Ⅲ.武陵桃源天上タカマガハラ―炎心が辿る道―

Stage.030 鬼

       1


 地響きをさせているという表現は些か大袈裟に過ぎるかもしれないが、ティターニアに勝る体躯を有する彼ら――頭部から二本の角を生やし、見事に鍛えられた筋骨隆々な肉体を持つ鬼たちが歩けば、少なからず大地が揺れる。

 体が大きいということはそれそのものが武器足り得る。現実世界の格闘技等で階級分けがなされているのもその危険度が認知されているからこそだろう。中には無差別級なものも存在するが、基本的には大きい方が有利という事実が覆ることは無い。蓄えられるエネルギーも、そこから生まれるパワーの最大値も異なるからだ。

 では、ゲームの世界においてはどうかと考えた時、なるほど、頭部等の急所へ攻撃を受けにくかったり、逆に相手のそこへ攻撃しやすかったり、その他にもいくつか高さに関して有利な条件は確かに存在する。

 だからといってパワーやスピードまで勝っているとは言えない。こと電脳世界においては、自身の能力を示す数字こそが強さの全てだからだ。外見なんて大抵の場面では飾りなのである。

 鬼たちの半分にも満たず、男性のようにゴツゴツした筋肉すらも持たない華奢な体のアリスたちですら、見た目にそぐわないどころか最早、プロの格闘技選手すら歯牙にもかけない程の身体能力を発揮して戦えている。

 乱雑に風を裂いた無骨で巨大な金棒が大地を削る。大きく抉れている様からパワーの高さが伝わってくる。

 青鬼の一撃を容易く躱したアリスがお返しとばかり、懐に潜り込んで右脇腹を斬り裂いた。追撃はせず、ヒットアンドアウェイ戦法を用いてすぐに離脱する。


童子わらしガ!」

「わっ、MOBなのに喋るんだ!?」


 数瞬前までアリスの居た位置を青鬼の手が素通りした。これまで一切合財を薙ぎ払ってきたであろう太く逞しい腕は、彼を遥かに超える速度で動くアリスには掠りもしない。青鬼にとって自分より小さな生き物なんて有象無象のはずだ。力で従えられるていの良い道具でしかなかったはずだ。


「何ダ、コイツハ!?」


 今、青鬼の前にいるのは矮小な体躯でありながら屈強な鬼種を凌駕する、彼の常識を超えた存在。少なくとも青鬼にとって常軌を逸した動きをするアリスは急ぎ排除すべき外敵と認識したが故に、畏怖の対象ともなった。

 だが圧倒的パワーがあろうとも当たらなければ、それは無いも同然である。

 アリスは力任せに振り下ろされる金棒を俊敏な動きで掻い潜って青鬼の腕を足場代わりに蹴ると、一気に頭部へ向かって跳躍し、すれ違い様に喉笛を掻っ切った。深々とした赤いダメージエフェクト痕が刻まれる中、再び青鬼の攻撃範囲外へ速やかに移動する。


「うーん、スピードは大して無いけど攻撃力と――特にHPが高いのかなぁ」


 非常に高いダメージ倍率が設定されている首へクリーンヒットさせたというのに、青鬼のHPゲージはアリスが想定していたほど減らなかった。彼女の言った通りHP総量が高過ぎる故か、はたまた防御力が高いのか、或いは両方か。

 いずれにせよ前のエリアにてエルフやフェアリーの耐久面が脆く、ダメージの通りが良かったことも相俟って、尚更異常な耐久力を持っているように感じられた。


「喰ラエ!」


 サッカーボールに見立てたアリスを蹴飛ばさんと走ってきた青鬼が後ろへ足を大きく振り上げた。彼女に対してテレフォンパンチならぬテレフォンキックなど、よっぽどの奇跡でも起こらない限り通用するわけもなく、ヒョイと少しばかり横に避けてやるだけで十分だった。

