第七十六話「シュエの軌跡 フリッツ司祭と皇国学 前編」
◆
「お疲れ様、シュエ」
控え室に戻ると、お母さんが出迎えてくれる。
私が聖剣を壁に立掛けると、直ぐにプリムラとセレソが私の上着を脱がしてくれた。
「シュエ様」「お着替えになられますか?」
息を揃えてセレソとプリムラが私に訊ねる。
「えっと…… お願いしようかな」
私はプリムラとセレソに連れ添われて、奥の別室に向かい、そこで正装から普段着に着替えると、両親の待つ控え室に戻った。
控え室には、式典を終えてすぐに別れたはずの教皇様が、フリッツ司祭様を伴って、私が戻って来るのをソファーに座って待っていた。
因みにフリッツ司祭様とラフィークは、教皇様の後ろに控えて立っている。
「シュエ様、お待ちして降りました。 ささ、お座り下され」
「?」
式典が終わったばかりなのに、改まって何かな? 私は疑問に思いながらも、教皇様に促されるまま、向かいのソファーに腰掛ける。 私が座るとセレソがお茶を用意してくれた。
「シュエ様、今後の勇者様として、一人立ちして頂く為に、先ずは関係者を交えてお話ししようかと思い、この場を設けさせて頂きました」
教皇様はそう前置きすると話しを続ける。
「先ずは改めて紹介致しましょう。 これからシュエ様の教育係として、政治経済学と魔術・神聖魔術をお教えする事になる、フリッツ司祭です」
「シュエ様、微力ながら私がお教えする事となりました。 宜しくお願い致します」
フリッツ司祭様はそう言うと頭を下げる。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
神聖魔術って普通の魔法とは違うのかな?
私が疑問に思ったのを察したのか、教皇様が付け加えて説明してくれる。 やっぱり教皇様はエスパーか何かに違いない。
「シュエ様、神聖魔術とは、シュトレーゼ神の加護をお借りする魔術の事です。 その特徴は、癒しや魔を祓う事に特化しておりまして、我等シュトレーゼ神教の秘術に御座います」
「秘術…… そんなの私に教えて良いの?」
教皇様が認めてるから良いんだろうけど…
「はい。 シュエ様の使命を果す為に、必要な魔術で御座いますので、シュエ様には役立てて頂きたいのです。
それに、秘術と申しましても、教会の司教司祭と言った徳がある者は皆、神聖魔術をある程度修得しております。 下位の神聖魔術であれば牧師を初め、修道士修道女と言った教会関係者なら誰でも恩恵が得られるものですので、あくまでも一般的に秘匿している魔術にすぎません」
「なるほど…」
教会関係者なら、誰でも教えてくれる秘術なんだね。
「これから分からない事があれば、フリッツ司祭に聞くと良いでしょう」
「有り難う御座います」
私がお礼を言うと、教皇様はラフィークに目を移す。
「それから、以前にも話したかと思いますが、剣技、体術の訓練は、ラフィーク殿に一任しております。 これからは早朝、ラフィーク殿による基礎体力を作る為の指導をして頂き、朝食後はフリッツ司祭に勉学の時間とします。
午後からは再びラフィーク殿に指導して頂き、剣術・体術といった訓練の時間を設けます。 シュエ様はそちらで聖剣の扱い方などを、覚えられると宜しいでしょう」
教皇様の説明が終わると、ラフィークが微笑み、胸に手を当てながら頭を下げる。
「シュエ様、精一杯努めさせて頂きますので、よろしくお願いします」
「こ… こちらこそ、お手柔らかに」
私はそう言って苦笑う。 果たして今の私のこの身体は、どこまで体力持つのかな… 少し不安。
そして、私の今後の予定が決まった事で、教皇様は笑顔で二人に「二人ともシュエ様の事を宜しくお願いしますね」と言い残すと、フリッツ司祭様を残して控え室から出て行った。 教皇様と言うだけあって忙しい見たい。
「さてシュエ様。 今から訓練とは行きませんが、座学であれば私めがお教えする事は可能です。 勿論明日からでも構わないのですが、どうなさいますか?」
フリッツ司祭様がそう私にお伺いを立ててきた。
