第21話 デーモン・コア
「なっ、これは……、『磁力』だと!? 馬鹿な、演算子も持たずに物理演算(シミュレート)を発動させるなんてっ……!?」
岩平が感覚だけで発動させたのは、磁場の物理演算(シミュレート)だった。腕の生体電気を利用して、コイル替わりの巻いた鎖でそれを増幅する事で、拳の先に強力な磁力を発生させたのである。高温の燃料棒には磁場が効きづらいが、銃身自体は鉄なので十分に磁場が効くのだった。
「うおおおおおおっ!」
フェルミが一瞬呆気にとられた隙を見逃さず、岩平は立ち上がって次々に拳を繰り出す。
「くっ、何だコイツ!? さっきより強く……!」
慌ててコンパスを地面から引き抜いてそれをガードするフェルミだったが、次々に撃ちだされる磁力の衝撃に、銃身ごと押されてジリジリと後退していく。
「なあっ……!?」
やがて、コンパスは磁力の衝撃に耐え切れずにフェルミの手から弾き飛ばされた。
「ああああッ!!!」
すかさず岩平はフェルミに渾身の一撃をぶち込む。正拳はフェルミのどてっ腹へと当たり、及川の方へと数メートルは吹っ飛んで、無様に地面へと転がった。
「ぐうぉおおおっ!?」
「エンリコぉっ!!」
一方で、一気に力を使い過ぎた岩平も、息切れを感じてその場にひざまづいてしまった。
「クッ……、クハハハハ!! 効いたぞ少年!!」
だが、フェルミは笑っていた。口から血を流しながらも、ヨロヨロと立ち上がったのである。強烈な拳の磁力とともに、身体は水分子の反磁性で吹き飛ばされ、肋骨を数本持ってかれはしたが、それでもまだ致命傷には至らなかったのだ。
「……君の敗因は、一撃で私を仕留めきれなかったことだ」
そうして、フェルミは再び右手にコンパスを出現させて構える。しかし、前と違ったのは左手にも、もう一本のコンパスが出現していた点だった。二刀流である。しかもその左手のコンパスは対照的な色違いのシアン色で、明らかにどこか禍々しいオーラを放っている。
「二本目の演算子……?」
最初は岩平も、二本目なんてただの複製ではないかと思っていたが、だんだんと違う気配を感じ始める。警戒して十分に距離を取っていた岩平だったが、何を思ったのかフェルミは岩平までの距離がまだあるにも関わらず、二本のコンパスを掲げて同時に振りかぶった。
「まずい! そいつから離れろがんぺーっ!!」
いち早くその危険性に気付いたのはリーゼルだった。とっさの判断で飛び出して、岩平を横へと突き飛ばした。
「臨界――――『中性子(ニュートロン)バースト』!!!!」
フェルミが二つの針どうしを火打石のように打ちつけたその刹那、眩い青色の閃光が発生する。それらの光は、巨大な斬撃のように飛び、リーゼルの背を掠めて南校舎の四階部分を真っ二つにした。
「ぐあああああっ!!!」
「リーゼルっ!!」
その砲撃を背中に少し喰らったリーゼルは苦悶の表情を浮かべる。背中の服が焼け焦げ、かなりの火傷をしてしまったようだ。
「ほう……、この程度の被曝では死なんか……。やはり、物理学者は丈夫だな。コイツを作った私の二人の部下も、もしそうだったのなら、死なずにすんだのかね……」
フェルミが溜息まじりに呟く。彼が言ったのは、かつてロスアラモスの研究所で二回も起きてしまった、有名な臨界事故の事だった。
「今の青い電離光……、やはりソイツは、あの悪名高い『デーモン・コア実験』の遺物か……。この悪魔め!」
その遺物とは、かつての原爆開発研究の時に製造されたプルトニウム塊の事だった。恐ろしく危険な代物で、この塊に中性子反射体である金属ベリリウム塊などを接触させると、たちまち臨界に達して、強烈な中性子線などの放射線を発生させる。実際、これを研究していた連中が、実験ミスで急性放射線障害を起こし、2名が死亡してしまう臨界事故まで起こしている。
フェルミの持つ武器は、そのプルトニウム塊を物理演算(シミュレート)によって再現したものだ。燃料棒の針だけでも十分強力だが、さらに二本目の針は、中性子反射体であるベリリウムの金属を使用して、この二つを接触させる事で、前方へと中性子束を発生させて攻撃していた。それが中性子(ニュートロン)バーストの正体である。発動時に見える青い光は、中性子線が大気分子に衝突した時に発生する、電離光と呼ばれる光だ。
「全ては必要な犠牲(サンプル)だったのだよ。原子炉もマンハッタン計画も全部、あの戦争を終わらせる為には仕方のない事だったのさ」
あっけらかんとした顔でフェルミは言う。
「……そんな言葉、この日本の地でよく言えるわね。あの原爆研究のせいで、一体どれだけの人々が亡くなったと思ってるの?」
リーゼルはフェルミのモラルの無い発言に苛立ちを隠せない。特にリーゼルは純粋な物理屋として、物理学研究が政治に利用される事を毛嫌いしていたし、さらには岩平だって核兵器の被害者と言えるからだ。フェルミの研究は、後に原子爆弾という悪魔の発明を完成させてしまった原因の一つそのものと言える。
「その犠牲者のおかげで、戦争は早期に終わり、より多くの人々の命が救われたのさ」
「ふざけないで!!」
