第26話 セシルはセシル


◆◆◆<フィーア視点>


 フィーアは目の前に広がる光景を信じられない。


 一体何が起こったんだ……。


 目の前には体から血を流し曲刀を弾き飛ばされ膝をつく部下。そしてもう一人は片腕を失い胸を貫かれている。

 なんだ、この子供は……。





 それはケントを鎖で縛りつけ部下が曲刀を振りかぶってとどめにかかった時だった。


「ああっ、ああっ、やめてぇーーーーーっっ!!」


 悲痛な叫びが響いたかと思うと張りつめていた鎖がガキンと割れその反動で仰け反ってしまう。

 気がつくと無数の風の刃が辺り一帯に吹き荒れていた。鎌いたちなんてかわいいもんじゃない。無数の鋭利な刃が渦巻く巨大な竜巻だ。

 その風の刃が鎖を断ち切りフィーアたちの体を切り刻む。思わず苦痛のあまり呻いてしまう。全身が装備もろともぼろぼろだった。


「ぐっ、うっ!」


 竜巻の中心にはあの非力にしか見えなかった子供がいた。

 即座に竜巻からの脱出を計り部下達も同じくその範囲外に退避する。今の状況を見て思わず呟く。中にはケントもいるはずだが。


「敵も味方もあったもんじゃないな。分別がなくなってるのか?」


 すると視界のなくなった竜巻の中から突然ヒュンッと影が飛び出し部下に襲いかかる。影は部下の曲刀を弾き飛ばし袈裟掛けに部下の体を斬り下ろした。


「がああッッ!!」


 影はケントだった。奴が斬りかかった部下の傍に立って部下を見下ろしている。

 あの竜巻に巻き込またフィーアたちの体には無数の傷が刻まれていた。だが奴は装備はボロボロに切れているが傷ひとつない。


(どういうことだ!?)


「好き放題やりやがって……」


 ケントはそう吐き捨て斬られて膝をついた部下を射抜かんばかりに見下ろす。斬られた箇所から血を流しながらも部下はまだ息があるようだ。





 その時竜巻が消え、自失しているかに思えた子供は己の剣を抜きもう一人の部下に斬りかかっていた。

 彼の金の瞳は冷たく部下を見据えその剣筋は研ぎ澄まされていた。先ほどまで彼の体を切り刻んでいた部下はいまや後ずさりながら防戦一方になっている。

 恐ろしい速さで繰り出されているその剣筋は恐らく常人には見えないだろう。フィーアと同じく風の刃に切り刻まれた部下は、ボロボロになりながらも己の爪で必死に少年の剣戟を凌ぎ続けていた。


