第22話 救出の顛末


 ケントが険しい顔をして重々しく口を開く。


「セシル、今までとは違う匂いがする。……どうやら血の匂いが混ざっているようだ」


 血の匂い……。ダンジョンでは魔物は倒されても血は流さない。だから血の匂いがするということはこの階層のどこかに自分たち以外の冒険者がいて血を流しているということだ。それが救出を依頼されたフランツの仲間である可能性は非常に高い。救助対象者の安否が心配だ。どうか無事でいてほしい。

 それとこの階層に降りてからというものこのダンジョンではまだ会っていないほどの強さの魔物の気配を感じていた。


「こっちだ」


 ケントが血の匂いのする方へセシルを導いてくれる。

 途中にいるオークを倒しながら奥へと進み、これまでよりも大きな部屋に出た。

 そしてそこにいたのはここまでの階層の魔物よりも数段強いオークの上位種であるオークロードだった。


『グアッ、グアッ!』


 オークロードは剣を振り回しある一方を向いて興奮しているようだった。そこにはこの部屋に通じる別の通路があり、ボス部屋から少し引っ込んだそこに2人の冒険者がいる。

 1人は完全に意識を失っており1人はその傍らに座り込んでオークロードの方を凝視している。

 2人は通路へ逃げ込んでいるためオークロードの攻撃は届いていないようだ。どうやらボスは部屋の外に出ることはできないらしい。


「くそっ!」


 ケントが小さく吐き捨てるように呟き、大剣を構えて5メートルほど先にいるオークロードに不意打ちをすべく飛びかかる。

 奴は危険を感じたのか咄嗟にケントへ振り返り盾を構えた。

 セシルはその隙に部屋を横切って冒険者のいる通路に走っていき座り込んでいる男に治癒魔法を使うべく手を当てる。彼は足を骨折しているようだ。


――ガキーン


『グッ!!』


 オークロードはケントの攻撃を受け堪えようとするも、そのまま盾ごと後ろへ弾き飛ばされる。よく見るとオークロードの盾にひびが入っていた。

 奴は即座に体勢を立て直し、ひびの入った盾を捨てた。ケントに向かって左手を突き出し短い詠唱ののち大きな火球を放つ。直後被弾したかのように見えたが彼の傍で火球はすっと消える。どういうこと?


『ナゼダ?』


 オークロードは一瞬戸惑うもすぐに剣を構えてケントの頭を目がけて上から振り下ろす。ケントはそれを大剣で防ぎそのぶつかった反動で奴が軽く仰け反る。

 ケントはそれを見逃さなかった。


「ふんっっ!」


 一瞬のことだった。ケントはその隙を狙って大剣を左から右に真一文字に薙ぎ払ってオークロードの胴を両断したのだ。


『グァアアアッッ!!』


 オークロードは断末魔の悲鳴を上げそのまま霧のように消えた。そして何やらドロップしたようだ。

 座り込んでいる冒険者の治療をしながら話しかける。


「貴方たちがフランツさんのお仲間で間違いないですか?」

「そうだ……。助けに来てくれてありがとう……。俺はイザーク。で、こいつがハンスだ」

「僕はセシルです。彼はケントです」


 ケントはオークロードのドロップ品を回収したあとこちらへ近づいてきた。

 イザークの治療を終えハンスに向き直り治癒魔法を唱える。しかしハンスは呼吸が完全に止まっているようだ。


「……『生命力回復ヒール』」


 治癒魔法を唱えてもハンスの傷は塞がらない。治癒魔法は人間が本来持っている自然治癒力を促進させる魔法だ。ゆえに生命力が全くない場合治癒魔法は効果がない。

 脈を計るためにハンスの首に手を当てる。彼の肌はもう既に冷たくなっている。指先に伝わってくるのは冷たい死の感触だ。

 ハンスに掌を当て魔法で彼の体の状態を見る。どうやら肋骨が折れて肺と心臓に突き刺さっているようだ。これはほぼ即死だっただろう……。


「イザークさん、ハンスさんはもう……」

「……っ! そうか……。俺がここで耐えている間、ハンスは一度も、動かなかったんだ……。だから……そんな気は、していたんだ……」


 セシルがハンスの状態を伝えようとするが言いづらくて言葉が詰まってしまう。

 それに対しイザークは嗚咽を堪えながらこれまでのことを話した。

 彼はぎゅっと目を瞑り俯いて黙り込んでしまう。そして彼の膝にぽたりと雫が落ちる。

 そんな彼を元気づけようと思うのだがかける言葉が見つからない。きっと長い間ともに冒険をした仲間だったんだろうな……。セシルには想像できないほどの悲しみがあるんだろう。

