第37話 天才物理学者たちの狂乱
「そんな……、そんなッ……!?」
あまりの一瞬の出来事に、岩平の頭の中は真っ白になって、その場で膝をついてしまう。その時、フォノンの方から目を離してしまったのがいけなかった。その隙にフォノンはこっそりと、ヘリコプターからかけられた梯子に飛び乗ってしまう。それに気付いた岩平が慌ててヘリを追いかけるが、ヘリの上昇までには間に合わない。
「じゃあね~、愛しき平和ボケ君たち~❤ 次に会う時を楽しみにしてるよ~❤」
「まッ、待ちやがれぇええええッッ!」
そのままヘリコプターは山側の彼方先へと飛び去って行ってしまう。岩平には叫ぶ事しか出来なかった。もはや追いかける手段が全く無くなった岩平は、その場に呆然と立ち尽くすしかなくなってしまった。
「がんぺー、今はとにかく一旦下に降りましょう……。あの爺さんがそんな簡単にやられるハズが……」
「あ……、ああ、そうだな……」
内心焦りでいっぱいだったが、気を持ち直した岩平はリーゼルに肩を貸して歩き出す。ともかく下に降りて辺理爺さんを探そうと、岩平は屋上の階段扉へと手をかけた。
「ふう、奴らはもう行ったか……」
「ジジイッ!? 無事だったのか!?」
なんと、扉を開けた先には辺理爺さんがいた。土埃まみれではあったが、どうやらリーゼルの言う通り、ちゃんと逃げれていたらしい。
「当たり前じゃ! あれしきの攻撃、儂は華麗に緊急回避してみせたわい! まぁ、おかげで儂の大事な車は潰されちまったけどな……。おまけに、腰がちょっと痛い……。イテテ……」
土埃で薄汚れた爺さんのどこが、華麗なんだと思った岩平だったが、口には出さないでおいた。
「よかった……っ、辺理……」
無事を確認して安堵したのだろう。リーゼルはそのままパッタリと気を失う。慌てて岩平はそんなリーゼルを抱きかかえるが、ここで重大な事に気付いてしまった。
「んで……? 車無くなったんなら、俺たち一体どうやって帰るんだ……?」
駅前のテロ騒ぎで当然バスは運休状態だし、タクシーは避難民でいっぱいだろう。もはや移動手段が残されていないのである。
「……そこはまぁ、歩くしかあるまい……」
結局、この日は戦い疲れてクタクタなまま、リーゼルをおんぶして3キロの道のりを歩く羽目になったのであった。
※※※
ようやく家にたどり着いた時には、もう日がすっかり沈んでいた。時計は十時をまわっている。
「いたた、いた痛っ! もうよせ、やめてくれ! がんぺい!」
閉店した電気屋の中に、痛みを我慢するリーゼルの喘ぎ声が響く。
「ダーメだって、ちゃんと消毒しとかないと、バイ菌が入っちゃうだろ?」
「そんなのいいって! どうせ物理学者なんだから、少し寝れば治るって!」
それでも岩平は聞く耳を持たず、リーゼルの足のたくさんの擦り傷に赤チンを塗り付ける。意外とリーゼルはこういうの苦手らしい。
「全く……、前代未聞じゃな……。まさか、街中でミサイルと核物質がぶちまけられるとはのう……。まぁ、核物質の方はフェルミの死亡によって消えてくれたみたいだが……」
辺理爺さんは、店のたくさんのテレビで同時に全チャンネルのニュースを見ていた。そのどれもが、先ほどの戦いでの爆発についてのものだった。ニュースでは同時多発テロ事件とされ、鷹月警察が総力を上げて捜査していたが、まだ物理学者の存在はおろか、ミサイルの使用までは明らかになってはいないらしい。流石は空気を操る物理学者(フィジシャン)のフォノンだ。ご丁寧に、爆発音は地上にまで届かないようにしていてくれたらしい。一応、奴らはまだ真理論争の事を明るみに出したくはないらしく、建物の派手な被害の割には、犠牲者は少なかった。おそらく、これら全ての攻撃はフォノンが計算して当てていたのだろう。幸か不幸か、あの騒動での民間人死亡者は及川一人だけみたいだった。しかし、それでも怪我人は38人という未曽有の事件である事には変わりがない。
「……本来は、こんな事態を避ける為に、本が燃えてしまう程の演算者(オペレーター)への過度な攻撃は禁止されているんじゃがのう……。そのルールによって、街への無差別テロ攻撃は防がれる筈じゃったのだが……。まさか、あそこまでノイマンが伝説に聞く以上に恐ろしい輩だったとはな……」
辺理爺さんが神妙な面持ちで考え込む。どうやら今回の衝突は、街にも自分たちにもかなり深刻な事態を引き起こしているようだった。
「実際、統計力学書はフェルミもろとも燃えてしまったみたいだしの……。まぁ、それについてはまた新たな統計力学書がどこかに現れるのを待つしかあるまい……」
それを聞いて岩平は微妙な気分になる。これで、せっかく用意した誕生日プレゼントがおじゃんになってしまったのは確定だった。それどころか、また新たに現れる統計力学の物理学者(フィジシャン)
を倒さなきゃいけないのかもしれないのである。しかも、さっきの戦いで、二人以上の物理学者がグルになっている伏まで見られたのだ。これからも、これまで以上の苦戦を強いられる事は容易に想像できる。真理論争とはなんてクソゲーなんだろう。
「事件発生から4時間経ったが、街の混乱はまだ続いておる。今夜はみんな、とうてい安眠できないじゃろうな。学校だって、あの損傷では当分再開できないじゃろうて……」
爺さんの言葉を聞いて、リーゼルが暗く沈んだ顔になる。それもその筈だろう。まだ入学してから2日しか経ってないのに、学校を休校させられたのである。その悲しみは誰にも推し量れないものだった。さらにまた同時に、リーゼルは拭い去ることの出来ない罪悪感を抱えてもいた。
「……ごめんなさい、アタシが街の方へ移動してしまったから……。アタシのせいで、あんな事に……」
気付けば、リーゼルの目からは涙がポロポロと零(こぼ)れだしていた。止められなくなって、悔しいのにシクシクと泣き出してしまう。
「りッ、リーゼルのせいじゃねぇよ。あのサイコ野郎に追い詰められていった事くらいは分かるさ……」
涙を見て慌てた岩平は、リーゼルをなだめて涙を止めようとする。
しかし、それでも納得できないリーゼルは、ついには言ってはいけない事まで言ってしまった。
「……アタシがすぐに最初から諦めて、自分の命を差し出していれば……、街の人たちは傷付かずに済んだのかも……」
その言葉を聞いた岩平は、唐突に立ち上がって傍の机を叩き、激怒した。
「冗談でも、そんな『もしも』は言うんじゃねぇッ! お前が命懸けで奴を止めようとしてくれたんだろ!! 確かにアイツらは強過ぎた……。まるで敵わなかった……。けどそれでも、あんな奴らの行動は絶対に許しちゃいけねーんだ! 決して、のさばらせちゃいけねーんだ!」
岩平が怒ったのは、自分の命を軽視するリーゼルの発言に対しての事だった。そして岩平はリーゼルと向き合い、拳を強く握って自身の絶対の決意を顕(あら)わにする。
「次は必ず倒す! 俺ももっともっと強くなる!! だからお前も死ぬんじゃねぇぞ! リーゼル!!」
その言葉はとても力強いものだった。どこか人の心を安心させるような、心地よくなる何かを持っていた。
「ありがと……、がんぺい……」
そうリーゼルがゆっくりと頷いた時、もう彼女の涙は止まっていた。
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