苛立ちが限界に達したリーゼルは、二回目の物質波(マター・ウェーブ)をフェルミめがけて放った。
「シュレーディンガー方程式――――『物質波(マター・ウェーブ)』!!!」
「臨界――――――――『中性子(ニュートロン)バースト』!!!」
すかさず、フェルミも中性子バーストを放つ。両者は大きな轟音とうねりを上げて衝突し、ついにはお互いに消滅してしまった。
「なっ、相殺!? アタシの物質波(マター・ウェーブ)が……っ!?」
「やはり、君のその物理演算(シミュレート)は血液を媒介とするのか。道理で私の中性子をよく吸収してくれる訳だ……。だが、その血はいつまで保つかな?」
自分の一番の大技をあっさりと相殺されて、呆気にとられるリーゼルをよそに、フェルミは次々と中性子(ニュートロン)バーストの連打を叩き込む。
「ぐううっ……!!」
負けじとリーゼルも細かい物質波(マター・ウェーブ)を連発して、どうにか中性子(ニュートロン)バーストを相殺するが、次第に押されて分が悪くなってゆく。
「ククク! さぁどうする!? 私の中性子はその名の通り、電荷的に中性! つまりは、我妻岩平くんの磁場で弾く事も不可能! その磁場だって、距離の逆2乗則で減衰する! 離れたところで攻撃してさえいれば、何も怖くない!」
有利な状況を確信したフェルミは、ここ一番の特大中性子バーストを放出する。急いでリーゼルは対抗の物質波(マター・ウェーブ)を放つが、いかんせん、既にリーゼルには限界が近づいてきていた。
―ぐっ……、手の震えが止まらない……。
―お願い、どうかもう少しだけ動いてっ! アタシの身体……。
力の放出を続ける二人だったが、明らかにリーゼルの方がジリジリと押されていて、もう中性子(ニュートロン)バーストは数メートル先へと迫ってきていた。リーゼルは苦悶の表情を浮かべて、必死に抵抗しようとするが、使える血液の絶対量は決まっているのでどうにもならない。既に消費量はリーゼルの命が危険な領域にまで達してきていた。
「―――俺の血を使え、リーゼル」
その時、岩平の声がした。リーゼルの背中を支え、一緒にリーゼルの持つ槍斧へと左手を添える。
「がん……ぺい……?」
リーゼルは岩平の左手を見てギョっとする。何故なら、その左手はおびだたしい血にまみれていたからだ。おそらく、そこらに転がっていたガラス片で、自ら手首を切ったのだろう。血はどくどくと溢れ出し、リーゼルの手へと滴る。
「お前はもう、一人で戦っているんじゃない。俺がいる! だからもっと俺を頼れ! 遠慮なく力を借りろ! 俺とお前はもうとっくに『友達(ダチ)』だろ?――――」
岩平の言葉に、リーゼルはどこか胸の奥が熱くなるのを感じた。強張っていた心が溶け、手の震えが次第に止まってゆく。
そうだ――――
アタシはもう、一人で戦っていたあの頃とは違う。
今はがんぺーがいる。アタシの事を見てくれているがんぺーがいる。
アタシはもう、一人じゃない!
共に戦おう――――――戦友(とも)よ!!!!
リーゼルは左手で、岩平の左手をそっと握る。すると、その手の平の上からは、血が集まりだして、次第に棒状の物を形成してゆく。
「微分演算子――――『物質波(マター・ウェーブ)・∇(ナブラ)』!!」
それは、今まで何回やっても出現させる事の出来なかった、左手のナブラだった。岩平の血を借りて作った物質波(マター・ウェーブ)で形成し、ようやく生成する事に成功したのである。そのナブラは、紅々とした赤い光で鈍く輝いている。
「させるものかっ……! 最大出力臨界――――――――――――『中性子(ニュートロン)バースト』ぉおおぉぉっっっ!!!!」
二本目の演算子の出現を見たフェルミはとどめを刺そうと、さらなる力の上乗せをして、最大級の中性子バーストを向かわせる。
「行くよ、がんぺー……」
もう中性子バーストは眼前へと迫ってきていたが、リーゼルはもう何も怖くなかった。岩平と共に左手のナブラを天高く掲げ。やがて、それは振り抜かれる――――。
「シュレーディンガー連立方程式―――『X(クロス)・物質波(マター・ウェーブ)』!!!!」
それは、二本目の演算子が放つ、岩平の血を使った物質波(マター・ウェーブ)
だった。リーゼルの右手の物質波(マター・ウェーブ)と上乗せ乗算されたそれは、尋常じゃない大きさへと膨れ上がり、圧倒的なまでの力で中性子(ニュートロン)バーストを呑み込んでゆく。
「ぐ、う……おおおっ……! こ、こんなっ!? 血を変えただけでっ……!?」
「そんなっ……、いやよエンリコ! 負けないでっ……!」
フェルミは後ろの守りたい者の為に、全ての力を賭して踏ん張るが、戦線の後退は止まらない。やがて、どう足掻いても勝てない事を悟ったフェルミは演算子を手放して、後方の及川の事を身を挺して守ろうとする。
「うおおぉおおおおおおおおぉーーーーっっ!! 波美くぅうううんーーっっ!!!!」
そして、X(クロス)・物質波(マター・ウェーブ)は二人をも呑み込み、運動場を切り裂いて、裏山の木々をも薙ぎ飛ばしていった。
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