 ケントが沈痛な面持ちでその場の沈黙を破るように口を開く。


「とにかくここから出ましょう。……ハンスさんを早くここから出してあげましょう」


 イザークははっと顔を上げケントを見ると「ありがとう」と言って頷く。

 ケントはイザークさんを背負って紐で固定しハンスさんの遺体を前の方に抱えてセシルに言う。


「セシル、重くはないが腕が塞がってて戦闘は無理だ。このまま走り抜けるぞ」

「分かった。ちょっと待ってね」


 ケントの言葉を受けてケントの大剣を中心に半径2メートルほどのドーム状に結界防御結界シールドプロテクトを張る。こうすれば結界ごと移動できる。


「よし、結界を張ったから突っ走っていいよ。僕はケントから離れないようについていく。」

「ありがとう。それじゃ行くか!」


 皆で出口に向かって一気に帰り道を駆け抜けていく。

 途中の魔物はケントの背中の大剣を中心に張った結界で撥ね飛ばされていく。その際の物理的な衝撃はケントが受けることになる。

 なぜケントに結界を張らなかったかのかというとセシルの頭の中にある疑念が湧いていたからだ。

 そしてそのまま皆で無事ダンジョンを脱出することに成功した。


 セシルとケントは繋いであった馬と荷馬車の縄を解いた。そして荷台の上にイザークとハンスを乗せてすぐに石花のダンジョンを後にした。





 ようやくザイルの冒険者ギルドに到着した。そしてすぐにケントがイザークとハンスを奥の救護室へ運んだ。

 奥の部屋のベッドではフランツが横になっていたが二人の姿を見るなりその名を叫ぶ。


「イザーク! ハンス!」


 ケントは空いたベッドにそれぞれ二人を横たえる。イザークはケントに礼をしたあとフランツに向かって嗚咽を漏らしながら話し始める。


「……フランツ。すまない、俺は、守れなかった……。ハンスは……」

「そうか……ハンス……。俺こそすまない、お前達だけを残してしまって」

「いや、フランツが俺たちを通路まで引っ張ってくれたから俺は助かったんだ。たった一人で救出を頼みに行ってくれてありがとう」


 そう話しながらも二人の視線はしばしば亡くなったハンスに注がれている。

 イザークの目に涙が浮かぶ。そして彼は「ハンス、すまなかった」と小さく呟いた。2人ともとても悲しそうだ。

 そんな二人を見ていると胸が苦しくなった。


 それから間もなくして入口から見知らぬ男性が入ってくる。身長が2メートル近くはあるだろうか。こげ茶の短髪にがっしりとした体つき、そして鋭い目つきしている。一体彼は誰だろう?


「ちょっといいかな?」


 その男はその場を隈なく見渡したあと皆に声をかけ、低い声でゆっくりと話し始めた。


「皆、初めてだな。私はザイルの冒険者ギルドのマスターをしているケヴィンという。」


 この冒険者ギルドのマスターって初めて見たかもしれない。こんなに強そうな人だったんだ。


「……ハンス君は本当に残念だった。心からお悔やみを申し上げる。そして皆ご苦労だった。ケントくん、セシルくん、2人の救出をありがとう」


 伏し目がちにそう言ってケヴィンは頭を下げ再び話を続ける。


「早速で悪いのだがフランツくんたちに今回の一件の事情を説明してほしい」

「分かりました」


 フランツが答える。

 それは自分も聞きたいと思っていた。あのダンジョンで一体何が起こったのか。あんなオークロードごときでDランク冒険者が死ぬほどのダメージを追うのはどう考えてもおかしい。

 ケヴィンに説明すべくまず口を開いたのはフランツだった。


「俺たちは3人で石花のダンジョンの攻略に向かいました。そして……」


 フランツの説明によると10層まで何の問題もなく攻略し、ボス部屋にいたオークロードを3人で力を合わせて倒した。

 だがその後突然床が光ったかと思うと魔法陣が現れてそこからストーンゴーレムが出てきた。Bランクの魔物らしい。

 ストーンゴーレムというのは全身石でできた人形のような魔物で、本来は『採掘場』というダンジョンにしか存在しないらしい。


 現れたと同時にストーンゴーレムが振り回した拳でハンスがダンジョンの壁に叩きつけられそのまま意識を失った。

 そして残った2人は退却する隙を作るためにBランクの強敵を相手に奮闘するもイザークが足を負傷してしまう。

 そしてフランツはイザークとハンスを何とか通路まで引っ張っていき、救出を要請すべく1人でダンジョンを脱出しザイルへ向かった。


「フランツが去ったあと俺は意識を失ったままのハンスの横で……」


 そして次に口を開いたのはイザークだった。

 フランツが去ったあといくらも経たないうちに、再び床が光り魔法陣が現れてストーンゴーレムが消えた。

 だがそれからしばらくしてボス部屋に再びオークロードが湧いてしまった。

 通路に避難していたもののオークロードに発見され、届かないのにも関わらず敵は攻撃をやめようとはしなかった。その状態のまま一人だけでずっと救出を待っていたらしい。

 その間ずっと動かないハンスを見ていてもしかすると……と思わないでもなかったが、それを認めてしまうと孤独で心が折れてしまいそうだったと。


 そこまでの話を聞いたケヴィンが重々しく口を開く。


「……なるほど、事情は大体分かった。聞いた限りではその魔法陣は転移魔法陣のようだ。ダンジョンに魔物が転移してくるなど初めて聞く現象だな」

「……ケヴィンさん、俺はそれと同じような事件を知っています」


 今まで深く考え込んだまま険しい顔で話を聞いていたケントが突然口を開いた。




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