第82話 自由のために


 セシルはハイノ、ワタル、バルトとともに王に面会すべく謁見の間へと足を運んだ。後ろに3人が控えてセシルはいちばん前を歩く。

 前方に見える玉座に座っているのがこの国の王らしい。この間の勇者の祭典でのパレードに王族の姿はなかった。思えばあれも王家の弱体化の表れだったのかもしれない。


 王は背があまり高くなく、若干横に広がった体型ではあるものの、金髪にエメラルドグリーンの瞳でなかなかに端正な顔立ちだ。優しそうではあるが言い換えれば気弱そうな印象も受ける。

 王の隣に座る王妃は薄茶色の髪を高く結い上げこげ茶色の瞳が印象的な美人だ。そして上品なドレスを纏っている。少しぽっちゃりとしているが美しい顔立ちだ。こちらを見て笑みを浮かべている。王と同じく人のよさそうな印象だ。2人とも40才くらいといったところか。

 そういえばセシルは戦いが終わったままここへ来たので、ところどころ土埃や血や焦げ跡やらで汚れている。衣服もあちこち破れていてみすぼらしい。このままの格好で謁見してもいいのかな? 不敬って奴にならないかな?


 セシルは王の前まで歩いたあと跪いて首を垂れる。初めての王族との謁見で緊張してしまう。

 他の3人もセシルの後ろで同じように跪いたようだ。


「顔を上げなさい」


 王の言葉を受けセシルはゆっくりと顔を上げた。すると王は穏やかな笑みを浮かべながら頷き問いかけてくる。


「我がヴァルブルク王国の王エルヴィンだ。其方がセシルか?」


 王の話し方は決して高圧的ではない。柔らかく耳に伝わってくる穏やかな声だ。セシルは恭しく答える。


「はい、左様でございます」


 すると王はゆっくりと話し始める。


「そうか。この度はこの王都をよく救ってくれた。礼を言う」


 王と王妃が2人そろって頭を下げる。うわわ、王様が頭を下げていいものなの? 王と王妃の思いがけない様子に戸惑いながらも答える。


「恐れ入ります」


 セシルがそう言うと、王は頭を上げてにこりと笑みを浮かべ再び話を続ける。


「ハイノとバルトより其方の活躍は聞いた。エメリヒの召喚したディアボロスを消滅させたそうだな。もし倒せなければこの王都はおろか国中、いや世界中が危機に晒されただろう。其方はこの国の英雄だ。いや、世界の救世主だ」


 段々と話が大きくなっている気がする。本当に流れに任せてしまっていいのだろうか。いや、いい。立場が強いほうがいいに決まっている。それが皆のためだから。


「恐悦至極に存じます」


 セシルはつくづくちゃんと勉強していてよかったと思った。王族との接し方もちゃんと習っておいてよかった。うろ覚えだからちゃんとできないかもしれないけど。


「其方の望みを何か叶えたいのだが、いかがか?」


 王がやはり柔和に尋ねてくる。しきたりをなくしてくれなんて言ったら怒るだろうか。


「ではお言葉に甘えまして、陛下」


 王の目をしっかりと見据えてゆっくりはっきり大きな声で考えを述べる。王はセシルの言葉を待っている。


「まずはこの国の聖女のしきたりを無くしてください。これまで聖女についてはその資格のある者が強制的に神殿へ連行されていたと聞いています。エメリヒと違って陛下や王妃殿下は民と平和を愛するお方だとお見受けします。その国の民の1人でもある聖女に対してその意志を無視して強制するなんて許せません」


