第9話「俺、脅す」

「どうしたものか」



「どうしたものか」



 多少逃げられたものの、百人近い兵士を飲み込み、ゾンビの戦力拡充は順調であった。しかし、修道院や村の人々への印象は最悪だ。



 今はゾンビ達を休眠状態にし、メリアとわずかに残った村人と対面している。さて、どのように言い訳をするか。



 俺が悩んでいると、先に声を掛けてきたのは意外にもメリアの方であった。



「ケント、斬られたのではなかったのか。それにこのアンデッドの大群を呼んだのも、止めたのもお前か?」



 メリアは動揺しているのか。いつもケントに話している丁寧口調は捨てている。それはそれで親近感を持てるし、何よりこの状況で俺を心配してくれるなんてその慈悲深き心に涙が出そうだった。



「無事なのは俺が不死身に近い身体だからだ。これも病魔のせいでね。アンデッドについては、正確に言えばこいつらはアンデッドとは別の存在だ。信じてくれないだろうけど」



「……いや、私は信じる。お前は聖なる土の魔法の結界にも拒絶されなかった。少しでも邪なる魔法と関係があるならば、この村に近づいた時点で異変があったはずだ」



 メリアは、心配顔の村人に向き直り、こう告げた。



「村の者達よ。心配しなくていい。ここにいられるのは聖刻を持ったお方だ。彼はアンデッドを封じ、操りなおす術を持つお方だ。心配することは何もない」



 メリアの言葉に、村人は合点がいったらしい。次々に納得したように頷き、人によっては「おお、祝福されし聖刻の方とお会いできるなんて」と、のたまっていた。



「聖刻ってなんだよ? メリア」



「やはり知らないか。聖刻とは聖なる者でも最上の、不死に近い力を兼ね備えたお方のことだ。他にもホーリーリジェネレーターなど肉体を再生する術を持つ方もいるが、聖刻はその中でも最高の。蘇生することができる術も持っている」



「それなら邪刻は邪なる勢力の側だということか。俺がそっちじゃない理由はないんじゃないのか?」



「先ほど言っただろう。聖なる土の魔法に反応しなかった、と。ならばお前は聖なる勢力の側だ。最初の私の見立ての通りだな!」



 どうやら最初アンデッドと間違えてターンアンデッドなる浄化の魔法をかけたことは記憶から消えているようだ。先ほどの無策な突撃といい、今回といい。メリアは天然か、ひどく言えば馬鹿なのだろうか。



「ところで、聖刻の者はどの国でも優遇されている。国の中心に戻れば生活には困らないはずだ。何故、こんな片田舎に?」



「それは―――困ったな。正直に話すべきか。うん、そうするか」



 ケントは信じてもらえなくて元々と、異世界に来るまでの経緯について話した。とは言っても、ゾンビパニックの事は伏せて、ゾンビウィルスに罹った後こちらの世界に来たというシナリオに差し替えた。



「―――そうか。とても信じられない話だな」



「ま、当然だ。俺を頭のイカレタ男と思ってくれても構わない。でも」



「いえ、私は信じる」



「……何で!?」



「先ほどの発言と矛盾するが、本当のところ私は最初ケントを疑っていた。しかもそれは信じるべきことだったにも関わらず、だ。今度はその償いをさせて欲しい。私はその荒唐無稽な話を、信じる」



「そうか。信じてくれて、ありがとう」



「ただし、その話は私とケントの間だけにしましょう。聖刻の方でも精神病棟に入れられかねませんから」



「……言う通りにするよ」



 それからはメリアと残っていた村人総出で、逃げた村人とニィモやジルの捜索を開始した。ニィモとジルに関しては、メリアを心配して村の外周におり、すぐ再会できた。他の村人に関しては、長い時間をかけて探すしかなかった。



 また、ニィモとジルには事の真相を話す。流石に異世界転移の話は荒唐無稽なため避けたが、二人は納得したようだった。



「すごいにゃあ。聖刻の人がこんな片田舎に来るなんてにゃあ」



「人は見かけによらないものね」



 二人が一通り感心した後、これから領主の対策をどうするかという話になった。今のところ、メリアがアンデッドを手引きしたという疑いがかけられているので、これを弁解するという方法もある。



