第六十一話「魔術試験」
◆
魔術の試験は、一人一人が前に出て、自分の得意な魔術を一つ披露する、より注目を集める形での試験となった。 これはアイエル様にはなかなかハードルが高いかも知れない。
魔術の試験官を務める女性の先生に名前を呼ばれ、順番に各々得意な魔術を披露して行く。
受験者は皆、生活魔術や初級魔術を一生懸命唱えて、設置された的目掛けて放つ。 勿論、失敗したりするものや、上手く制御できずに的を外したりと、その受験者のレベルはまちまちだ。
魔術を成功させる受験生は皆貴族の子弟がほとんどに見受けられる。
平民出の子供や、商家の子供は、魔術が使える者が居たり居なかったりで、その八割は魔術が使えない様子だった。
そしてニーナ様の番になり、簡単な水の初級魔術、
「やりましたわっ!」
上手く魔術が成功して喜ぶニーナ様。
そして何人か間に挟んで僕の名前が呼ばれた。
僕は前に出て、試験官の先生に「ロゼ・セバスです。 宜しくお願いします」と頭を下げる。 さて、何の魔術を使うのがいいか迷う。 他の受験者よりも少し出来る程度に留めて置いた方が良いだろう。
そうなると中級魔術では目だってしまうかも知れない。 では初級魔術で少しだけ威力を上げるに留めるべきだろう。 僕はそう思考し、初級魔術の
本当は必要ないがかるく呪文を詠唱し、的に目掛けて放つ。
僕の放った水の弾丸は狙い違わず的に命中し、的を破壊して見せた。 これなら試験に落ちる事はないだろう。
「見事ね。 初級魔術で的を破壊した生徒は貴方が始めてよ」
そう言って試験管の先生が褒めてくれる。
「ありがとう御座います」
僕はそう言って列に戻る。 そして何人かまた挟んで、噂の勇者の順番となった。
剣技では圧倒的だったが、果たして魔術の腕前はどんなものか興味がある。 僕はその動向をこっそりと左目の力を使ってマナの動きを観察した。
勇者の少女は前に出ると「シュエ・セレジェイラです。 宜しくお願いします」と頭を下げて的に向き直る。
勇者の少女は意識を集中し、呪文の詠唱に入る。
「遍く光の戦輝よ、我が前に立ちふさがりし魔を祓え!
呪文を唱え終えると、光の広範囲中級魔術レイシューヴァ・ヴェロスを行使する。
少女の周りに光の矢が無数に浮かび上がり、
なかなかの威力の中級魔術だ。 無駄のないマナの流れが目で捉えられた。 だがこれと言って変わったところは無い。 勇者と言っても基本は人と同じ理の中にしかいないのかも知れない。
魔術で吹き飛ばされた的を見た生徒達や魔術の女性試験官も、勇者が放ったその中級魔術に驚いている。
今まで初級魔術が精一杯だった受験生達の事を考えると、それは異質な存在だった。
「流石ね、もう中級魔術まで使えるなんて… それに一番難しいとされる光魔術をこうも制御してみせるなんて、今の所、貴女が魔術試験トップの成績よ」
「ありがとう御座います」
「列に戻りなさい」
「はい」
勇者の少女は一礼すると列に戻っていく。 勇者が列に戻ってからも暫くは場がざわついていた。
それから再び受験生達の魔術試験は続く。 勇者の中級魔術の前では、他の受験生達の魔術は、どれだけ素晴らしく制御して上手く的に当てれていたとしても、所詮は初級の域をでない魔術。 到底適うものではなかった。
そして、問題児のセシラ様の出番となった。 そもそもセシラ様は魔術を使えるのだろうか…
「セシラ様、出番ですね」
「うむ。 行って来るのじゃ」
そしてスタスタと前へ出るセシラ様。 一体どんな魔術を見せてくれるのだろうか… 不安しかない。
「セシラなのじゃ。 宜しくなのじゃ」
そう挨拶をするとセシラ様は試験官に確認を取る。
「あの的をここから壊せば良いのかの?」
「ええ、あなたの得意の魔術を的に当てるだけでも良いわ」
「うむ。 では行くのじゃ」
そう言うとセシラ様は、何を思ったか拳を握り後ろに引く。 一体何をするつもりだと思った次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、思いっきり拳を的目掛けて突き出した。 そしてその拳から生み出された風圧は、確かに的を吹き飛ばした。
