第21話「俺、晩餐会を開く」
テンシと呼ばれる魔法生物をゾンビに変えた後、俺達は城の守りを固めることにした。
幸い、ほとんどは領主の軍勢が既に準備しており、設備はそのまま使うことにした。大変なのは、備蓄された物資を領主の兵士が使い果たしていることだった。
それも実験室にあった隠し倉庫の物資を使い、何とか用立てる。シャイから聞いた城の仕掛けもそのついでに確認した。
城の仕掛けは意外に多彩だった。外壁から杭が飛び出し梯子や攻城塔を破壊する物や、城から外に出る抜け穴など。使えば戦況を変えることができそうなものだった。
丸太や石などはゾンビ達に伐採、拾いに行かせて、煮え湯や煮え油も用意した。シャイに助言を受けた配合で松脂と油を混ぜ合わせ特製の混合物も作り。堀も更に深く掘って。城壁の上には、隠し倉庫で見つけた組み立て前のバリスタを完成させて、据え付けた。
そうして城の守りの準備は整えられつつあった。
俺はその晩、メリア達と相談して晩餐会を開くことにした。
ゾンビ共に料理を任せるワケにはいかないので、結局のところ四人の女性陣に任せることとなった。俺も手伝おうかと思ったが、当然のごとく拒否された。
メリア、ニィモ、ジルが修道院勤めなのもあり流石に食卓に肉は並ばない。それでも、小麦の白パン、空豆のポタージュ、野菜のシチュー、サラダと果物、塩漬けの魚を焼いたもの、卵にチーズと中々の品ぞろえだ。ついでに飲み物にはワインがある。
メリアは食べすぎてはいけない、とたしなめているものの、楽しそうにしており。ニィモとジルとリズは、はしゃいでいる。
今回の食事も祈りを捧げ。寡黙に食べるべきところを、俺とリズも混じっていると言うことで特別に会話しながらの食事を、メリアは許可してくれた。
「へー、リズの所では肉をよく食べるのかにゃあ」
「ええ、私の所では狩りでよく鹿の肉やウサギの肉が手に入るの。だけどパンなんて久しぶりに食べたわ。ヒチの村と昔交流があったころは、物々交換で食べていたものよ」
「そうなのかにゃあ。それなら、ジルは覚えているのかにゃあ」
話題を振られたジルはワインを片手に、応答した。
「私がいた頃には既にエルフの村と物流があった。肉もだけど、木の実や果物も手に入った。土地の管理の問題でエルフの村と疎遠になったけど、覚えている」
「ジルとはその頃から知り合いなのよ。確かあれは、何十年前だったかしら」
「……やめろ。いうな。ワインがまずくなる」
女性三人が仲良く談笑し、それをメリアがにこにこしながら見つめている。俺はその様子を、黙って見ていた。
「楽しく話している途中で悪いが、聞いてほしいことがあるんだ」
俺は意を決して口を開いた。四人は何事か、と驚いて俺の方を向いた。
「明日の朝ならまだ邪な勢力の軍は来ないと思うんだ。だから、明日の朝なら間に合う。四人とも、村に帰ってくれ」
俺の言葉に、リズを除いた三人は驚いた。メリアが何か言い返そうとしたが、それを遮って俺は言葉を続けた。
「今回の戦いは包囲戦の、される側だ。そうなると誰かが犠牲になるかもしれないし、下手すれば全滅する。ゾンビは元から死んでいるようなものだし替えは利く。けれど四人はそうもいかない。俺は、お前たち誰かに死んでほしくはないんだよ」
それは異世界に来る前、俺の生活が犠牲の上に成り立っていたからこその願いだった。これは自分の行いへの清算、けれど罪滅ぼしなどときれいごとを言うつもりはない。
ただ、この世界では人のためのゾンビであることを貫くと決めたのだ。シャイとの最後の会話で、俺はそれを再認識した。だから、犠牲は俺とゾンビ達だけでいい。
「馬鹿なことを言うなにゃあ!」
ニィモを筆頭に、リズを除いた三人は頑なに反対した。
そもそも修道院は邪な勢力と立ち向かうための組織、逃げることは許されないと言うのだ。俺の生前の知識では修道院はもっと慎ましいものだったので、この世界ではかなり武闘派に偏っているようだ。
第一、ここで俺が敗れた場合、次に襲われるのはエルフの村やヒチの村の住人だ。そうなれば、皆殺しか奴隷にされる。それならば戦うと主張するのであった。
「黙っているようだがリズはどう思う」
俺は敢えて三人を無視してリズの意見を訊いた。
「正直に言えば、私は逃げたいわ」
「なら、そうすれば――」
「でもね。エルフの村が次に襲われるのは事実だし。何より、私はまだ城の三分の一の財産という約束の報酬を貰っていないの。そう安々と帰ってやるもんか」
リズは舌をちろりと出して、俺の提案を断った。
「私は、本来なら領主に殺される運命だった」
リズの後に口を開いたのは、メリアだった。
「それが異邦人、ケントのおかげで変わった。これが神のお導きならば、救われた命はケントのために使うのが正しい信仰だ。私は例え城門の外に放り出されても戦う」
メリアの眼差しは真っすぐと俺を貫き、その意思は固い。
「私もだにゃあ。でも、城壁の向こう側は嫌だにゃあ!」
「私も戦う。微力だけど」
ニィモはともかく、ジルも言葉を曲げる気はなさそうだ。
「……分かったよ。俺も底意地が悪かった。四人には、頼らせてもらう」
俺は四人の頑な決意に逆らえず、潔く承諾した。
「そうと決まればもっと酒を飲むわよ。酒、食事、女! 今夜は楽しむわよ!」
「うにゅう。抱き着くなにゃあ。リズ、顔が赤いにゃあ」
リズはワインを一杯飲んだだけなのに、その顔は熟れたトマトのように赤い。どうやら酒には弱かったらしい。
メリアがリズの酒乱を厳しく叱り、リズ本人はそれに動じずにニィモのワインを口にそそぐ。ニィモはワインの横取りに声を荒げ、ジルは自分の残りのワインを死守している。
「まったく、俺一人で考えていたのが馬鹿らしく思えるほど騒がしいな」
平和な夜は五人の笑い声と共に、ゆっくりと過ぎていくのであった。
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