後の結論を出そう。隊長各員は、それぞれ自室にて待機。明朝0900にこの議長室に集合してくれるかい?」

そう柏木が言いその日の会議は解散となった。

「ちょっと待ちなさい!」

議長室を後にしようとした時、八城は麗に呼び止められた

「何だよ麗」

「もうまどろっこしいのは無しよ、あんたどうやってツインズを撃退させたの?」

やはりと言うべきか、そういう話になるだろう。

「勝手に逃げて行ったんだよ」

八城のあからさまな嘘を鵜呑みに出来る麗ではない。

そして、事は一刻を争う。ツインズに関する事柄は、もう二人の問題ではない。

全ての隊員の命に関わる事柄だ。だからこそ、麗の視線は更に厳しいものになる。

「ふざけるのも大概にして!三十一番も百番も全滅してるのよ!三十人近い人員を動員して傷一つ与える事が出来なかったツインズが逃げて行った?そんな夢物語を誰が信じると思うの!」

麗の怒りは最もだ、自身の隊員も半数近く失って、ツインズに対する手立てが一向に掴めない状態に、焦りを感じない方がおかしいだろう。

「あんたが強いのは認めるわ、でもそれでも!仮にツインズとあんたが戦っても、私はあんたが死んだって言われた方がまだ真実味がある!しかもあんたは誰の手も借りず自分の隊員を引き離して、一人でツインズを追い払った!これは説明無しには済まさないわよ!」

麗の怒鳴り声が廊下に響いたのだろう、遠巻きながら此方を見つめている隊長が何人か居る。

「大食の姉が何故大食と言われているか知ってるでしょ!その場に居る人間を食い尽くすまで止まらないからよ!でもあの時は違う!あの場にはあんたが立ってた!」

ここでこの話を続けられるのは俺にとっても、そして柏木にとっても都合が悪い。

「お前には……」

「関係ない?訳が無いでしょ!私は十人、三十一番は十三人。百番は十七人。これだけ人が犠牲になってる。もう関係ないは聞き飽きたわ!良いから答えなさい!あんたはどうやってあの状態のツインズを追い払ったの!」

もう言い逃れが出来る雰囲気ではない。

だが雪光を話す訳にもいかない。

八城はもう黙り込む意外の方法が見つからない。

「何?黙りってわけ?いいわ……上等じゃない!」

殴られるのも仕方ない……そう八城が思っていると、ゆったりとした足取りで此方に近づいてくる足音。

その足音は八城と麗の居る場所で立ち止まった。

「やあ、どうしたんだい?二人とも?」

初芽は麗の振り上げた腕を掴んでいた。

「あんたこそ何の用よ。今取り込み中なの、見れば分かるでしょ?」

「そうはいかないよ、私は八城とこの後、「先約」が有るんでね。私が先に八城に手を出した。君に先に手を出される訳にはいかないね」

そう言った初芽はチラリと集まっている隊長達を一瞥する。

麗もその存在に気付いたようだ。

「あっそ……そう言う事、良いわ……分かった。でも八城。一つだけ言っておくわ」

そう言って麗は八城の胸ぐらを下に引っ張り、八城の耳元で囁いた。

「私このままにする気はないから」

麗は胸を押し返し、八城から離れ、その場を議長室に向かって立ち去って行ってしまった。

「済まない、助かった」

八城は初芽の目を真っ直ぐに見れないまま礼を言う。

「いいさ、私も君に助けられた身だ」

初芽もそれを気にした様子はない。

「で?どうだろう?今日はうちで晩をご馳走しよう、来てくれないだろうか?」

「先約だからな、行かせてもらうよ」

そう言って八城は初芽に連れられ議長室の有る建物を後にした。

向かったのは十七番隊の宿舎内。

通常隊長と隊員は別に食事を取るのが通常だが、十七番隊は違うらしい。

全隊員が席に付き初芽と共に食事を取る。

「まず今回の作戦誰一人犠牲者を出す事無く帰還できた事嬉しく思う」

初芽が短い挨拶を済ませ、全員が食事に手を伸ばす。

八城自身も宿舎での飯は久しぶりだ。

孤児院がこちらに移されてからは、八城達八番隊は孤児院で食事が提供されていたためだ。

白米に、薄味のおかず、薄味のスープ。果物だけは、どうにか味が有る程度だ。

隊員は楽しげに話をしながら食事を取る。

これがここの日常なのだろう。

「で?八城何があった?」

初芽にはこの前の遠征で雪光の秘密を知られてしまっているし、ここに居る隊員もその当事者達だ。つまりこの場では隠す必要が無い。

八城は自身が知り得る情報をわかる範囲で伝えていく。

良が中央に来た事、そして何かを隠している事。

大黒ふ頭に行った事。

テルの事。

そして、今何故、八番隊が居ないのか。

八城は聞かれたままを簡潔に初芽に説明した。

「成る程。それで今、雪光が八城の手元に無いという事なんだね」

「今は桜が持ってる。中央に持って来れば間違いなく使用の許可は降りない……それに……」

八城は先の麗の様子を思いだした。

「多分今持っていたらバレていたかもしれないしな」

初芽も麗のあの様子を思いだした。

「あれは危なかったね……だが九十六番の気持ちが分からない訳ではない。同じ光景を、同じ境遇で見たのなら、私もああやって八城に詰め寄るしかないかもしれない」

初芽は食事の手を止め八城を見つめる。

「私は運が良かった。なにせあの時八城があの場に居たのだから、だが九十六番はそうではない。支援に行った三十一番隊は全滅。九十六番隊の隊員も半数を失い、あまつさえ何も収穫を得る事が出来ず、参加を反対していた八城に助けられてしまった。きっと彼女の心は今ボロボロなのだろうね。だから誰かを攻めなければ気が済まないのさ」

分からない。

何があって麗があそこまで怒っているのか八城には理解できなかった。

助かったのならそれで良いのではないかとすら思う。

だが麗は違うらしい。

「分からないって顔をしているね」

「分かるか?」

「顔に書いてあるからね」

初芽は八城より五つも歳が上の女性だ。八城が分からない事でも、初芽には分かる事が有るのかもしれない。

「君は駆け足で強くなり過ぎた、だからこれからは、ゆっくり考えるといいさ。九十六番と八城は歳が近い。なら分かり合える事もあるかもしれない」

ゆったりと語るその声色には年上特有の説得力がある。

「分かったよ」

こんな世界になって、戦う事が普通の日常を過ごし過ぎていた。

だからそんな事を考える事は無かった。

今だってそうだ。そんな事を考える余裕など無い。

敵を切り、先に進む。

でなければ生き残る事が危うい世界。

人の気持ちを理解するより、奴らの行動を理解する事の方がいつの間にか得意になってしまった。

間違いだらけの歪んだ世界で、生き残る事が自身を歪ませている。

そう分かっていても誰もそれを止める事は出来ない。

あの描いたような夢の世界は、今は遠く。

無くした物はもう二度と戻っては来ない。

強さだけが主柱となる。

間違いだらけなのは百も承知だ。

それでも八城は前に進むしかない。

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