第2話 旅の準備



「いいかい、聖女の血筋だっていうことと精霊のことは誰にも言っちゃいけないよ」

「うん、分かった」


 誕生日の翌日。今日は朝早くから起きて旅立つ準備を始めた。

 準備の前におばあちゃんに釘を刺された。精霊のことは極秘なんだよね。

 精霊っていうのは30センチくらいの身長でいつもふわふわ浮いている。そして神出鬼没で気紛れに現れたり消えたりするんだ。風火水土、他にもいろんな属性の子がいるんだけど皆個性的で可愛いんだ。


 おばあちゃんは精霊に寄り添うことであらゆる属性の精霊術を使いこなす。

 精霊術っていうのは精霊の力と空気中の魔素を使って行使する魔法のようなものだ。でも魔法とは違うんだ。

 他の人が使う魔法とは自らの体に内包する魔力を消費して行使するものだ。だから魔法は魔力が少ないと使えない。

 だけどおばーちゃんとわたしは魔法と精霊術の両方が使える。遥か西に住むエルフという種族を除いては、精霊の力を借りることができるのはおばあちゃんとその孫のわたしだけなんだって。


 精霊は幼い頃からのすごく大切なお友達なんだ。人間のお友だちはいなかったけど精霊がいたから寂しいと思ったことはなかった。

 退屈してるときや寂しいときに話し相手になってくれる。それに他にも薬草の群生してるところを教えてくれたりする。そして大雨が来るのを教えてくれたり、採取物の毒の有無なんかも教えてくれる。

 突然ふわっと風の精霊シフが現れ、まるでそよ風がくすぐるように耳元で囁く。


『大丈夫? 忘れ物がないようにね。私たちも一緒についていくから』

「うん。ありがとう、シフ」

『セシルはおっちょこちょいだからねー。皆心配なんだって』

「そ、そっか。でも嬉しいよ、皆ありがとう!」


 精霊たちの気持ちが嬉しい。なんだか大切に思われてるなぁって感じる。


『悪い奴にも簡単に騙されそうだからな!』

『クスクス』

『うちらが守るから気にせんでええでぇ』

「そ、そんなに頼りないかな……?」


 シフに続いて次々に現れた、火の精霊サラ、土の精霊ノーム、水の精霊ディーがふわふわとわたしの周りを回っている。可愛いなぁ。

 おっと、お喋りばかりもしていられない。旅の準備を続けなくっちゃ。


 時空間魔法を施したアイテムバッグにパンや竹の水筒を詰めていく。

 布のバッグの入り口に亜空間への裂け目を作ることでアイテムの出し入れが不自然に見えないようにする。でも大きすぎるものを出し入れするのは目立つから、あまり人前ではやらないようにっておばあちゃんに言われた。

 バッグの中は時空間魔法の効果で時の流れが止まっている。だから食べ物が腐ったり物が零れたりしないんだ。便利だよね。


 あとは武器だ。おばあちゃんが小さいときにくれたミスリル製のショートソードとマンゴーシュ。マンゴーシュは左手で防御用に使うんだ。

 それからテントと寝袋。おばあちゃんが旅してたときの物だから結構古い。破れてる所もあったけど補強は済んでいる。

 あとは塩。これは道中で補充が難しいもんね。


 そういえば今の聖女様ってどんな人なんだろうなぁ。おばあちゃんみたいな力を持ってるのかな? 王国へ行く機会があったら一度会ってみたいな。

 鏡に自分の姿を映してみる。んー、銀の髪と金の瞳で聖女だったおばあちゃんの血筋だって分かっちゃわないかな?

 おばあちゃんは王国から隠れてここに住んでいたわけだし、わたしもばれないように気をつけたほうがいいかもしれない。

 幻影ミラージュの魔法が込められた魔法石のペンダントを首にかける。ちょっとした変装ならこれで大丈夫だ。この魔道具で目立たないように髪の色を黒にしておこう。


 黒く変化させた長い髪を後ろで一つに括って、生成りの長袖のチュニックにモスグリーンのトラウザ、革ベルトにアイテムバッグ、茶色のショートブーツを身に着けた。そして最後にこげ茶のフード付きの外套を羽織る。

 これで旅の準備は完了だ。うん、だいぶ冒険者らしくなったね。ちょっと男の子っぽく見えるかもしれないけど。

 準備が終わったのでおばあちゃんに声をかけた。


「それじゃおばあちゃん、いってきます!」

「ああ、気をつけていっといで。どうしても困ったことがあったら、精霊に伝言を頼むんだよ」


 少し泣きそうな顔をしながらおばあちゃんはわたしをぎゅっと抱きしめてくれた。わたしもおばあちゃんの背中に腕を回しながら、やっぱりぎゅっと抱きしめた。

 ずっと一緒だったおばあちゃんと離れるのはやっぱり寂しい。だけどこれから一人で頑張るよ。

 優しくって大好きなおばあちゃん。きっとおじーちゃんを連れて帰ってくるからね……。


 まずは森を南の方へ抜けてさらに南にあるザイルっていう町を目指せばいいっておばあちゃんが言ってたな。

 出発する前にわくわくと逸る気持ちを引き締めながらふと上空を仰ぐ。すると木の葉の間から青空ときらきらとした日差しが零れていた。




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