確かに、式典が終わってからの今日の予定は特にない。 大聖堂で何かする事があるわけでもなく、何もなければ書庫にでも案内してもらおうかと思ってたくらいだから、フリッツ司祭様の申し出は願ってもない話でもある。 どうしよっかな…
私は一考した後、フリッツ司祭様の申し出を受ける事にした。
「うーん…… フリッツ司祭様。 ご迷惑で無ければお願いしたいです」
「畏まりました。 では書庫に向かうとしましょう」
フリッツ司祭様に促されるまま、私は大聖堂の中にある書庫へと、プリムラとセレソ、ラフィークを連れ立って移動した。 両親は教会の仕事があるらしく、私達を見送って仕事へと向かって行った。
◆
大聖堂にある書庫。 簡単に書庫と言っても、流石に大聖堂の書庫だけあってかなりの広さがある。
中央は吹き抜けになっていて、中央の読書スペースを中心に、三階までぎっしりと本棚が立ち並んでいる。 そして、吹き抜けの天井面はステンドグラスになっていて、読書スペースの豪華な椅子と机に綺麗な光が降り注ぐ。 静寂に包まれたその空間は、落ち着きのある空間だった。
私はフリッツ司祭様と向かい合って読書スペースの椅子に腰掛け、フリッツ司祭様の指示の元、プリムラとセレソが必要な書物を集めて持ってくる。
護衛のラフィークは、書庫の入口で周囲の警戒をしている。 側に来て座れば良いのに…
そうこうしている内に準備が整ったのか、フリッツ司祭様が話し始めた。
「シュエ様。 まずはこの聖シュトレーゼ皇国についてからお教えして参ります。 宜しいでしょうか」
「あ、はい…」
私の返事を聞き、フリッツ司祭様はまずは地図を広げた。
「まず、この聖シュトレーゼ皇国は、この世界地図の西の果てに存在する、先代の勇者様が建国された皇国にございます。 先代の勇者様が最初にご降臨されたのが、この大聖堂のある神山で、その神山を中心に栄えたのが、ここ聖都デュラッセンです」
「先代の勇者様は、この山で誕生したのですか?」
「詳しくは我々も聞き及んで居ませんが、伝承には、魔王の配下によって、この地は枯れた大地と成り果て、近隣の村々では疫病が流行り、死者が多数出たと記録が残っております。 そしてその元凶たる魔王の配下を、光の神剣を持つ先代の勇者様が討伐し、この地に安寧を齎したとされています」
「魔王?」
「はい。 魔王は我らがシュトレーゼ神から零れ落ちた、膨大なマナを手にし、邪なる者へと堕ちた魔物の王です。 主神に背く悪しきモノ。 そして勇者様がこの世界を救う為に倒さなければならない強大な敵にございます」
ほんと、漫画や小説、御伽噺である見たいな話しだよね… 勇者と言われた時からなんとなく想像はしてたけど、魔王まで出てきちゃいましたよ… 夢だったりしないよね? 私はそう思い自分のほっぺたを抓る。 うん。 痛い……
「どうかされましたか? シュエ様……」
私が自分で自分のほっぺたを抓って涙目になっていたので、フリッツ司祭様は心配して訊ねて来た。
「な、何でもないです… ははは…」
私はごまかしながら苦笑う。
「つまり、先代勇者様がこの地を魔王の手から救い、建国したのがこの聖シュトレーゼ皇国と言う事なんですね」
「左様に御座います。 流石シュエ様、聡明でいらっしゃられます」
「でも待って。 先代の勇者様が建国されたのなら、教皇様は先代勇者様の血縁の方なんですか?」
私の質問に、フリッツ司祭様は首を横に振る。
「いえ、今の教皇様は信徒によって選ばれた、とても徳のあるお方です。 本当であれば先代勇者様の末裔がこの国を治めるべきなのですが、先代勇者様には子が居られなかったそうで、シュトレーゼ神の教えに忠実で、徳を積み、民に慕われた者が代々選挙で選ばれ、教皇の座に就いてこの国を治めると言う、先代勇者様の遺言に基づき、この国は繁栄を遂げたのです」
選挙で選ばれると言う事なんだね… てっきり私の両親がドゥール王国の出身だったからか、てっきり王侯貴族しか居ない、完全な縦社会で、教皇様も皇族だと思ってたよ…
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