 ティターニアの攻撃には遠く及ばないが、かなりの風圧が壁となってアリスの行く手を阻む。言うなれば吹き飛ばし効果を失ったウィンドブロウというところか。そのせいで彼女の動きが僅かながら制限されたのが分かった青鬼はニタァっと醜く顔を歪ませる。


「潰レロォ!」


 両手で金棒を逆さに握った青鬼は性懲りも無く、野球のバットのように先端へ行けば行くほど太くなっているそれで地面を突いた。通常攻撃だというのに攻撃地点を中心として駆け抜ける衝撃に耐え切れず、ひび割れを起こした大地と派手に舞う土煙ががその凄まじさを物語っている。


「グハハハハ! 思イ知ッタカ、童子メ!」


 高笑いする青鬼にはお世辞にも賢いとは言えないAIが積まれているらしく、自分の攻撃に手応えがあったかどうかも認識していないらしい。

 彼を嘲笑うかのように土煙から不敵な笑みを浮かべるアリスが勢い良く飛び出した。サイドステップを踏んできっちり躱していた彼女のHPゲージは一ドットだって減ってやしない。アンスロートンの加速力によって彼女は一瞬の内に青鬼の首元へ到達――アーツエフェクトで光り輝く刀身が喉元へ吸い込まれていく。

 突き刺したグリーピルをサッと抜き去ると、重力に引かれて体が落下を始めるより先に青鬼の体を蹴ってその頭上へ飛び上がった。

 しなやかな体でくるりと綺麗に前方宙返りをして体勢を整えたアリスの眼下では、またしても急所へ――しかも今度はアーツによって威力の高められている攻撃を受けた青鬼がもがき、よろめいていた。

 つい先ほど青鬼がそうしたように、今度はアリスがグリーピルを逆手に握り、彼の頭頂部へ突き立てた。


「グオオオッ!?」


 急所ばかりを的確に突いてくるアリスを前に、漸く自分が狩られる立場にあることを理解した青鬼はとにかく彼女を振り払おうと暴れ、頭上の彼女へ手を伸ばす。そう来ることを想定していたアリスは身を投げ出すように後方宙返りで離れると同時、飛び降りながらクレセントムーンで肩口から足の付け根辺りまで一気に切り裂いた。

 いくら耐久力が高いとはいっても、所詮は幾らでも沸いてくる雑魚エネミーだ。今の一撃でHPを完全に失った青鬼は消滅した。


「さてと、向こうは終わったかな」


 一先ずは自分の役目を果たしたアリスが暢気に仲間たちの方へ振り返った刹那、耳を劈く轟音が響いた。

 アリスが一人で青鬼と戦っている間、サーニャたちは五人で二体のエネミーを相手取っていた。

 一体は青鬼の色を変えたような赤鬼。ただ所持している武器は金棒ではなく大砲を脇腹に抱えている。先の轟音を生み出したのもこれだ。武器の都合上、後方からの支援攻撃を担当している。

 もう一体は彼らに比べればかなり小柄な二メートルくらいの白鬼。青や赤と違って鎧を着込んでいる上に野太刀まで握って、侍然とした印象を抱かせる。


「させません!!」


 撃ち出された砲弾に狙いを定めてマナがフラッシュボルトを発動。大気中を迸る白い稲妻がピンポイントで命中する。空中で弾けたそれは美しさでは負けるも、夜空に咲く花を連想させる。


「自分の武器で自爆しときなさい!」


 発射の反動で隙の出来た赤鬼にエンジュがブレイズランサーを放った。赤鬼本体ではなく、彼が持つ大砲そのもの。それがソーサリーを放つ大砲であったならまた話は変わってくるのだが、生憎と一般的に広く知られている火薬式ものだ。だから発射口へ炎属性のソーサリーを撃ち込んでやれば中にある火薬に引火するのは自明の理だ。


