第46話 実験場 (1)


 ケントが塔の中へ足を一歩踏み出す。すると入口で一瞬何かが光り、ケントの姿が消える。一体何が起こったの!?


「ケントっ!!」


 セシルは思わず手を伸ばすが、もうケントの姿はない。そこにあるのは光が消えかけた魔法陣だけだ。セシルは慌てて後を追おうとするがもうその消えかけの魔法陣は用をなさない。


「くっ!」


 一体ケントはどこへ転移してしまったのか。転移先はこの塔の中なのか、どこかのダンジョンなのか。そして魔法陣は誰かによって故意に起動されたのか、自動的に起動する仕掛けなのか。

 セシルはすぐに周囲の様子を見回す。部屋は円形で中には上の階へ続く階段はなく、真正面奥に扉があるだけだ。部屋の中にはいくつかの調度品が置かれているようだ。棚、机、椅子、そして部屋の中央右の壁に鎧の人形?


 セシルはその鎧に近づく。鎧は鈍い銀色をした鉄製のプレートアーマーで、剣を両手に持って胸の前で掲げる姿勢を取っている。そこからは何の気配もしない。中に誰かが入っているわけではなさそうだ。セシルは部屋の奥の扉を開こうと歩き出す。


―――ガチャン


 突然の金属音に反応し、セシルは音のしたほうを振り向く。この金属音はこの鎧からだよね?

 思わず後ずさり鎧から距離を取る。その鎧から視線をそらさないようにその周囲を距離を保ったまま歩き、あらゆる方向から観察する。鎧は依然動かないようなので、セシルは剣を抜き少し近づいてその鎧の冑部分をつつく。


―――コンコン


 すると鎧が突然すごい速さで剣の切っ先をセシルに向け距離を詰めてくる。


「うわっ!!」


 セシルは動かないと思っていた鎧が突然動き出したことに驚く。普通じゃないとは思っていたがこんなに俊敏に動くとは。セシルは思わず胴の部分へ向かって思いっきり前方に蹴りを出す。


―――ガッチャン!


「なんだ、こいつ!」


 鎧はぎしぎしと軋んだと思ったらまたすごい速さで、セシルへ剣の切っ先を向けて距離をつめてくる。俊敏だが動きが直線的だ。セシルは突進を鎧の右に躱すと同時に胴と首のつなぎ目を剣で横薙ぎに斬る。


「はっ!」


―――ガチャン!


 鎧の頭がとれる。中にあったのは……空洞? 鎧の頭部分はもう動かない。セシルは咄嗟に後ろへ飛び退き、鎧から距離を取る。

 一体何なんだ、この鎧は。なんで動いてるの? 中に見えない魔物でも入っているのか? だが生き物の気配がしない。何が何だか分からないが、攻撃してくるなら動けなくなるまでばらばらにするだけだ。早くケントと合流しないと!


「『千刃竜巻トルネードエッジ』。」


 セシルを中心に数多の風の刃の竜巻が起こる。


―――カンカンカンカンッ!!


 風に刃に巻き込まれ鎧がぐらつき胴、手甲、脚部、足部がばらばらになる。


「よしっ!」


 これで先に進める! セシルは鎧の仕組みを確認しようと用心深く近づく。

 2メートルほど近づいた時点で胴部分の内側に何かが描かれていることに気づく。これは……魔法陣?

 セシルがそう考えた瞬間、カタカタと音がしたかと思うとそれぞれのパーツが震え、見えない何かで繋がれるように元の形を取り戻していく。


―――カチャン、カチャン、カチャン!


「嘘でしょ……。せっかく壊したのに……。」


 もうこれは粉砕するしかない。特にあの胴の部分の魔法陣らしいもの。あれを壊さないと!

 セシルは水の精霊ディーを呼び出す。


「ディー、お願い!」


『わぉ、セシル、ひさしぶりやなぁ。』


「『凍結フリーズ』。」


 ディーが現れ鎧に向かって息を吹きかける。鎧の足元が凍り付き直進しようとしていた鎧がバランスを崩し前に倒れかけたところを何とか持ち直す。そしてその氷の息吹で凍結した部位が軋みをあげる。


「ディー、そのまますべての部位を超低温で凍らせて。」


『りょーかい。』


 ディーさらに鎧に白い息を吹きかける。金属は一定温度以下にまで凍らせれば脆くなるはずだ。鎧の動きがだんだん鈍くなる。

 恐らく鉄でできているであろうそれは、今や全体が白く霜が降りたように凍りつき、その周囲には冷気による霧のような水滴が漂う。


「もうそろそろいいかな。『千刃竜巻トルネードエッジ』!」


 再び数多の風刃の竜巻が鎧に襲いかかる。今度は風刃密度を高くしたスペシャル版だ。


―――カシャンカシャンカシャンッ!


 凍りついた鎧が竜巻に巻き込まれ、まるでガラスのように砕けていく。


「これでもう元通りには戻れないよっ!」


 胴の部分も完全に砕けたようだ。だが念のために完全に粉砕しておこう。セシルは満遍なく竜巻を当て、静かに魔法を収める。

 そして数歩歩き鎧のあった場所へ近づき辺りを見回す。その周辺にはガラスのように細かく割れて砕けてしまった鉄の破片が散らばっていた。


「これじゃ、さすがに復活できないでしょ。それにしてもあんなもの一体だれが作ったんだろう……。ローブの男?」


 ケントが心配だ。一刻も早く合流しなくては。セシルは足早に扉へと進む。扉を開くと外には狭い通路があり、出てすぐ左側に上へと続く階段があった。円形の壁に沿っているため階段の先は見えない。


 転移させられたケントがこの塔にいればいいのだけれど……。もし仮にいなかったとしても、ローブの男を捕まえて居場所を聞き出さなければ。

 セシルはそう心に決め、階段へと足を踏み出した。




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