 ただし今の村の様子を見れば、容疑どころか村をアンデッドで占領した実行犯に見られるだろう。



「そもそも、メリアがアンデッドを手引きしたという話はどこから出たものなんだ?」



「それは、あの人に訊いてみましょう」



 メリアは村人が不自然に固まっている場所に目を移す。よくみれば村人たちは、縄で拘束された騎士を囲っているではないか。



「アンデッド、ではなかった。ゾンビ達に追われて騎士たちが逃げ出した際、こちらに向かって転倒された騎士がいたので、捕らえておいた」



 騎士の様子を見る限り、彼の右肩は脱臼しているように見える。鎧も右肩だけ打撲を受けて凹んでおり、明らかに転倒してできた傷ではなかった。



 けれども怖いので、深く追及するのはよしておこう。



「それで、騎士様は一体何を話してくれるんだ?」



 俺は騎士の顔にゾンビ顔をめいっぱい近づけて、律儀に頼む。



 騎士はそれに反して顔を引きつけて首を横に振る。強情な奴だ。



「聖刻の方の質問だ。はっきりと答えろ!」



 メリアは、騎士が庇っている右肩を、遠慮容赦なく踏みつける。騎士はそれに耐えかねて低く唸った。



「や、止めてくれ。俺は領主様の命令でメリアを捕らえに来ただけで何も知らないんだ。信じてくれ!」



「本当にそれだけか。騎士たるもの、アイアンメイデンの勇名を知らぬわけではないだろう。本当に何の説明もなく、疑いもなく、領主を信じたのか?」



「そ、それは……」



 もう少しで騎士は情報を話しそうだが、中々口が堅い。よほど話したくない理由があるのだろう。なら、なおさら聞かねばならない。



「では手始めに指の骨を一本ずつ折りましょう」



「―――はっ?」



「一本目」



 メリアは躊躇なく、そこらへんの小枝を拾い上げるかのように騎士の人差し指を折った。



「ぎゃあっ!」



「次余計なことを話したら、親指を折りましょう。指を全部折ったら、次は爪を順々にはがしましょうか。爪の次は歯でも抜きましょう」



 メリアは家庭料理の説明をするかのように、淡々と説明した。



「待ってくれ。分かった。話す。話すから」



 騎士はなんとか二本目の指を折られただけで済んだ。





 騎士はメリアに優しく尋問されて、次のように喋った。



「りょ、領主様は邪な勢力と手を結ばれたのだ! 元々、メリアに告発される以前から国の軍事費の横流しや許可されていない略奪がばれそうになって。寝返りの機会を伺っていたのだ。俺達騎士も、領主様から御目こぼししていただいて好きなようにしていた。それに邪な勢力は俺達にも金と美女をよこしてくれた。転向しない理由がないだろう?」



「ゲスめ」



 メリアが一言感想を言う。



「ゲスだな」



 俺も同意した。



 騎士の処遇については、このまま捕虜にしておいて有利になるかと言えば、領主のこれまでの策略を考えると効果は薄そうだ。



 斬り捨てておくのも忍びないし、何より同じ外道に落ちたくないので、騎士は解放してやることにした。ついでに、領主に向けた手紙も一筆添えておいた。



「挑発しても、しなくとも。おそらく領主はこの村に攻めてくるでしょう。それも今回の兵士より、数も練度も高い軍隊を引き連れて」



「何時頃来ると思う?」



「おそらく明後日、遅くとも三日後には。斥候が帰ってこなければ、すぐに飛んでくるでしょう」



 メリアは落ち着いて、そう分析した。



 騎士を放した後、メリアはゾンビに変わった兵士を弔ってやる。と言い出した。



 ゾンビ歴の長い俺にはピンとこなかったが、人は人が死んだら祝うか手を合わすかするものらしい。そのうえ、兵士の多くは領主や騎士の所業を知らずにゾンビになった被害者だ。弔ってやるのが道理なそうだ。



「ゾンビになった人たちは死んだのか? 元には戻せないのか?」



「自我を失くし戻ってこられないことを死というなら、そうだ。俺とは違ってな。そして元には戻せない。昔、このゾンビ感染を治療してた連中も無理だったと話していたからな」



「……そうか」



 メリアは村人と共に、静かにゾンビ達へ祈りをささげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る