「おじさんたち、わたしたちをころしにきたんでしょう? もしかしたらぎゃくにころされるかもしれないとおもわなかった?」


 少年はおびただしい手数を繰り出しながらあどけなく問いかける。その眼差しは凍りつくほどに冷たくその声には全く感情が感じられない。

 それを見てふとヌルを思い出しその姿を重ねてしまう。


「ぐあああーーーッ!!」


 部下の右腕が少年の剣によって斬りおとされる。それでも後ずさりながら彼の剣を片手で受け続けようとする。だがもはやなす術もなくすぐさま彼の剣が部下の胸を貫いた。


「ぐっっ……」

「ごめんね……」


 胸に致命傷を受けて部下が倒れると、少年はそう呟いてそのまま意識を失い崩れ落ちた。


「……一体あの子は何者なんだ?」


 その異様な様を見て思わず呟いてしまう。どう考えても普通の子供じゃない。あの魔法の力、剣捌き、速度にはフィーアでも勝てるかどうか分からない。


「セシル……」


 ケントが痛ましげに少年を見やる。セシル、か……。よほど大事にしていると見える。

 そして再び奴は足元の部下に目をやり大剣で止めを刺すべく部下の胸を貫く。


「ぐああッッ!!」

「俺たちは好きで奪いたいわけじゃねえんだよ……。生きていくために仕方なく奪うんだ」


 昏い瞳で部下を見つめながらそう言ってケントは大剣を部下の体から引き抜いた。奴の言葉を聞いて背筋が寒くなる。次はフィーアの番だと。

 こちらに向き直るやいなや奴は一気にこちらへ距離を詰める。

 咄嗟に懐から小太刀を出しそれを受け流しつつ奴の右側に躱す。そのままその首筋目がけて切っ先を持っていこうとするが、奴の右肘で鳩尾をえぐられるように打ち上げられる。


「かはっっ!!」

「悪いね、あんたの動きは見えてるんだよっ」


 痛みによろめきつつ後ずさりそのまま後ろに距離を取る。体中の傷と出血で上手く体が動かせない。


「ケント、……また今度部下をやられたお礼をしにくる」


 ここは一度仕切り直すべきだ。この傷だらけの状態でこのまま無傷のケントとやり合うのは不利だ。そう判断しこの場から離れることを心に決める。


「まじかよ。逃がさねーよっ!」


 ケントは再びこちらへ突進するがさらに後ろに飛び退き上手く闇に紛れられた。




◆◆◆<ケント視点>


「セシルっっ!!!」


 ケントは爪男の亡骸の傍で意識を失っているセシルに駆け寄る。セシルを横抱きに抱えて少し離れた場所に横たえる。


「う……」

「セシル……!」

「ケント……よかった……生きてる」


 セシルは薄っすら目を開けてケントが無事なのを見ると安心したように笑う。


「やられるわけねーだろ、あんな奴ら」


 ようやく意識の回復したセシルに安心させるように笑いかける。


「もうあいつらは居ないから安心していいぞ。これ飲んでこのまま眠りな」


 セシルに手持ちのポーションを飲ませ毛布を掛けて寝かせてから、用心のため朝まで眠らずに火を焚いた。

 横になっている彼女を見ると全身傷だらけだ。ケントは装備しか切れていないが、彼女は剣も使わずに爪男の攻撃を躱し続けていた。


 あの竜巻は恐らくセシルがやったのだろう。だが魔法無効化がなければケントもろともやられていた。

 そして彼女は剣を抜いて自分の手で爪男とやり合い止めを刺した。

 一体彼女に何が起こったのだろうか。さっき意識を回復したときはいつも通りだった。だがあのときの彼女の眼差しは氷のように冷たく無感情でどう見ても普通じゃなかった。


 だが正直今回はやばかった。セシルがああならなかったら、ケントはフィーアと曲刀男2人に嬲り殺されていただろう。そして彼女を助けに行く余裕もなかった。

 今後も同じようなことがあるかもしれないことを考えると、彼女が元に戻ってくれるのはありがたいのだが。





◆◆◆<セシル視点>


「うーん……。」


 セシルが目を覚ますと辺りはすっかり明るくなっていた。朝か……。

 全身が痛い。自分の体を見ると傷だらけだ。……ああ、そうか。昨日暗殺者に襲われて……。戦って意識を失って、そのあとケントに介抱されて寝たんだった。


「ケント……。おはよう」

「おお、起きたか。おはよう、セシル。できるようなら自分に生命力回復ヒールしとけ? ポーションは飲ませたんだが治りきらなかったみたいだからな。」

「うん……。ケントはずっと起きてたの?」


 自身に治癒魔法と洗浄魔法をかけたあとそう尋ねるとケントが少し眠そうに答えた。


「まあな。どっちにしてもあんな目にあったあとすぐには寝れないからな」

「そっか」

「セシルも俺もボロボロだからレーフェンで服と装備を買わないとな。このまま街中を歩いたらすごく目立つが、上から外套とローブを羽織ればとりあえず目立たないだろう」

「うん……ごめんね、ケント」


 ケントのぼろぼろはセシルのせいだ。魔法で竜巻を出したことを覚えてる。そして敵もケントも一緒くたに攻撃してしまったんだ。

 彼は明るく話しかけてくれるがそれを考えるとセシルの気持ちは晴れない。


「そのー……セシルは昨日のこと、覚えてるか?」

「うん、ところどころ記憶がないような気がするけど、風魔法を出したことも爪男を倒したことも覚えてるよ」


 昨日のことはちゃんと覚えていた。

 だけどそれはまるで自分を俯瞰で見ているような感覚だった。自分だけど自分じゃないような。感情を制御できないような。

 あのときは怒りとケントを失いたくないという焦燥感で、敵の命を奪う恐怖などどこかに行ってしまっていたのだ。


「ケント、きっとあれも僕の一部だ。あんな僕、気持ち悪かったんじゃない?」

「気持ち悪いもんか。キレてるなーとは思ったがな。セシルのお陰で俺はこうやって無事生きてるし俺だって曲刀男を殺したしな」


 そう言ってもらえると少しほっとする。結果的にケントを助けることができたのは事実だ。


「殺すのが平気になったわけじゃないけどケントを失うほうが怖かったんだ。大事な人を守りたいって口で言いながら僕が守ってたのは自分だけだったんだ。僕は今までケントに甘えてたんだね」

「子供のうちは甘えられるときに甘えときゃいいんだよ。大人になったらなかなかできないことだからな。それにどんなセシルもセシルに変わりない。俺はお前がどんなふうになっても受け入れる」


 ケントがいつものようにわしわしとセシルの頭を撫でる。照れくさかったのか彼の顔は耳まで赤くなっている。

 そう言ってもらえて肩の力が抜け、胸に温かいものが広がっていくようだった。





 朝食を取ったあと野営から少し離れた開けた草地まで歩いてきた。そこに立って大きく深呼吸をする。恐る恐る腰に差した剣の柄を握る。そして鞘から剣をゆっくりと抜いてみる。手は……うん、震えない。

 そのままそこで前に一歩踏み出し腰を入れて剣を突き出す。そして一度剣を手前に戻し上から下に、左から右にと素振りをしてみる。

 まだ手は震えないようだ。素振りは問題なくできるようだ。

 剣を鞘にしまって左手を前に出し掌を緩く開く。


「……『火球ファイアボール』」


 セシルの掌から火球が生まれ前方へ発射される。攻撃魔法が使える……。


「『風刃ウィンドエッジ』!」


 次に掌から風の刃が前方へ発射される。


「……は、はは」


 魔法が使えるようになった……。剣も魔法も以前と同じように敵、特に人間を前にして使えるかどうかは分からないけど、全く何もできなかった時よりは前に進めたんじゃないだろうか。

 早速ケントに報せようと踵を返すとそこに腕を組んで笑顔を浮かべた彼が立っていた。どうやらずっと見ていたようだ。


「やったな、セシル!」

「ケント……。うん、ありがとう……!」


 セシルはケントとハイタッチし気持ちを新たにレーフェンの町へ向かうことにした。




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