うん。 でもあれって魔術じゃないよね…
僕は冷静にツッコミを心の中で入れるが、目の前の常識外の状況を理解できる生徒も、先生も居るはずがなかった。
「えっと… セシラさん? 今の魔術は一体…」
試験官の先生は、何とか思考を切り替え、そうセシラ様に問う。
「風を飛ばしたのじゃ」
「まさか、無詠唱魔術!?」
先生、違うと思います! とは言えず、とりあえず成り行きを見守る。
「まさか、この歳で無詠唱魔術を使えるなんて凄いわね」
「あれしか出来ぬのじゃ」
「そ… そう… いいわ、列に戻りなさい」
「うむ」
セシラ様はそう言って戻ってくる。 ヒヤヒヤさせないで欲しい…
「戻ったのじゃ」
「お帰りなさいませ… セシラ様、アレは魔術とは言わないですよ」
「そうなのか? それっぽい事を真似て見たのじゃが…」
セシラ様はそう言って、何がいけなかったのか考えている。 まぁ、魔術の概念がない竜族にとっては、力技でなんとかなるのだろう。 もう深く考えない事にした。
それから少しして、今度はアイエル様の番となった。
アイエル様はさっきよりもガチガチに緊張している。 相変わらず目で助けを求めているが、ここは頑張って乗り越えて貰わなければ、何時まで経っても人前に立つことが出来ない。 ここは心を鬼にして笑顔で見送る事にする。
「いよいよアイエル様の出番ですね。 肩の力を抜いてリラックスですよアイエル様」
「ロゼのいじわる…」
助けてくれない事を悟ったのか、半分涙目でそう呟くアイエル様。
そしてついにアイエル様の名前が呼ばれた。
「アイエル様、周りの目は気にしては駄目ですよ、アイエル様はアイエル様なんですから、目の前の試験の事に集中するんです」
「うぅ…」
なんとか緊張を解そうと試みるが、緊張のせいか頭に入って行かない見たいで、その表情は強張っている。 アイエル様は立ちあがると、皆の視線がアイエル様に集中する。
思わず後ずさって僕に助けを求めるが、一度助け舟を出すと、こう言う場では、自分の力でなんとかしようとしないだろう。 コレもアイエル様にとっての試練、僕は「先生がお待ちになってますよ」とアイエル様を送り出す。
アイエル様はスカートの裾を握り締めて、もう無理と言わんばかりに顔を伏せ、必死に回りの視線を無視して先生の前まで出る。
きっとアイエル様の頭の中は、今すぐこの場から逃げたいと言う思考で埋まっているに違いない。
そんな様子の可笑しいアイエル様に、魔術の女性試験官の先生はどうしたのか訊ねる。
「アイエルさん? 具合でも悪いですか?」
アイエル様はフルフルと首を振る。
「試験続けられますか?」
試験中だと言う状況は理解しているのか、アイエル様はなんとかコクリとだけ頷く。
「では、得意な魔術をあの的に目掛けて放ってください」
そう言われアイエル様は顔をあげ、的を見ようとした。 しかし、同時に周りの視線にも気付いてしまい、頭が真っ白になってしまったのか、その動きが固まる。
僕は心の中で、落ち着いて! と叫ぶが、いっぱいいっぱいのアイエル様が、そんな事知る由も無い。
「アイエルさん?」
魔術の女性試験官のその声がきっかけになったのか、混乱して目を回しながらもアイエル様は、自分が一番
そう、
僕はアイエル様のマナが膨れ上がったのを感じて、直ぐにその場に居る人達に被害が出ない様、無詠唱で結界魔術を発動させ、被害を最小限にとどめるべく動く。
アイエル様が得意とする特級魔術。 それは全方位型の氷結魔術だ。 特に冷静な判断を失っている今の状況で、試験官や受験生に配慮なんて出来るはずが無い。
アイエル様を中心に、氷の花が咲くが如く訓練場を全て凍りつかせた。
なんとか結界が間に合って、試験官の先生を含む受験生達はなんとか保護できたが、これは言い逃れのしようがない惨状だ。
アイエル様の放った尋常でない威力の魔術を見て、みんな度肝を抜かれて言葉も出ないと言った様子だ。
一瞬にして氷で覆われた訓練場に、目を白黒させている。
さて、どう場を収めるたものか… 非常に困った事になってしまった…
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