 セシルが一気にそこまで話すとその言葉を噛み締めるように王がじっと考え込んでいる。そして口を開いた。


「承知した。それに関しては我のほうから何度もエメリヒに進言していたのだが拒否されていたのだ。これまでの聖女たちには申し訳なかったと思う」


 王のその言葉を聞いてセシルはぱぁっと笑う。自分の考えに賛同してもらえたことも嬉しかったし、そもそも神殿の在り方に疑問を抱いていたという王の姿勢を窺えたからだ。

 王はセシルの笑顔を見て少し驚いたように目を瞠り、すぐに優しい笑みを浮かべた。

 失敗した。つい感情を表に出してしまった。せっかくここまでちゃんとやっていたのに。

 すると王が再び口を開く。


「まずは、と言ったな。他にも其方の考えがあるなら聞かせてもらおう」


 王がきちんと話を聞いてくれることが分かったので少し肩の力が抜けた。このまま意見を伝えさせてもらおう。


「はい、ありがとうございます。もう一つは勇者召喚に関してです。神殿により勇者召喚が行われた際、異世界より召喚された者はその意思に関わらず故郷から離され所縁の者とも別れさせられています。逆の立場ならどうでしょう? 愛するものと強制的に離されるのです。親、兄弟、妻、恋人、師、故郷……。このようなことは許し難いことです。この勇者召喚の儀を即刻禁止してほしいのです」


 ゆっくりはっきりと一気に意見を伝える。かなり主観も入っているが構わないだろう。心情抜きにはこの理不尽さは語れない。

 この話の間セシルの脳裏に浮かんでいたのはずっとケントの顔だった。この召喚のせいで彼に関わりのないこの世界の戦いに巻き込まれ、その結果今意識不明の状態になっているのだ。そう考えると召喚の儀に対し憤りを感じずにはいられない。

 セシルの意見を聞きながら王が再び静かに目を閉じ考え込む。そしてゆっくりと頷き口を開く。


「承知した。勇者召喚はこの王国ある限り未来永劫禁止する。そしてその技術も他国に漏らすことのないよう箝口令を敷こう」


 ああ……。ようやくだ。おばあちゃんに早く報せたい。きっと喜んでくれる。そしてケントも……。これでみんな解放される。

 あ、大丈夫だとは思うけど確認しておかないと。


「ありがとうございます。それと陛下、これは確認なのですが今代の聖女エリーゼ様と勇者ワタル様についてはその自由を約束してもらえませんか? 勿論本人の意志を最優先する形でお願いします」


 王は少し目を瞠り感心したように答える。


「其方は抜け目がないな。勿論そのつもりだ。今後エリーゼとワタルにその行動の自由を保障すると確約しよう。勿論本人たちが現状を望めば手厚く城での保護を続けよう」


 王ははっきりと今後のエリーゼとワタルの処遇について確約してくれた。その瞳の光に嘘はない。

 セシルは正直ここまで意見がすんなり通るとは思っていなかった。とても嬉しい。エリーゼとワタルがこれで喜んでくれるといいのだけれど。

 そう思ってちらりとワタルの方を見ると驚いたようにセシルを見ていた。彼の気持ちは分からないが辞めるも続けるも彼の自由だ。最善の形で決着がついたと思う。


 するとハイノが突然口を開く。


「陛下、恐れ入ります。横からの発言をお許しください。この場で約束された事柄についてですが、誓約書を作成いただいてもよろしいでしょうか? 正式な文書をもって誓約としていただきたいのです」

「うむ、そうしよう。文官に誓約書を作成させて後ほど其方らに確認してもらい血判を交わそう」

「ありがとうございます」


 王はハイノの言葉に頷きそれを受け入れた。特に彼の言葉を不快には思っていないようだ。よかった。

 今度こそ全てが終わった。交渉と言うには一方的なものだったが、この国のこれまでが酷過ぎたのだ。これでもまだ不十分なのかもしれないが、あとはこの国の王家と民が決めることだ。モントール共和国との関係改善も期待したい。

 こうして無事に王との会見を済ませた。


(そういえばどうしてわたしの正体を誰にも聞かれなかったんだろう?)


 そんなことを考えながら3人とともに謁見の間を出た。




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