第12話「俺、エルフの村に着く」

 ジルに案内された方角は、東だった。ウェズ山脈は北西から南東にずっと続いているので、北に行くのとは別に山に近づいていく。



 その道は北に向かった時と比べてずっと険しい。なにせ人が踏破した後がまるでないのだ。文字通り道なき道を進んでいくことになる。



「この道で会ってるんだよな? ジル」



「大丈夫。ウェズ山脈の形を目印にしておけば、迷うことはない」



 ジルはこの中で最も短い脚の割に、健脚だ。メリアやニィモと比べても疲れた様子はない。ただ村人達はかなり遅れており、ゾンビの集団よりも後を歩いている。そろそろ休憩をいれるべきかもしれない。



 そう考えていると俺の嗅覚に反応があった。



「これは、死臭と焼ける臭いか」



「―――! 待て、ケント。先に行くな」



 俺はジルが忠告するのも無視して、独断で先を行く。俺の鼻にかかったのは遠いが、かなり濃い死の香りだ。俺の望んだ死体の山がそこにある。



 俺が走り出すと、今度は空に黒い煙を見つける。ヒチの村からずいぶん離れたから、そことは別の火元があるようだ。俺は臭いの元が煙の来る先にあることを感じた。



 更に森の中を進むと、横たわった誰かがいる。村人とは違い、耳の長い身体だ。俺は致命傷を受けているそいつに、息があるかどうかも確認せず噛みつく。



 幸いそいつは死体だった。俺は大振りの肉片を口に含むと、一気に嚥下する。



「旨い。新鮮な死肉だな」



 俺は鈍い味覚から肉の情報を拾う。エルフの肉は肉食の雑味は少なく、草食のような青臭さがある。ただ脂肪は少なく、筋が多く、俺の好みとはほど遠い。



 俺はエルフの死体の鮮度を、臭いを嗅いで把握する。やはり、その身体はかなり最近にこと切れたようだ。



 俺はエルフの村らしき方に近づく。その道すがらには他にも死体が、点々と道案内のように配置されており、俺は賢いグレーテルのように口で拾い上げつつ進む。



 そして森を抜け、村が見えてくるころにはエルフのゾンビは十体ほどに増えていた。



「死臭が更に濃くなった。死体はまだまだあるな」



 俺はエルフの村の中に入っていく。そこは凄惨な現場だった。



 死体だ。死体の山だ。胴体を斬られた死体、脳をかち割られた死体、槍で胸を穿たれた死体。それらが薪のように積み上げて置かれている。



 これはまさに、俺にとっては夢のような光景だ。



「よし、ゾンビ共。死体は残らず感染させろ」



 俺はエルフのゾンビ達にその場は任せて、村の中央に向かう。



 何故ならば、その方向にはまだ生きた生物の臭いを感じるからだ。



「このままエルフの村人を全てゾンビにするのもいいが、ワイバーンのことを考えると射手か魔法使いの協力が必要だからな」



 俺が村の中央に着くと、広場が見えた。中心には井戸があり、その周りにはエルフらしき村人がいる。



 エルフは女子供ばかりで男はいない。また、そのエルフ達を囲むようにしているのは人間の男たちだ。



 人間の男達の手に持った武器は血で濡れており、この村を襲撃した実行犯であることは容易に想像できた。



「そのエルフ共は俺のものだ。引き渡せ、人間!」



 突如闖入した俺に気付いたのか、人間の男達は武器を俺に向ける。俺はそんなことお構いなしに、近くの男に躍りかかった。



「更に、一人」



 俺は男の首筋に噛みつく。男は鮮血を噴水のように上げて、倒れた。



 人間の男たちはその強襲に混乱しているようだった。



「何故アンデッドが俺達に!」



「構うな。襲い掛かってくるなら、仕留めるまでだ」



 俺が男の肉を食んでいると、人間の男二人が剣を振り下ろそうとする。



 しかし、それは後続から小走りで近づいてきたエルフの死体達に遮られた。エルフの死体はそれぞれ五体がかりで人間の男を襲う。人間の男達は叫ぶまもなく、首を細い歯の羅列に食い破られる。



 それからはただの殲滅戦であった。武器を持って果敢に立ち向かう者も、武器を捨てて逃げる者も、何人も差別することなくエルフのゾンビ達は平らげる。



 気づけば、中央の広場は人間の男達の屠殺場に変わっていた。



「さて、エルフの生き残りは」



 俺が井戸の周りで怯えているエルフ達に近づく。すると、エルフ達はヒッと悲鳴を上げる。



「もう安心していい。ところで他に生き残りはいないのか?」



 俺は血と肉片でデコレーションされた、腐った腕を伸ばす。恐れをなしたエルフ達は波が引くように、俺から離れた。



 エルフの女子供は、そんな風に震えてばかりなので、これでは情報を聞くこともできない。



「これはメリア達が着くまで待つしかないか。……うん?」



  中央の広場から東に抜ける道に、動く人影を見つけた。村を略奪した者達の残りだろうか。



「これは! 村がアンデッドに!」



 その先頭にいたのはブロンドの短い髪が美しいエルフの女性であった。長いもみあげの髪を紐で結び、服は動きやすい質素な格好をしている。



 その後ろには村の男達らしき者が続き。皆、弓や剣を携えている。



 エルフの女性は中央の広場に入るや否や、俺やゾンビ達を憎々しげに睨む。その目には悲しみと怒りに涙を溜めている。



「……また勘違いされるのか」



 俺は諦めたように、ため息をついた。

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