「熱イイイィィッ!?」


 引き起こされた爆発で大砲が壊れるだけに留まらず、激しい炎は赤鬼に纏わりつき、燃やし、その身を焦がす。己を焼く炎を消そうと意図したというよりは苦しみからくる本能的行動だろうが、赤鬼はその場でのたうち回る。

 仲間がやられていても白鬼は激高するでもなく酷く落ち着いた様子で、サーニャにカムリ、そして椿と対峙していた。


「行クゾ」


 白鬼は下段に構えていた野太刀を振り上げると一足飛びに椿へ斬りかかった。


「やらせはしない!」


 素早く間に入ったカムリが盾でガードする。白鬼の攻撃は一撃で終わらず、二度、三度と盾の上からでも構わず続く。両者がぶつかり合う度に激しい火花が散り、甲高い金属音が響く。幾らでも居る雑魚エネミーとは思えないくらいに激しく、そして見事な攻撃にカムリは思わず舌を巻く。


(くっ、これは……分担する相手を間違えたな)


 青鬼と白鬼。前者に比べて後者は体も小さく、鎧を着込んでいることからタンク役だと推察し、アリスが青鬼を担当することになった。しかし、いざ蓋を開けてみれば白鬼は青鬼以上のアタッカーだったのだ。一撃の威力や重さこそ青鬼に軍配が上がるだろうが、総合的に見れば白鬼のほうが強いのは子供ですら分かる。

 青鬼に及ばずとも、攻撃力が高いことに変わりは無い。想定を超える早さでカムリのHPが削れていく。


「好き勝手はさせないわ!」


 カムリの背から飛び出したサーニャと椿が白鬼を斬る。雑魚エネミーといえど鎧は伊達ではなく、高められた防御力を前に二人の攻撃は僅かなダメージしか与えられなかった。それでもダメージはダメージだ。白鬼が見た目の割りには機敏な動きでバックステップしてカムリから一度距離を取り、後方へ抜けて行った二人へ向き直った。

 椿とサーニャが囁き合う。


「固いね。全然削れない」

「アリスなら一人で倒してしまうのでしょうけど」

「でも泣き言を言ってる暇はないね。アリスちゃんと違ってこっちは三人掛かりなんだから」

「ええ。一先ず能力をダウンを狙ってみるから、そこをお願い」

「オッケー」


 手短に話し終えるとサーニャはすぐ駆け出した。一定時間、防御力をダウンさせるレデュースプロテクションの発動によってスキュラが青黒い靄を纏う。


「ム?」


 あからさまに何かしようとしているサーニャに白鬼は警戒を強める。このままバカ正直に正面から攻撃しに行ったって躱されるか弾かれるだけだろう。


「ヌオッ!?」


 すぐ対処出来る様に構えていた白鬼の注意はサーニャに強く向いていたこともあって、盾役であるカムリが突っ込んで来るのは想定外だったようだ。サーニャがしようとしていることを察した彼女は背後から体当たりを敢行、もろに受けた白鬼はよろめいた。

 

「はっ!」


 大きな隙にデバフ効果が付与された通常攻撃を浴びせると、サーニャはすぐに武器パレット変更画面を呼び出して大剣へ換装する。


「月下!」

「レングスワイズ!」

「ブレイクフォール!」


 三者三様の縦切りアーツで一斉に斬り下ろす。レデュースプロテクションは効果時間の短さが欠点なものの、効果の高さは非常に優秀であると言える。防御ダウンに三人のアーツ火力が合わさり、見事に白鬼を撃破してみせた。


