第26話「俺、決着をつける」

 こちらのドラゴンゾンビの最初の反撃は火炎の放射であった。



 口に火を蓄え、ノズルから噴き出すような赤がスケルトンドラゴンとメリッサを飲み込んだ。



 だがスケルトンドラゴンは身じろぎさえしない。メリッサに至っては防護魔法のようなものでドームを作り、攻撃から身を守っていた。



「これは、不利だな」



 こちらの攻撃が効かない一方で、向こうの攻撃は喰らえばこちらに大ダメージを当たる。そんなものはワンサイドゲームだ。さっさと逃げるに限る。



「もう逃げ腰か? 逃げてばかりでは勝てぬぞ!」



 俺はドラゴンゾンビで縦横無尽に空を翔け、スケルトンドラゴンの暗黒球を避ける。その度に、何度か魔法が翼をかすり、ひやりとする。



 状況を整理しよう。こちらは炎による攻撃が効かず、向こうの遠距離攻撃は効果がある。ならば後は接近戦に賭けるしか勝利する方法はない。ただし分が悪い。



 その時、俺はあることに気付いた。



「待てよ。あのスケルトンドラゴンどうやって飛んでるんだ」



 スケルトンドラゴンと言うだけあって、その翼もまた骨だけだ。それなのにそいつは悠々と羽ばたいて飛んでいる。



 もしこれが魔法の仕業なら、活路はある。



 俺はドラゴンゾンビに命じて城内へ戻るよう命じた。



「フハハハッ! 逃げても無駄だぞ!」



 メリッサはスケルトンドラゴンを連れて馬鹿みたいに後を追ってきてくれている。作戦通りだ。



 俺とドラゴンゾンビは城内に飛び込み、地面に着地する。スケルトンドラゴンは広場に降りず、上空からそれを観察する。



 はずだった。



「何っ!」



 スケルトンドラゴンは城壁内に入ると、空中でバランスを崩す。何とか必死に羽ばたき、墜落は免れたが、地面に降り立ってしまう。



 そして地面の上で羽ばたき続けても、スケルトンドラゴンが飛ぶ様子はない。



「――おのれ! 土魔法の結界か。おかげで翼の魔法が切れたわ!」



 そう、やはりスケルトンドラゴンの翼には魔法が付与されていたのだ。それにより空気の抵抗を生み出し、飛んでいたようなのだ。



 そこで俺は城がアンデット避けの魔法に包まれていることに着目した。スケルトンドラゴンはおそらくアンデッド、何かしらの反応をする可能性はあった。



 できれば破壊までいければよかったのだが、そこまで都合よくはいかないらしい。



「包囲しろ、敵の指揮官だぞ!」



 城で待ち構えていたのはゾンビの群れと四人の女戦士達だ。彼ら彼女らは思い思いに斬撃、打撃、射撃をくらわす。



 しかし、どれもスケルトンドラゴンに効果を与えない。



「この、この、このおおお!」



 けれどもスケルトンドラゴンは自身を守るために翼と尾を振り回し、魔法を使う様子はない。更にメリッサは防護魔法を使うが、他の魔法は使わない。いや、使えていない。どうやら向こうも維持するので手いっぱいのようだ。



 この勝負、次の手を先に行えたものが勝利者だ。



「メリッサ! 最後に伝えたいことがある」



 俺はメリッサを少しでもかく乱するつもりで話しかけた。メリッサは声が聞こえていても反応する様子はない。その余裕がないのだ。



「心配してくれて、ありがとな」



「――何っ!」



 一瞬、メリッサの手が弱まる。チャンスだ。



「よし、落ちろゾンビ共!」



 俺は指示を飛ばす。そこには、城壁には、いつの間にか三百体近いゾンビの群れが上がっていた。それが、次々とメリッサに降りかかったのだ。



「し、しま――」



 メリッサは防御魔法に集中し、回避することはできない。雨のように落ちてくるゾンビは防げても、累積して積もっていくゾンビまでは避けることができない。



 つまりどうなるかといえば、ゾンビの雨で溺れていくのだ。埋もれていくのだ。



「こ、こんなことがっ!」



 耐えることのないゾンビの豪雨に、ついにメリッサの姿が完全に隠れてしまう。そうなれば、もう道は二つ。魔法の限界がきて腐肉に潰されるか。窒息死するかだ。



 メリッサは何事か喚いていたが、次第に静かになっていく。作戦は成功だ。



 完全にゾンビの山から声が消えると、スケルトンドラゴンにも変化が現れた。



 急に動きを止めたかと思うと、次には塩のように崩れ始め、一山の結晶に姿を変えてしまった。



「どうやら魔法で姿を維持していたのでしょうね」



「そ、そんな。俺の、スケルトンドラゴンゾンビ……」



「その名前、紛らわしいにゃあ」



 最後はあっけなかった。だがしかし、勝利は勝利だ。俺達は敵の首領を討ち取ったのである。





 その後、敵は撤退した。ならばよいのだが、そんなことはなかった。



 敵は指示系統を失ったとはいえ、漫然と攻撃する指示だけを受けていたのか、動きが鈍いだけで抗戦している。戦況は徐々にゾンビ達の圧勝に変わりつつあるのにだ。



 彼らは情報がないから、気づかないのだ。自分たちが死の淵にあることを知らないのだ。まるでペストから逃げるために家に閉じこもった住人のように差し迫る危機に鈍感になっているのだ。



 状況を把握していない兵士らは、指揮が来ないことを疑問に思わず、ただ自分達を守ることだけに必死になっている。だからこそ、個々で奮闘しており、それが結果としては軍の崩壊を免れていた。



 五日目の夕暮れはそうしている間に訪れ、日は沈み始めていた。



 最後に、俺はメリッサの死体をドラゴンゾンビで敵の軍の上に落としてやった。



 軍は敵の攻撃かと焦っていたが、自分達の指揮官がボロ雑巾のようになっているのに気づくのはそんなに遅くはなかった。



 敵は陣には戻らず、そのまま取るもの取らずに潰走し始めた。それはまさに脱兎のごとく、追撃を恐れて狂気に駆られて、唯一の帰還の道をひたすらに走る。



 俺はそんな彼らを襲わなかった。ゾンビの脚では逃げる兵士に追い付くのは無理だし、何よりこれ以上ゾンビを増やす理由もなかった。昔なら考えられないことだ。



 月が浮かび、星が満天の空になる頃には敵の姿は一兵もいなくなった。



 俺達は、その晩勝利の祝杯を挙げたのであった。

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