彼女の名は 結城友美。


 彼女は今僕の目の前でノートに目を走らせている。

 僕より一つ年上の彼女は偶然にも 同じ市内に住んでいる。



 あの日──夏の日の総会。

 史跡見学会で たまたま同じ班になって 僕たちは出会った。


 これが運命だとするなら、神さまはなんて素敵な出会いを与ええてくれたんだろう。


 階段でよろけた君を抱き抱えた 僕に友美は

「ありがとう」

と ちいさく答えた。


 それから 二人は お互いに紹介をしあったが 彼女は自宅から少し離れたところ、しかも自転車でも行ける距離に住んでいることがわかり びっくりし合った。



 二人は その後も一緒に京都に行ったり更には家に遊びに行ったりという関係になった。



 そして 僕が高校一年になった今 二人は光縁寺の本堂にいる。


 サークルは『新選組研究会・誠一筋』の他に 富士さんの『京都偉人之会』にも 参加したが 少し放置気味。

 今は 友美といるのが とても 楽しい。

 友美は年下の僕に

「友美って 呼び捨てにして。私 大好きな人には 呼び捨てに されたい」

 そう言ってくれた。



 壬生ノート『勿忘草』も 八冊目。


 何もかも うまくいっている。



「ねえ、この子 気にならない?」

友美が指差したのは 『エトセトラ』というペンネームの女の子。今 中学生らしい。


『死にたい。今すぐにでも 消えて無くなりたい、。

 だけど 沖田さん、生きたい、生きたいって 思いながら 死んでいった あなたが こんな私を見たら きっと怒るでしょうね。』




「注目されたいだけじゃないのかな」

 僕はそう言いながらも 他のノートを見ると 三ヶ月に一回くらいのペースで 同じような彼女の書き込みがあった。



 今日の光縁寺は 人の出入りが 多い。


 ここに来てから 一時間あまり。その間も何人かが出入りしている。


 ついさっき 東京から来た五人組の女性たちが帰ったところだ。




 ガラガラと 入り口の引き戸が開く。

 そこには 見馴れた顔があった。



「あ オックン、久しぶり! 友ちゃんも。相変わらず 仲いいねぇ」



 栄子さんだ。


 ここ 光縁寺や壬生寺に来るたび 顔見知りが増える。

 人見知りの激しかった 小学生のころに比べたら 自分でも驚くほど社交的な 僕がいる。

 昔のことを知っているのは この栄子さんぐらいかな。



 栄子さんが 光村さんと結婚してからも 手紙のやりとりはあったし、その手紙に光村さんがメッセージを添えてくれることもあった。


 また イベントでは 夫婦仲良く (見た目には 親子仲良く)参加されていた。



 そして 僕と友美の関係も当然のように知っていた。



「あれっ 光村さんは?」

 いつまでたっても 姿をみせない光村さんを いぶかったのか友美は栄子さんに声をかけた。


「あの人 仕事中に怪我しちゃってね。入院中なの。さっきまで 病院に付き添ってたんだけど よりによって こんな日にね」


 こんな日。

 今日は新選組ファンにとって 大切な日なのだ。



 今日、7月16日。

 祇園祭宵山。

京都の街は お祭りムード一色に染まる。



 新選組がその名を世に知らしめたのが、祇園祭宵山に発生した 池田屋事件。


 それを記念して数年前から 壬生寺では『新選組隊士等慰霊祭』が 開催されている。

 毎年 規模が大きくなり、去年は350名ほどが集まった。



 例年、壬生塚にある近藤勇像の前で行われるが この銅像が寄贈されたのも7月16日だ。

 そして この銅像には『郷土の平和と 安寧に力を尽くした 人々に 感謝し、更なる郷土の発展を願う』との 発願が 込められている。


 発願主は 東映の俳優 上田吉二郎。


 上田吉二郎氏は 嵐寛寿郎主演の 人気映画『鞍馬天狗』に出演し、近藤勇を演じた。


 出演に際し 近藤勇について調べたところ 悪役として演じる近藤は 実は京都の治安維持に尽くした 立派な人物だったと感動し、その功績を讃えるため 近藤のゆかりの場所に 像の建立を 思いたった。




 「こんにちは!」

 元気な声とともに また 一人 本堂に女の子が入ってきた。


 中学3年生 増永ますなが菜摘なつみ


 これが もう一人の 君との 出会いだった。



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