「ヨクモ! 許サンゾ!」


 身を焼いていた炎を何とか消し去った赤鬼は怒り狂い、己が体を砲弾代わりにエンジュへ突貫してくる。アーツを放ったばかりで硬直が発生している三人は見ているしかない。


「逃げてエンジュちゃん!」

「私のステじゃ無理だってーの! ブラスト!!」


 最初から逃げることを諦めているというより考えていないエンジュは危機が迫っているにも関わらず、余裕すら垣間見える態度で赤鬼の顔面で爆発を引き起こす。


「ピュリファケイション!」


 続いてマナが攻撃する。作り出した光のスフィアから飛び出した、流星群を想起させる十条の閃光が赤鬼の全身を襲った。命中した箇所ごとに小規模な爆発が起こる。

 それでもHPを削りきるには至らない。


「喰ッテヤル!!」


 赤鬼が二人の眼前に迫り、口を大きく開けた直後――彼の背後を一陣の風が吹き抜けると同時にHPを全て失い、果てた。


「っとと」


 跳躍して腰の辺りを切り裂いたアリスはついていた勢いで地面を何メートルか滑って着地した。立ち上がり、剣を収めながら二人の元へ歩み寄る。


「大丈夫だと思うけど、二人とも大丈夫?」

「そう思ってるなら聞くんじゃない」

「ありがとうございます、助かりました」

「ま、まあ一応礼は言っておくわ、ありがと」

「うわ、エンジュが素直にお礼言ってくるなんて」

「うっさいわね!」

「それにしてもエンジュってば、余裕ぶってたのに倒しきれなくてピンチだったね」


 にしし、とアリスは笑ってからかう。こんな光景はいつものことであるし、エンジュもそれが分かっているからいつもわざと乗っかって騒ぎ立てるのだが、


「アンタなら来ると思ってたからね、焦る理由なんて無いっての」

「う、うん……」


 何を思ってか真面目な顔でまともなことを言うものだから、調子の狂ったアリスは生返事するしかなかった。

 エンジュが何か変なものでも食べしまったのだろうか、熱でもあるんじゃないだろうかと中々失れ――いや、ちょっとだけ失礼なことを考えていると、硬直の解けたサーニャたちも戻ってきた。

 アリスが周囲をキョロキョロと見回して、言う。


「それにしても、なんていうか……超和風だね」

「そうね。昔の京都がモデルなのかしら」

「京都旅行していると思えばお得感もあっていいな」

「観光名所を探してみるのもいいかもしれませんね」


 彼女らが新たに踏み入った新しいエリアは明治だとか江戸だとかよりももっと古い、平安時代あたりの日本がモデルではないかと思わせる古い町並みが続いていた。出現したエネミーが妖怪の類なのもそのイメージを強めている。


「ところで皆、装備はどうかな?」


 椿の問いに一同は改めて自分が身に着けている防具を見る。

 彼女らの防具は一新されていた。これまでのドロップ品防具と異なり、椿が自分を含む、各自へのイメージを元にハンドメイドで製作した唯一無二のものだ。

 アリスは華やかな姫騎士。彼女の俊敏さを殺さないよう金属部分は胸当てや篭手など、必要最小限の部位だけに留め、純白を基調とし、動きを阻害しないようミニ丈のドレスのような軽金属鎧。

 サーニャはあでやかな悪の女幹部。多少の被弾を前提としつつ持ち前の火力を生かすため、金属部分を多用。けれど重くなりすぎないよう、カムリよりは少なめにされていて、肩や太ももなどに少し露出がある黒に限りなく近い紫の甲冑。露出は椿の趣味。

 カムリは紅蓮の聖騎士。彼女だけは先んじて紅蓮の鎧を貰っていたがためにこれといった変化は無いが、武器を新調し、鎧に合わせて紅蓮の剣を鍛えていた。

 エンジュは熟練の魔法使い。エルフであることを意識して、緑のミニワンピースと皮のロングブーツ、その上からダークブラウンのローブを羽織る。

 マナは癒しを齎すシスター。濃紺の修道女服。動きが少ない彼女にはロング丈で用意し、若干ながらミニ丈より防御力を高めている。フードは戦闘時に鬱陶しそうという思いから、代わりにカチューシャを用意していた。

 椿自身は狐の巫女。オーソドックスな紅白の衣装だ。遊撃の役目で駆け回りやすいよう金属類は使用せずにいる。

 各々、大変満足しているらしく、椿に向ける笑顔が何よりの証だった。

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